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サボテンの花  作者: みるきー


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第16話 『ずるいのはお互い様』

 八月も終盤に差し掛かり、今日から二学期がスタートする。


 夏休みの間は多少外に出る機会もあったとはいえ、今日からまたしばらくはこの暑さの中を毎日行ったり来たりしないといけないのかと思うと、なんとも気が滅入ってくる。


 朝の日差しに少しの鬱陶しさを感じながら通学路を歩き、校門が見え始めた頃。人混みの中を一人で歩く、見慣れた女の子の後ろ姿が目に入ってきた。


 さて、どうしようか。


 オープンキャンパスに一緒に行ってからは特に用事もなく、顔を合わせる機会はなかった。たまにスマホで連絡を取り合ってはいたが、些細な日常会話をする程度だった。


 そんな些細なことでさえ、気分が昂揚してしまうほどには、僕は彼女への想いを募らせているようだ。


 現にこうして後ろ姿を見つけただけで、どうしようかと考えてしまうほどには。


 ただ、そんなことを考えている時点で、声をかけたい気持ちがあることは明白だ。


 歩くスピードを速め、思い切って彼女に声をかける。


「日野さん、おはよう」


「えっ、せ、瀬川くん!? お、おはよう! こんなところで一緒になるなんて珍しいね」


 驚かせてしまったようで、彼女の声は少し裏返っているように聞こえた。ただそれも一瞬のことで、いつも通りの声色に戻る。


「うん、そうだね。つい声かけちゃったよ」


「ふふっ、瀬川くんから声かけてきてくれるなんて、驚いちゃったけど嬉しいよ」


 そうストレートに告げられると、なんだか少しの気恥ずかしさを覚えるが、声をかけて良かったと思える。


「今日から二学期だね。課題はちゃんと終わった?」


 でもそんなことを悟られてしまうことはより気恥ずかしく、当たり障りのないの言葉を返してしまった。


「うん、遥香にも手伝ってもらってバッチリだよ!瀬川くんもオープンキャンパス、一緒に行ってくれてありがとね」


「ううん、こちらこそ付き合ってくれてありがとう。それなら良かったよ」


 たった一言二言、言葉を交わしただけなのに、笑顔の彼女を見ると、さっきまで暑さに滅入っていた気持ちが晴れやかになっていく気がする。


「あー、なんか今日はいい日になりそうな気がするなー」


「なんで? 朝からいいことあったの?」


「ふふっ、内緒」


 少し自信過剰にも思える期待が頭をよぎったが、すぐさま振り払う。


 僕もそう思う、なんて言えたら良かったんだろうか。いや、それも僕らしくないな。


 普段とは登校とは異なる左側の景色に心地よさを覚えながら、僕たちは教室へと向かった。




 二人で一緒に教室に入ると、すでに教室にはそれなりの人数が揃っていた。


 久しぶりに会った友人たちと楽しく談笑していたクラスメイトたちの視線が、僕たちの方へと注がれる。


「え、日野さんと瀬川、一緒に登校してきたのか…?」

「いやいや、たまたま廊下で会っただけでしょ」

「いやでも、夏祭りで一緒にいるとこ見たってやつもいるぜ?」

「え、嘘…。じゃあほんとに…?」


 どうやら見られていたらしい。ただ、あの時は四人で一緒にいたはずなのに、どうしてそういう思考になるんだろう。


 一学期にも文化祭の実行委員を二人で請け負っていて、一緒にいる機会はみんなそれなりに目にしていたはずなのに、そんなに珍しいことなんだろうか。


 日野さんの方を見てみると、同じく声は聞こえているはずなのに、彼女はその笑顔を崩さない。


 そればかりか、こちらの視線に気づいた彼女はより大きな笑みをこちらに向けてくる。


「咲〜、瀬川くーん、おはよー!」


「遥香ー!おはよー!」


「おはよう、穂波さん」


「二人で一緒に登校してきたの?」


 クラスメイトの気持ちを代弁するかのように、穂波さんは聞いてくる。その表情はなんだか、とても柔らかく映る。


「うん、たまたま校門の前で会ってね。瀬川くんが声かけてくれたの」


「ちょ、日野さん…!」


「へぇー、瀬川くんから。珍しいねぇ〜」


 そうニヤニヤしている顔を隠すこともなく、追い討ちをかけるかのように言葉にする穂波さん。


 その言葉に、またクラス中の視線が集まる。


 二人の顔を見るが、気にしているような素振りは全く見られない。


「はぁ。まぁ、友達に気づいたらね。そりゃ声はかけるよ」


「うんうん、友達だもんね〜。普通だよね〜」


 穂波さんの間延びした声に、「なんだ、友達か…」といった安堵したかのような声が聞こえてくる。


 なんとかなったか、と安心していると、


「おう彗! 穂波も日野さんも、こんなとこでなにしてんだ?」


何も考えていないような気の抜けたような声で暖大が声をかけてくる。


「友達だったら一緒に登校してきても不思議じゃないよね、って話してたの」


 そう答える穂波さんの言葉に、暖大は教室の雰囲気をチラッと見渡し、少し考えるような素振り見せる。


「あぁ、そうだな。俺だってたまに彗と一緒になるし」


「お前はいつもギリギリなんだから滅多にないだろ…」


「俺は逆に、なんでみんながそんなに余裕を持って来てるのかわかんねぇな」


「片山くんは、さすがにもうちょっと余裕持った方がいいと思うよ?」


「咲だってたまに大寝坊しちゃうじゃん」


「それは言わなくていいじゃん!」


 気づけば、クラスメイトの視線なんて気にならなくなっていた。


 少し騒がしいこのやり取りが、楽しいと思える。去年までの僕なら、考えられない。


 いつか暖大に言われたそんな言葉を思い出しながら、チャイムが鳴るまで四人で過ごした。




 そうして二学期初日の始業式やHRを終え、今は帰路についている。


 いや、帰路というと少し違うかもしれない。僕の左側には、日野さんが歩いている。


「遥香も片山くんも一緒に来られたら良かったのにね」


「まぁ用事があったみたいだし、仕方ないよ」


 僕たちは今、僕のバイト先のファミレスに向かって歩いている。


 HRが終わり帰ろうとしていた時に、日野さんから明日行われる夏休み明けテストについて勉強を教えてほしいと頼まれた。


 暖大と穂波さんにももちろん声をかけたが、二人とも部活があるようで今回は来られなかった。


 僕も今日はバイトだが、早めにファミレスに行って勉強をさせてもらってからシフトに入る予定だったので、それまででいいなら、と了承した。


 古川さんにも確認を取ったが、快く了承してくれた。


「そういえば、日野さんは部活大丈夫なの?」


「うん、今日は勉強します。って顧問に伝えに行ったら、『お前はその方がいい』って笑われちゃった」


「それは…僕も同意見かもしれない」


「瀬川くんまで!ひどいなぁ」


 少し揶揄いすぎたかと思ったが、言葉とは裏腹に楽しそうな日野さんの姿に安心する。


 オープンキャンパスが勉強を頑張ろうと思えるきっかけになったのだろうか。やっぱり、素直にそう思えて、すぐに行動に移すことのできる彼女は本当にすごいと思う。


 そうして二人で話しながら歩いていると、ファミレスに辿り着いた。


 中に入り、古川さんに声をかける。


「やぁ、いらっしゃい。彗くん、日野さん。気にしないで、ゆっくり勉強して構わないからね」


「すみません、またお邪魔しちゃって」


「いやいや、来てくれて嬉しいよ」


 少し申し訳なさそうな日野さんに、古川さんはそう言って窓際のあまり目立たない席に案内してくれた。


「ここ、前に来た時と同じ席だ」


「そういえばそうだね。もしかしたら、古川さんの中でここは日野さんの席って認識なのかも」


「さすがにたまたまだと思うけど…もしそうだったらちょっと嬉しいかも」


 そう言って日野さんは、メニューに目を通していく。


 すぐにデザートが載っているページを見て目をキラキラさせる日野さんの姿に、勉強をしに来たはずだけど、なんて声をかけるのはさすがに野暮すぎると憚られる。


「なにも注文しないのも悪いし、何か頼もうか。ただ、デザートは終わってからにしようね」


「そ、そうだよね!別にいま頼もうなんて思ってなかったよ!?」


「…ほんとに?」


「……嘘です。頼もうとしてました…」


 表情に現れる感情の落差に、思わず笑みが溢れてしまう。


「あー!笑うなんてひどい!」


「ごめんごめん。かわいらしくて、つい」


 そう言うと、日野さんは固まってしまった。徐々に顔が紅みがかっていき、ついには俯いてしまう。


 どうしたんだろう、と不思議に思っていると、


「ず、ずるいよ瀬川くん……」


と呟くような声が聞こえてくる。


 少し考えるが、なんのことだか分からない。ずるいと思われるようなことを言った気はしないのだけど。


「ずるいってどういうこと?」


「……私に言わせるの…?」


「ご、ごめん。その、本当にわからなくて…」


「……そ、その…。か、かわいらしいって…」


 俯きながら、絞り出すように告げる彼女の言葉に、一気に身体中の血液が顔に集まってくる感覚を覚える。


「ご、ごめん!い、嫌だったよね、本当にごめん!」


「い、嫌じゃないよ…? むしろ嬉しいけど、そんなに謝られると嘘だったのかなって…」


「う、嘘じゃないよ。ほんとにそう思って…つい口から出ちゃってたみたいで…」


「……ふふっ。だったら許してあげる」


 まだ紅さの引いていない笑顔で、そう言う彼女から目が離せない。


 ずるい、という言葉はそっくりそのままお返ししたいくらいだ。


「……ドリンクバーだけでも、と思って持って来たんだけど…お邪魔だったかな」


 急に聞こえた別の声に、良くない意味で心臓が跳ねる。


 声の方向に顔を向けると、柔らかな笑顔でこちらを見ている古川さんがいた。


「丁度いま来たんだけど…。ふふっ、あれから仲良くなっているみたいで安心したよ。ごゆっくり。あ、ちゃんと勉強もするんだよ」


 そう言ってドリンクバーのコップをテーブルに置き、古川さんは戻って行った。


 恥ずかしいところを見られてしまった、と少し浮かれていた自分を恨めしく思う。


 日野さんの方を見ると、彼女もまさか古川さんに見られていたとは思っていなかったのか、少し放心しているみたいだ。


 その様子にまたさっきと同じような感情が湧いてくるが、今回はそっと蓋をする。


「……勉強、しよっか」


「……うん」


 そう言って、お互いまだ少しの気恥ずかしさを覚えながら、勉強を始めた。

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