第23話 『声、聞こえたよ』
体育祭の当日がやってきた。
グラウンドに全校生徒が集まり、体育祭実行委員長が開会の宣言を行っている。
「では! 体育祭のスタートです! 最高の思い出を作りましょう!!!!」
「「「「「うぉおおおおお!!!」」」」」
隣にいる暖大も大声を出していた。
とんでもない声量で反応する生徒達に、朝からどうやったらそんな声が出るんだと思ってしまう。
ただ、そんな無粋な思いとは裏腹に、楽しみにしている自分がいるのも事実なのだけれど。
そして、団ごとに建てられたテントに移動した。
第一種目は100m走。参加する咲は、すでに競技に参加する人達の列に並んでいる。
「咲の応援しないとね!」
「そうだね。順番的にもう少しかかりそうだけど」
「瀬川くんもちゃんと声ださないとだよ」
「……まぁ、できるだけがんばるよ」
穂波さんとそんな会話をしながら、始まった100m走を見る。
やっぱり、運動部からの参加が多いからだろうか、みんな速い。
「咲ーーー!!! がんばれーー!!!!」
「日野さーん!! いけるぞーー!!」
穂波さんと暖大が、スタートラインに立った咲に向かって声をかける。
その声が届いたようで、咲はこちらに向かって手を大きく振っている。
「…がんばれ」
聞こえるわけもない声で、応援する。
そしてピストル音が鳴り響き、咲を含めた参加者が走りだす。
…速い。さすがバスケ部だ。
結果、咲は1位でゴールテープを切った。
嬉しそうに飛び跳ねている。そして、僕たちの方を振り返り、大きな動作で右手でピースサインを作り、こちらに向けてくる。
目が合った気がした。距離があるので、僕の勘違いかもしれないけれど。
ただ、嬉しそうな笑顔でピースサインを向けてくる彼女は、なんというか、絵になる。
「よっしゃあ! 日野さんに続くぜー! 行ってくる!」
「片山くんもファイトだよー」
「がんばれ」
咲の1位に触発された暖大が、次に行われる200m走に出走するため、集合場所に向かって行った。
入れ替わりのように、咲が戻ってきた。
「咲ー!おめでとう!すごかったよ!」
「ありがと遥香〜!」
二人は抱き合いながら喜んでいる。その光景が微笑ましくて、自然と笑顔になる。
「彗くん、見ててくれた?」
「うん、見てたよ。おめでとう。すごいね」
「えへへ、ありがと! 彗くんの時も頑張って応援するね!」
「いや…恥ずかしいからほどほどで…」
「嫌でーす。気づいてもらえるくらい声出しまーす」
笑顔でそう言われると、断ることもできない。
「あ、片山くん走るよ!」
穂波さんの声で、二人で一緒に暖大の方へ視線を向ける。
「片山くーん!ファイトーー!!」
「片山くんもがんばれー!!」
女子二人からの声援に手を振って暖大は答えた。
顔はよく見えないが、いつにも増して真剣な雰囲気を感じる。
そして走り出した暖大。
途中までは1位だったが、残り50m辺りで抜かされてしまい、2位だった。
「だぁーー! くそっ!!」
肩で息をしながら、ここまで聞こえてくる悔しそうな声。
「片山くん、惜しかったね…」
「ね。うち、途中まで勝ったと思っちゃった」
見ていた二人も、なんだか悔しそうだった。
「よし!じゃあうちが取り返しますか!借り物競争だけど!」
「頑張れ遥香! 片山くんの仇だー!」
冗談っぽく楽しそうに言い合いながら、穂波さんは移動していった。
「彗くん、借り物競争ってどんなお題があったっけ」
「あんまり覚えてないなぁ。あんまりベタベタなのはなかった気がするけど…」
「去年は校長先生が連れていかれてたのは覚えてるんだけどね。あれちょっとおもしろかった」
「…よく覚えてるね」
そんなことを二人で話していると、暖大が戻ってきた。
「あー、負けちまったー」
「惜しかったね、片山くん。ナイスファイトだよ!」
「うん。久々に暖大の真剣な顔見た気がするよ」
「俺ぁいつでも真剣なんだけどなぁ。ま、あんがとな」
そうして3人で話していると、穂波さんの番がやってきた。
二人は声を出して応援している。
そして走り出した穂波さんがお題の入った箱から紙を引き、少し考えてからこちらに向かって走ってくる。
「咲! 一緒に来て!」
「え!? 私!?」
穂波さんは半ば強引に咲の手を引き、二人で走っていった。
「なんのお題だったんだ?」
「さぁ…」
穂波さんと咲は指定の場所に辿り着き、係員にお題の書かれた紙を渡し、お題が読み上げられた。
『えー、お題は……人気者!! ピッタリですね!ゴールです!!』
穂波さんは喜んでいたが、咲は何かを言っているようだった。
戻ってきた二人は、まだ言い合っていた。
「もう!なに、人気者って!恥ずかしいじゃん!」
「ごめんって〜。咲しか思い浮かばなくて〜」
確かに。そういう意味では借り物競走から外れてしまって正解だったのかもしれない。
「彗、そろそろ移動しないとじゃないか?」
暖大の言葉に、少し気分が下がった。
「…うん、そうだね。行ってくるよ」
「瀬川くん、ファイトー」
「彗くん、応援してるね!」
「…まぁ、出来る限り頑張ってくるよ」
軽く返答して、集合場所へと向かった。
集合場所に着くと、すでに他のメンバーは集まっていた。
「あ、瀬川くんも来た」
「お!頑張ろうな!」
「まぁ、順位なんて気にせず楽しもー」
3人が思い思いの言葉をかけてくれる。
「うん、出来る限りがんばるよ」
しばらくすると、係員から声がかかり、スタートラインに立った。
目玉の一つである種目を前に、グラウンド中が盛り上がっている。
あぁ、嫌だな。こんなに盛り上がる種目で、運動が苦手な僕が参加するなんて。しかも第一走者。どうしたって注目を集めてしまう。
いや、一番短い距離で、と頼んだのは僕なのだけど。
それにしたって、僕だけに視線が集まっているわけではないことはもちろんわかっているがやっぱり嫌な緊張感は感じる。
暖大と穂波さんの声が聞こえる気がするが、耳に入ってこない。
いざ本番を迎えると、どうしたって嫌な思考が頭を巡ってしまう。
係員が、ピストルを掲げるのが視界に入った。
「彗くん!! 頑張れー!!!!!」
鮮明に聞こえたその声に、背中を押された気がした。
パァンッ!!
聞こえた合図と同時に、走り出す。
走る。すでに遅れている。100mという短い距離なのに、離されていく。
それでも、必死に足を動かす。
待っている松本さんに、バトンを渡す。
「任せて!」
バトンを受け取る間際、聞こえた松本さんの声にホッとした。
スムーズに繋がったバトンを持って、松本さんは一人抜いて次にバトンを渡した。
西野さんは一人、また一人と抜いていく。
アンカーの田中くんに繋がった。前にはあと一人。
残り100m辺りで田中くんが先頭に立ち、大きく腕を上げながらゴールテープを切った。
「……やった」
「うん!やったね瀬川くん!」
「田中くんのとこ行こー!」
いつの間にか近くにいた松本さんと西野さんに声をかけられ、田中くんの元に向かう。
「おー!やったぜー!」
息も絶え絶え、といった様子の田中くんだったが、バトンを掲げてこちらに声をかけてくる。
「すごいすごい!1位だよ!」
「バトンパス練習して良かったねー」
「おう!瀬川もお疲れ!!」
「…うん、ありがとう」
ふと、咲達のいるテントの方に視線を向ける。
結果を喜んでくれているのか、3人で飛び跳ねたりしながら僕の方を見ていた。
それがなんだか、心から嬉しいと思った。
テントに戻り、3人のところに向かう。
「おう彗!やったな!」
「瀬川くんお疲れ様!」
「ありがとう。でも僕は結局ビリだったからね。他の3人のおかげだよ」
すると、黙っていた咲が真剣な表情で僕を見つめてくる。
「…そんなことないよ。彗くんも一生懸命走ってた。…カッコよかったよ」
その言葉に、また救われた気がした。
「…うん。ありがとう」
言葉を返すと同時に、アナウンスが入り昼休憩が始まった。
昼食やこの後の創作ダンスの衣装に着替えるため、一度教室に戻る必要がある。
教室に向かい歩き始めた時、言わないといけない気がした。
「……咲」
「ん? なに?」
「…声、聞こえたよ。ありがとう」
「ふふっ。どういたしまして」
そして四人で、昼休憩を過ごした。
昼休憩を終え、創作ダンスの衣装に着替えて再度グラウンドへ向かう。
「衣装のモチーフはトマトかぁ。イチゴが良かったなぁ」
本番まで秘密にされていた創作ダンスの衣装は、トマトだった。
赤のTシャツをベースに、襟元にへたを意識しているのか、緑の装飾が入っている。
トマトの中身をイメージしているのか、赤の部分には黄色っぽく種みたいなものが散りばめられている。
「まぁトマトも赤だからね。僕たちはこれ着てるのだいぶ恥ずかしいけど」
「似合って…はないかもだけど、かわいいよ」
「後半は否定したいけど、前半は正直に言ってくれてありがとう」
「ね、私はどう?似合ってる?」
「…そうだね。似合ってると思うよ」
「ふふっ、ありがと」
テントに着き、少し過ごしていると、再開のアナウンスが入った。
各団の衣装やダンスのお披露目に、朝以上の盛り上がりをみせる。
他の団のパフォーマンスを見ている間は、衣装を褒める声や、本格的なダンスが混じっていたりと、やっぱり1番の目玉なんだなと感じる。
赤団の順番がやってきて、全員で隊列を組む。
もう始まろうかというタイミングで、咲が声をかけてきた。
「彗くん、一緒に楽しもうね」
「…うん、楽しもう」
そして、曲が鳴り出した。
曲に合わせ、一斉に踊り出す。
咲と手を取るシーンが近づいてきて、夜の公園での練習を思い出す。
いつもより一歩踏み込んで、咲の手を取る。
うん、踊りやすい。昨日よりも上手くできている気がする。
ふと、咲と目が合った。
ニコッとしながら楽しそうに踊る彼女につられるように、気分が乗ってくる。
…楽しい。素直に、そう思えた。
そして、最後まで踊り切った。
「彗くん!今までで一番良かったよ!」
「咲が練習に付き合ってくれたおかげだよ。…楽しかった。ありがとう」
「…! うん!」
彼女も楽しかったと思ってくれているだろうか。そうだったらいいなと心から思う。
前の方に視線を向けると、暖大と穂波さんがハイタッチをしているのが見えた。
あっちも、上手くできたみたいだ。
あちこちから聞こえる喜びの声を聞きながら、咲とテントに戻った。
『優勝は……緑団です! おめでとうございまーす!』
僕たちの赤団は3位だった。緑団のテントは優勝に沸き、大きな盛り上がりをみせている。
「かぁー、3位かぁ」
「ちょっと悔しいけど、楽しかったしそれでいいんじゃないかな」
「うん! うちも楽しかった!」
「ま、そうだな。来年リベンジだ!」
「来年、お前だけ別のクラスだったらおもしろいな」
「おい!縁起でもないこと言うなよ!」
暖大と穂波さんは笑っていたが、咲だけは遠くを見ているような、そんな雰囲気だった。
どうしたのかと気になったが、閉会の挨拶が始まってしまい、声をかけることができなかった。
そして体育祭の終了を告げるアナウンスが入り、生徒達は散り散りに教室へと戻っていく。
「……ね、彗くん」
「なに?」
「最後にお願いがあるんだけど…いい?」
お願い、という言葉に少し身構えてしまう。
「…僕にできることなら」
「…あのね、一緒に写真…撮らない?」
「……いいよ、撮ろうか」
「…っ、うん! 遥香ー!写真撮ってー!」
赤らんでいたように見えた顔を隠すかのように、咲は穂波さんに声をかけた。
穂波さんにスマホを渡し、カメラが並んだ僕たちに向けられる。
気のせいだろうか、ペアダンスの時よりも少し距離が近い気がする。
悟られないよう、気持ちを無理やり鎮めながら、咲の真似をして慣れないピースを作る。
「撮るよー!はい、チーズ!」
カシャっという音と共に、シャッターが切られた。
咲と穂波さんは撮った写真をみて笑い合っている。
「今年のイベントは、いい思い出になったんじゃねぇの?」
いつの間にか隣にいた暖大が声をかけてくる。
「…まぁ、そうだね。楽しかったと思える体育祭は初めてだよ」
「まだ修学旅行も残ってるけどなー」
本当に、彼女と過ごすようになったここ数ヶ月で、知らなかったことをたくさん知った。
人を好きになるだけで、嫌いだったものが楽しくなるなんて、想像もしなかった。
「片山くん、瀬川くん! 最後に四人で写真撮ろー!」
手招きしながらそう言う穂波さんの言葉に、二人で顔を見合わせてから向かう。
まだ近くに残っていた松本さんが名乗り出てくれ、スマホを受けとる。
「いくよー、はい、チーズ!」
本当に、これまでで1番の体育祭だった。




