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サボテンの花  作者: みるきー


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第20話 『一人の女の子として』

 少し歩いて、穂波さんからのメッセージに記載されていた喫茶チェーンにやってきた。


 入り口付近を確認するが、まだ穂波さんの姿は見えない。


 パフェがオススメされているのだろうか、店の前に出ているのぼりに目が止まる。


 なんとも咲が好きそうだ、なんて考えていると、視界の端から見知った人影が映った。


「瀬川くん、おまたせ」


「大丈夫、僕も今着いたところだよ」


「そっか、よかった。じゃあとりあえず中入ろうか」


 そう言って穂波さんは扉を開けて中に入っていく。僕も後ろをついていく。


 案内された席に腰掛け、穂波さんの顔を確認する。


 先程の電話では焦っているような勢いだったが、いまはそんな雰囲気は全く感じない。


「とりあえず、何か頼もっか。瀬川くんは何にする?」


「僕はコーヒーでいいかな」


「はーい。うちはカフェラテにしよっと」


 そこから注文をし、飲み物が運ばれてくるまでの間、会話はなかった。


 飲み物が運ばれ、穂波さんは丁寧に受け取り、カフェラテをゆっくりとかき混ぜる。


 そして一口飲んだところで、口を開いた。


「……昨日の夜、なにがあったの?」


 静かな声だ。怒っているわけではない。心なしか少し潤んでいる様に見える彼女の瞳。


「……その前に一つ確認させてほしいんだけど、穂波さんは、日野さんの事情をどこまで知ってるの?」


 自分の不注意が原因でこうなっているわけではあるが、どこまで話して大丈夫なのかもわからない。


「大体全部知ってるよ。咲の両親が離婚しそうなことも、あんまり家にいたくないことも。私の家にもよく泊まりに来るから」


「…そうだったんだ」


「うちからしたら、なんで瀬川くんが知ってるのかもよくわからないけどね」


 どうやら、咲は僕が事情を知っていることを穂波さんには伝えていなかったらしい。


 伝えるタイミングがなかったのか、必要がないと思ったのか。


 ただ彼女がそう判断したのであれば、その意志を尊重したい。


「…たまたまね。聞く機会があったんだ」


「ふーん」


 素っ気なく聞こえるが、こればっかりは許してほしい。


「まぁ、それはいいや。で、昨日は何があったの」


 こちらを目を真っ直ぐ見つめて、そういう穂波さん。


 連絡まで入れておいて、昨日のことについて逃れることはできない。いや、ここまで来ている時点で逃げるつもりなど毛頭ないのだけど。


「…昨日のバイト終わりにね。日野さんの悲鳴が聞こえたんだ」


「悲鳴?」


「うん、公園でお父さんに腕を掴まれててね。それでなんとか間に割って入って、その場はなんとかなったんだけど…」


「うん」


「日野さん、慌てて出ちゃったみたいで、スマホ持ってなくて。家に帰れるような状態じゃなかったから、僕から穂波さんに連絡したんだ」


「…なるほどね。ごめんね、出られなくて」


「ううん、時間も遅かったし、仕方ないよ」


「それでその後はどうしたの?」


「………僕の家に連れて帰ったよ」


「………え?」


 そうだよね。そういう反応になるよね。


「……仕方ないだろ。一人で公園に居させるわけにもいかないし」


「いや、まぁ、それはそうなんだけど…。思い切ったね」


 そういう穂波さんの表情は、少し柔らかくなっていた。


「…まぁ、そんな感じだよ。さっき家まで送り届けた後に穂波さんから連絡がきて、今に至るって感じ」


「そっかぁ…。瀬川くんの家ってのは驚いたけど…ありがとね。咲を助けてくれて」


「ううん、なんとかなってよかったよ」


 うん、本当によかった、と穂波さんは小さく呟き、そこからしばらく会話はなかった。


 安心してくれたのか、穏やかな表情でカフェラテを口にする穂波さん。


 僕もコーヒーを口に運び、少し落ち着く。


 すると、穂波さんがまた口を開いた。


「…最近の咲ね。すごく楽しそうなの。理由はわかってるんだけど、だからかな。うちもちょっと油断しちゃってた」


「…仕方ないよ。こんなことになるなんて誰も予想できないよ」


「それはそうかもしれないんだけどね。でも、事情を知ってる友達としては、やっぱりちょっと苦しいや」


 苦笑い気味にそういう穂波さんの表情に、本当に二人は信頼しあっているんだなということが伝わってくる。


「…ね、瀬川くん。これからも何かあったら、咲を助けてあげてね。うちももちろん、協力するから」


「…うん。約束するよ」


「ふふっ、ありがと。あー、なんか安心したらお腹空いちゃった! ね、なにか食べてもいい?」


 打って変わって笑顔の穂波さんに、僕も安心する。


「もちろん、いいよ。何食べるの?」


「この前咲と来た時はパフェ食べたからねー。今日はケーキにしようかなー」


「ほんとに、女の子は甘いものが好きだね」


「そういう生き物なんだよ。だから、咲が行きたい、って言ったらちゃんと付き合ってあげるんだよ」


 ニヤニヤしながらそう言う穂波さんに、なぜ咲のことが名指しなんだろうかと気になる。


 浮かんでくるこの期待は、自惚れなんだろうか。


 昨夜のこと、朝のこと。さっきの別れ際に手を握ったことが思い出され、少し鼓動が早くなる。


「そういえば、家では何して過ごしたの?」


「な、何してって…。普通に話してたくらいだよ?」


「……なんか気になる反応だね」


 ま、いいや。気にしないであげる、と口にし、彼女はケーキを注文した。


 僕は気持ちを落ち着ける様にコーヒーを飲み、穂波さんから目を逸らす。


 なんだか彼女がニヤニヤしているような気がしたが、それもすぐに元に戻った。


 運ばれてきたケーキを食べる穂波さんと、そこからは何気ない会話をして過ごした。



「ふぅ、美味しかった。瀬川くん、付き合ってくれてありがとね」


「全然、どうせ今日は暇だったから」


「ありがと。じゃあ、帰ろっか」


「うん、そうだね」


 そうして会計を済ませて店を出た。



「穂波さんはどっちの方向に帰るの?」


「あっち。瀬川くんとは反対方向かな。だから、ここでお別れだね」


「近くまで送るよ?」


「ううん、大丈夫。ありがとね」


「…そっか。じゃあ、また学校で」


「……ね、瀬川くん。最後に一つだけ聞いてもいい?」


 どうしたんだろう。


 今日聞いた中で一番、静かで真剣そうな雰囲気を感じる。


「なに?」


「……瀬川くんは、咲のこと。どう思ってるの?」


 こちらを真っ直ぐに見つめ、そう尋ねてくる穂波さんの言葉に、ドキッとした。


「どう思うって…。友達だと思ってるよ」


 友達。自分で言ったその言葉に、違和感を感じる。


「……本当に、それだけ?」


 目を逸らさずに、付け加えてくる。目を逸らすことが、できない。


 それだけ、なわけない。


 僕の日常を壊して、かけがえのない非日常を与え続けてくれる彼女は、本当に輝いて見える。


 いつだって笑っていてほしい。泣き顔なんてさせたくない。守ってあげたい。僕の隣に、いてほしい。


「………好きだよ。…友達としてじゃない。一人の女の子として」


 その言葉に、穂波さんの目が大きく見開かれる。でもすぐに、笑顔に変わった。


「いまの瀬川くん、カッコいいよ。咲のこと、よろしくね」


「…まぁ、日野さんの気持ちはわからないけどね」


「ふふっ。そのうちわかるよ」


 そう言って穂波さんは、手を振って帰っていった。


 なんとなく、その後ろ姿に目が離せなかった。


 穂波さんに、というより他の誰かに、自分の気持ちを伝えることになるとは思わなかった。


 ただどうにも、僕をまっすぐ見つめる穂波さんの目に、なにかを期待している様な目に、誤魔化すことはできない気がした。


 最後の穂波さんの言葉はどういう意味なんだろうか。期待してしまってもいいのだろうか。


 わからない。だけど、今の咲と僕の距離感は本当に心地よく感じる。


 高望みかもしれない。自惚れかもしれない。それでも、僕は…。


 不思議な感覚を胸に、帰路へとつく。


 ふと空を見上げると、昨日のどんよりとしていた雲はどこにもなく、青白い快晴が広がっていた。

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