第22話 『恥ずかしいのはお互い様』
「じゃあ、バトンパスの練習だけ軽くするか」
同じくスウェーデンリレーに参加する田中くんの言葉に、今回のメンバーである松本さんと西野さんが「はーい」と返事をする。
体育祭の準備期間に入り、各種目や創作ダンスの練習に時間を割いていく日々が始まった。
まさか、文化祭の時に一悶着あった田中くんと松本さんが同じ種目になるなんて。
お互い、あの頃の険悪な雰囲気は微塵も感じさせていない辺り、蟠りはもうないのだろう。
西野さんのことはよく知らないが、陸上部らしいのでこういう種目は得意なんだろう。きっと。
当然というか、運動部に所属している人達の中に入ってしまったことに、昨日感じた憂鬱さが思い返されるようだ。
「瀬川もいけるか?」
「あぁ、うん、ごめん。大丈夫だよ」
「よっしゃ、やるか!」
返事をしなかったことを申し訳なく思いつつ、バトンを手に取る。
少し前に、誰がどの距離を走るか、という相談を行った。僕は正直に走ることは得意ではないことを伝え、一番距離の短い100mを走らせてもらえることになった。
アンカーになった田中くんの「よーい…どん!」という掛け声とともに走り出し、第2走者の松本さんにバトンを渡そうとする。
差し出された左腕にバトンを置けばいいのは分かっているが、松本さんも走り出しているため、難しい。少し遅れてしまった。
松本さんが受け取ったバトンは、西野さん、田中くんと綺麗に繋がっていく。
全員のバトンパスが終わり、修正を加えていくため四人で集まる。
「ごめん、僕の渡し方が悪かったね」
「いやー、初めてなんてこんなもんだろ」
「私も、もうちょっとスタート遅らせるね」
「そうそう、まだ時間はあるし、練習しよー」
明るくそう言ってくれる三人に救われながら、練習を繰り返した。
そうして、創作ダンスの練習時間がやってきた。
僕たちのクラスは赤団に決まり、当日は団のカラーをあしらえた簡単な衣装でパフォーマンスを披露する。
衣装作成やダンスの振り付けは3年生に一任されているので、本番が近づいてくるまで僕たちにはまだ想像もつかないが。
創作ダンスだけでなく、各団の衣装の個性みたいなものを楽しめるのも、このパフォーマンスが続いている一つの要因らしい。
「赤はどんな衣装になるんだろうね」
同じことを考えていたのか、ペアになった咲が口にする。
「どうなんだろうね。去年はりんごをイメージした衣装だった気がするけど」
「じゃあ今年はイチゴとかにならないかなー。かわいくなりそう」
「かわいさに全振りされると、僕たちは少し恥ずかしいけどね…」
「かわいい衣装を着てる彗くんは新鮮だから、楽しみだね」
「……男のかわいさに需要なんかないでしょ」
「えー、あると思うけどなー」
楽しそうに口にする咲に、それ以上否定的なことを言う気にはならなかった。
ふと前に視線を向けると、暖大と穂波さんが並んでいるのが見えた。
どうやら、二人でペアを組むことになっていたらしい。こちらも何かを言い合いながら、楽しそうにしている。
そうしていると、3年生の赤団の団長らしき人が前に立ち、今後の流れを説明してくれた。
既にダンスをある程度覚えている3年生がペア毎に、各学年の数名ずつにダンスを教えていくらしい。
グループ分けがされ、ダンスの練習が始まった。
聞いたことがあるような、キャッチーな曲に合わせ、先輩が手本の流れを見せてくれる。
……思っていた以上に、手を取り合う機会が多い。なんだか距離も近い気がする。
横目に咲の方を見ると、彼女は真面目に覚えようと真剣に先輩のダンスを見つめていた。
迷惑をかけるようなことはしないようにしないとな、と思いながら、僕も先輩に視線を戻した。
「彗くん、もっと寄って」
「ご、ごめん…」
先輩に教えてもらいながら、咲と練習を行う。
こういったことは物覚えがいいのか、数回で流れを覚えてしまった彼女にリードしてもらいながら取り組む。
曲を覚えていないからだろうか、リズムがなかなか掴めない。いや、言い訳だ。純粋にリズム感などない。
「ふふっ、ほんとにこういうのは苦手なんだね」
「組む時に言ったでしょ…」
「でも、かわいいよ」
「絶対褒められてないな、それ…」
迷惑をかけてしまっていることに申し訳なさを感じるが、「そんなことないよ」と口にする咲はとても楽しそうだ。
「ほら、もう一回やろ?」
と言って咲は手を差し出してくる。
手を繋ぐことは初めてではないとはいえ、やっぱり気恥ずかさは感じる。というより、ここまでそういう機会が多いと落ち着かない。
変わらず笑顔のまま手を差し出している彼女に少し悔しさのようなものを感じながら手を取った。
それからも先輩や咲に教えてもらいながら練習を続け、3日ほどが経った。
今日の練習は暖大と穂波さんのペアも同じグループだ。
「あっはっは!け、彗、お前ほんとにこういうのダメだな…!」
「こら、片山くん。笑っちゃダメでしょ。うちも似たようなもんだし」
「そうだよ片山くん。彗くんは頑張ってるのに!」
「わ、悪い悪い。やっぱ普段とのギャップがありすぎて…」
二人は嗜めてくれたが、暖大は気にすることなく笑い続けている。
「お前…。次のテストは絶対一人でなんとかしろよ」
「あー、ごめんごめん!後生だから許してくれ!」
大袈裟に謝ってくる暖大に、調子のいい奴だな、と思いながら無視した。
そうしていると先輩から声がかかり、全体で通すことになった。
曲に合わせて咲の手を取り踊っていくが、また失敗してしまった。
ワンテンポ、いやツーテンポほど遅れてしまい、咲も踊りにくそうにしている。
なんとか誤魔化しながら、通しを終えた。
「…咲、ごめん。またやっちゃった」
「ううん、全然大丈夫だよ!」
覚えていないわけではないのに、なぜこうも思い通りに動いてくれないのだろう。
咲は大丈夫と言ってくれるが、さすがにここまでくると僕と組まない方が楽しかったんじゃないかとさえ思えてきてしまう。
「……ね、彗くん」
そんなことを考えていると、咲が声をかけてくる。
「ごめん、次はちゃんとやるね…」
「もう、ほんとに大丈夫だって。それよりね、今日って放課後時間ある?」
「放課後…? 今日はバイトあるんだよね」
急に放課後の予定を聞いてくるなんてどうしたんだろうか。
「何時まで?」
「今日はたしか21時までだったかな…」
「じゃあその後、ちょっとだけでも二人で練習しようよ」
突然の提案に、驚く。
「え…!? い、いや、そこまで迷惑かけるわけには…」
「全然、迷惑なんかじゃないよ。一人でやるにも限界あるし、ね?」
そう言われると、その通りだと思ってしまう。
ここ2日ほどは迷惑をかけないようにと家でも少し振り返ってはいたが、このザマだ。
「いや、でも時間も遅いし…」
「彗くんが家まで送ってくれるから大丈夫だよ」
笑顔で臆面もなくそう言い切る咲に、言葉に詰まる。
申し訳ない気持ちはあるが、ありがたい申し出であることにも変わりはない。
「……そうだね。じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「うん!じゃあバイト終わり、いつもの公園で!」
公園、という待ち合わせ場所が引っかかるが、当の本人は気にした様子もなく笑顔のままだ。
本人が言うなら大丈夫か、と浮かんできた悪い考えを掻き消す。
そして全体練習を終え、咲や暖大たちに声をかけ、バイトへと向かった。
「そうそう、彗くん、できてるよ!」
バイトが終わり、待ち合わせた公園で咲と合流した。
先に着いていたようで、ブランコに座っている姿を見た時はヒヤッとしたが、僕に気づくとパッと笑顔を見せてくれて安心した。
スマホで曲を鳴らしながら練習を始め、何回か合わせた後、咲が褒めてくれた。
「いや、でもまだちょっと遅れてるよね…」
「ううん、学校でやってた時より全然いいよ!」
そう言ってくれると、不思議なことになんだかやる気も溢れてくるような気がする。
「でも…やっぱ彗くん、まだちょっと遠いよ。もうちょっと近くに寄ってくれないとね」
「……善処します」
「多分それだけで随分変わると思うんだけどなー」
そうは言うが、こればっかりはなんとも煮え切らない。
「よし!じゃあ最後にもう一回やって、今日は終わりにしよっか!」
「今日は…? もしかして明日もやるの?」
「彗くんがちゃんとできるようになるまで毎日やるよ?」
初耳だ。
「…じゃあ、早いことできるようにならないとね」
「別にゆっくりでもいいけどね?」
その言葉にドキッとしてしまう。
あぁもう本当に、心臓に悪い。
「…咲にそんなに迷惑もかけられないからね。頑張るよ」
「もう。 まぁ、彗くんらしいけど」
すこし膨れっ面に見える彼女の表情。
どうやら返事をまた間違えてしまったみたいだ。
「じゃ、やろっか」と言って、咲は音楽を鳴らした。
咲の手を取り、踊り始める。
すると、咲の方から距離を詰めてきた。後一歩でも踏み込めば、肩と肩が触れ合いそうだ。
「…!?」
「これくらいの距離感だよ」
突然のことに驚いている僕を気にすることなく、彼女はリードしてくれる。
心なしか、さっきまでより随分踊りやすい気がした。
「ほら、やっぱり踊りやすい!」
通し終えた後、咲はそう言った。
気が気ではなかったが、咲の顔を見ると、少し紅みがかっている気がした。
「…あのね。恥ずかしいのは彗くんだけじゃないんだよ…?」
そう言う咲の表情に、釘付けになる。
咲も同じ感情を抱いていたことにホッとするような、踏み込ませてしまったことに対する申し訳なさのような、なんとも言い難い気持ちになる。
「…そうだね、ごめんね。明日からは気をつけるよ」
「…うん。よろしくね」
そう言って、彼女はニコッと笑った。
「…じゃあ、帰ろうか。送るよ」
「うん!ありがとね!」
そうして咲を家まで送り、初日の練習を終えた。
そこから結局、体育祭の前日まで同じように公園で練習をした。
練習を重ねるうちに、咲との距離感にも慣れてきた気がする。
暖大と穂波さんも交えて四人で公園で練習する日もあったが、その時の暖大は特にからかってくることもなく、真面目に手伝ってくれた。
穂波さんとのペア練習もしていたが、二人は特に問題なさそうなくらい、スムーズに踊れていた。
「よし!もう大丈夫そうだね!」
咲と二人での最後の通しを終え、彼女は満足そうに口にする。
「ほんとありがとう。咲が手伝ってくれなかったら、きっと本番でも迷惑かけちゃってたよ」
「ううん、私も楽しかったから。一緒に練習できて良かった!」
迷惑をかけてばっかりだった気がするが、楽しいと言ってもらえたことは素直に嬉しい。
そして咲をいつも通り、家の前まで送る。
「ね、彗くん」
「なに?」
「明日、一緒に楽しもうね」
「……そうだね。頑張るよ」
「うん! じゃあ、送ってくれてありがと! おやすみなさい!」
そう言って咲は家の中に入っていった。
いつも通り、ドアが閉まる直前にこちらに向かって手を振ってくる。
それに軽く手を振って返し、歩き出す。
これまでの体育祭の前日は、どんな気分だっただろうか。
少なくとも、今のような高揚感は間違いなく感じていなかった。
「…咲のおかげだな」
明日はいよいよ本番だ。




