第21話 『彗くんって決めてたよ』
昼休みに入り、教室は6限目に行われる体育祭の種目決めのことで盛り上がっているが、その声はやけに遠く聞こえる。
「彗、諦めろ。体育祭からは逃げられねぇ」
隣に座っている暖大はこちらの憂鬱さなどお構いなしに、現実を突きつけてくる。
「それは分かってるけどさ…。嫌なものは嫌だよ」
「まぁ、こういう運動が絡むのは彗の唯一と言ってもいい弱点だもんなぁ」
「いや…。別に唯一でもないけど…」
「勉強できて、料理までできる奴が何言ってんだ」
「それはそういう状況だったからってだけ」
「…ま、それもそうか」
うちの状況を知っている暖大は、それ以上踏み込んでくることはなかった。
いつもはづけづけと絡んでくる癖に、こういう所は引き際を弁えているというか、上手いこと距離感を保ってくる。
そういうところが、普段はおちゃらけている癖に、妙に憎めない。
「彗くん、片山くん。何話してるの?」
振り返ると、咲がいた。いつも通りというか、手にはいちごオレのパックが握られている。
「彗が体育祭から逃げたいって話」
「逃げたいとは言ってないだろ」
「え、彗くん、体育祭嫌いなの?」
意外だ、という表情で聞いてくる咲。そういえば、咲とこの手の話はしたことがなかった。
「…まぁ、そうだね。運動は苦手なんだ」
「へぇー。なんか意外だね」
「咲みたいに、運動部に入ってるわけでもないしね。僕はインドア派なんだ」
「ふふっ、それはなんとなくイメージ通りだけどね」
「……なぁ」
咲と会話をしていると、暖大が怪訝そうな顔つきで口を挟んでくる。
「お前ら…。いつから名前で呼び合うようになったんだ?」
その言葉に、ドキッとしてしまう。
昨日の出来事から名前で呼び合うことになっていたが、暖大の目の前で咲の名前を呼ぶのは初めてだ。
友達…なのだから、名前で呼び合うことは不自然なことではないと分かっていても、こうつっこまれてしまうと、どうにも気恥ずかしさが拭いきれない。
「ふふっ、昨日からだよ。片山くんのことも名前で呼ぼうか?」
そんな僕とは打って変わって、咲は恥ずかしがる様子もなく笑顔を崩さない。
昨日は恥ずかしそうに見えていたのは僕の勘違いだったんだろうか。
「俺ぁどっちでもいいよ」
「あ、そういう言い方するんだ。じゃあ片山くんのままだね」
「へいへい」
そうして、咲は笑いながら「じゃあまたね」と言って、穂波さんの方へ戻っていった。
暖大はニヤニヤした顔を僕に向けてくる。
「順調みたいだな」
「…なんだよ順調って」
「いやぁ? お兄さんは嬉しいよって話」
「誰がお兄さんだ」
分かってる、とでも言いたげな顔に少し不快感を感じるも、またそれ以上は何も言わない暖大にズルさを覚えながら、残りの時間を過ごした。
そうして、6限目の体育祭の種目決めの時間がやってきた。
憂鬱さは消えないが、仕方ない。なるべく運動が苦手でもなんとかなりそうなものを選ぼう。
体育祭の種目は色々あるが、一人につき最低でも2種目には参加しなければならない。
また、毎年の目玉になっている各学年をランダムに振り分けた団毎に行う創作ダンスは全員参加となっている。
配られたプリントに書いてある競技種目に目を通し、どうするかを考える。
100m走に、200m走。スウェーデンリレーなど、ちゃんと走るものは絶対にやりたくない。
(一つは玉入れで確定。もう一つは…)
借り物競走なら足の速さはあんまり関係ないか、と当たりをつける。
そうして、体育祭実行委員の仕切りのもと、出場種目を決めていった。
「…………最悪だ」
玉入れは参加人数が多めに設定されていたため、問題なく決まった。
問題だったのは、借り物競走の方。
参加可能人数に対し希望者が多く、じゃんけんで決めることになった。
結果、負けてしまった僕は余っていたスウェーデンリレーに参加せざるを得なくなった。
同じく借り物競走を希望していた穂波さんは無事決まったらしく、ごめんね?といった表情で手を合わせながら僕を見ていた。
できることなら変わってほしい。が、それもなんだか情けないなと諦めた。
席に戻り、黒板に記されている各種目の参加決定者に目を通す。
暖大はクラス対抗リレーに、200m走。なんとも暖大らしい。
咲は部活対抗リレーと、100m走。部活対抗リレーはどうやら参加種目の最低数に含まれるらしい。
穂波さんは玉入れに、借り物競走。どうやら僕と同じ思考だったようだ。
「はい、では次に創作ダンスで行うペアダンスの相手を決めていきまーす」
実行委員である松本さんの呼びかけで、クラス全体の雰囲気が一気に盛り上がる。
「男女でペアを作るんだけど、まぁ相手を選びたい人もいるだろうし…。少し時間を取るので、声をかけたい人がいる場合はかけちゃってくださーい! 残念ながら決まらなかった場合は…くじ引きにしまーす」
その言葉を皮切りに、各人が動き出す。
なんとも残酷な決め方だと思いながら、教室の様子を伺う。
参加しなければならない以上、できることなら気の知れた相手と組みたい。
咲の方をチラッと伺うと、彼女は既に数人の男子に囲まれていた。
「日野さん!俺と組んでくれませんか!」
「いや、俺と…!」
「お、お願いします!」
勢いよく声をかけられている咲は少し困ったような表情を浮かべている。
「ご、ごめんね? 私はもう決まってて…」
聞こえた彼女の言葉に、自分の気持ちが一気に落ち込んでいくような感覚を覚える。
そっか、そうだよな。学校中から人気のある彼女だ。決まっていても不思議なことではない。
ただ…それでも、このモヤモヤした気持ちは消えてくれない。
ダメだ、切り替えよう。こうなったらくじ引きに参加するしかない。
そう思った矢先、咲がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「彗くん、よろしくね」
少し頬を紅く染めながらそう言う彼女に、胸が高鳴る。
「……え? 相手、決まってたんじゃ…」
「うん。組むなら彗くんって決めてたよ」
その言葉に、また感情が揺さぶれる。
あぁ、この子は本当に僕の気も知らないで。
「…いいの? 僕、ダンスも苦手だよ?」
「ふふっ。全然大丈夫だよ。一緒にがんばろ?」
笑顔でそう答える咲。
断る理由なんて、あるはずもない。
「…じゃあ、よろしくね、咲」
「うん!」
咲に声をかけていた男子の悲痛な叫びのようなものが聞こえた気がするが、耳に入ってこない。
僕を羨むような視線も感じるが、それも気にならない。
「はーい!大方組みたい人がいる人達は決まったっぽいね。じゃあ、残りはくじ引きで決めちゃいまーす!」
松本さんの呼びかけで、それまで散り散りになっていたクラスメイト達が席に戻っていく。
咲も席に戻ろうとしたが、こちらを振り返る。
「……体育祭、楽しみだね」
ニコッとしながらそう口にし、席に戻っていった。
そうして、くじ引きが始まった。
これはこれで盛り上がっていて、教室はざわついている。
「……そうだね。楽しみだ」
無意識に呟いた言葉は、喧騒の中に消えていった。




