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サボテンの花  作者: みるきー


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第15話 『好きの裏側』

「ねえ、咲。聞いてるー?」


「あ、ごめんごめん。もう一回いい?」


「もう、咲が聞いてきたんじゃん」


 そう言う遥香の顔は少し呆れ気味だ。


 瀬川くんとオープンキャンパスに行ってから数日が経ち、私は遥香の家に泊まりに来ていた。


 ついでに、と夏休みの課題を教えてもらっていたのに、いつの間にか思考が逸れてしまっていたみたい。


「瀬川くんのこと、考えてたんでしょ?」


「い、いやいや!そんなんじゃないよ!」


「説得力ないなぁ〜」


 ニヤニヤしながらそんなことを言ってくる遥香に、慌てて言葉を返した。正直、図星だった。声も上擦り、説得力がないと自分でも思う。


「一緒にオープンキャンパス行ってきたんでしょ? ね、どうだったの」


 少し身を乗り出しながら興味津々といった様子で聞いてくる遥香は、私の気恥ずかしいような気持ちなんて何も気にしていないんだろうな。


 確かに私も、他の子の恋バナを聞く時は今の遥香と同じようなノリになっちゃうし。


「んー、看護学科の説明会は良かったよ。頑張ろう!って思えたし。キャンパスも綺麗で、こんなところに通えたら楽しいんだろうなーって」


「違う違う、そうじゃなくて。瀬川くんとなにか進展はなかったのかって意味」


 自然と話題を瀬川くんから逸らそうとしたけど、遥香はそれを許してくれないみたい。


 進展はなかったのか、って聞かれると…なかった。とは言えない気もする。


 "二人で、一緒に"


 帰り道に立ち止まったまま、そう言ってくれた彼の柔らかい表情が自然と思い出されてきて、また胸がドキドキと高鳴る。


 瀬川くんは、友達だから。そう言ったけれど、その言い方がなんだかいつもの彼とは結びつかないほどに慌てていて、自分は特別なんじゃないかと、期待してしまった。


「ふふ、進展あったんだね。顔真っ赤だよ」


 その言葉に、また思考が瀬川くんのことに流れていってしまったことに気づかされてしまう。


「ちがっ…! …わない、けど…」


「うんうん。認められて偉い偉い。ほら、うちに詳しく話してみ」


 まるで子どもをあやすみたいに言ってくる遥香。弱みと言えば大袈裟かもしれないけれど、女の子の大好物とでも言えるような状況にいる私は、格好の的なんだろう。


 観念して、なるべく言葉を選びながら、遥香にオープンキャンパスでの出来事について話した。



「へぇー。瀬川くん、思ったことはちゃんと伝えてくれるタイプだけど、二人で一緒に、かぁ。カッコいいじゃん」


「は、恥ずかしい……」


 結局、根掘り葉掘り聞かれた。言葉を選んでも、逃げられなかった。さっきまでしていた勉強なんかより、よっぽど疲れた気がする。


「いいなぁー!うちもそんな恋してみたいなー」


 ベッドにもたれかかり、天井を見上げながらそんなことを口にする遥香。


「……やっぱり、恋、なのかな」


 呟くように出たその言葉に、遥香がバッとこちらを振り向く。目を見開いて、驚いている。


「えっ…? 咲、分かってなかったの…?」


「…考えなかったわけじゃないよ。でも、好きって…なんなのかなって」


 夜の公園で私の話を静かに聞いてくれた。瀬川くんも家族の問題を抱えていたなんて、考えもしなかった。


 ファミレスで働いている姿を見た。学校での様子とは違う彼の姿に、自然と目が向いた。


 二人で商店街に出かけた。思えば、カフェでは少しやりすぎたかもしれない。


 文化祭の準備期間、私を庇って前に出てくれた彼は、本当に頼もしくて、カッコよかった。


 それからだと思う。自然と彼を目で追うようになっていたのは。


 サボテンみたいな、優しい人。

 そう思っていた彼への印象は、もっと深い、別の何かに変わっていった。


 だからかな。そんな彼との距離感が心地よくて、もう少し一緒にいたいなって。そう思って、文化祭で一緒に回ろうって誘った。


 ちょっと、いやすごく恥ずかしかったけど、笑った顔を見た時はドキドキして、勇気を出して良かったと思えた。


 それからも、たくさんの彼の優しさに触れた。


 あぁ、これが好きって気持ちなんだって、そう思った。


 彼の隣はすごく居心地がいい。もうちょっと、彼の隣にいたい。恋人同士になれたなら、きっと幸せなんだろうなって。何度も、そう思った。


 でも…。そんなことを思うたびに、分からなくなることもあった。


「好きだから、って。それだけじゃ…足りないことも、きっとあるんだよね…」


「咲…」


 好きってだけで成立するなら、私の家族はきっと、こうはなっていない。


 お母さんもお父さんも、きっと今の私と同じような気持ちを抱えて、結婚したはずだ。なのに、今では仲の良さそうな二人を見る機会はない。


 高鳴る感情は恥ずかしくて、もどかしくて。でも不思議と心地良いものなのに、スッと受け入れることができない。


「咲!ごめんね、うち、そんなつもりじゃなくって…!」


 遥香の叫びにも近いような慌てる声に、思考が現実に引き戻される。


 いつの間にか下を向いてしまっていたらしく、視界に入ってきた遥香の顔は申し訳なさで一杯に染まっているように見える。


「ほんとにごめん!咲の家の事情だって知ってるのにうち、無責任すぎた…!」


 必死になって私を気遣おうとしてくれているのが、言葉から、表情から、仕草から。伝わってくる。


 せっかく遥香の家に泊まりに来て、楽しく過ごすはずだったのに、そんな顔をさせてしまったことに、私の方が申し訳なく感じる。


「…ううん。大丈夫だよ、遥香。私の方こそ、急に黙り込んじゃってごめんね?」


 なるべく重たくならないように、いつも通りを意識して声に出した。


「咲は悪くないよ!悪いのは…」


「誰が悪いとかじゃないよ。聞きたくなる気持ちもわかるし、遥香と立場が逆だったら、たぶん私も同じことしちゃってたから。ね?」


「……うん、ありがとう」


 まだお互い、少しの気まずさを感じているかのように、そこから言葉は続かなかった。


 私は窓から外を眺めてみる。遥香の家に来た時にはまだ青白かった空が、もう少し暗くなり始めている。


 それがなんだか今の私たちの空気感を表しているみたいで、なんとも言えない気持ちになってしまう。


「んーーー!よしっ!こんなのうちららしくない! ねっ、咲。なんか甘いものでも食べに行こっ!」


 そんな雰囲気を払うように、遥香が大きな声を出した。


「え、でも、もう暗くなってきてるよ?」


「いいじゃん!甘いものを食べる!ご飯も食べる!順番なんて些細なことだよ」


「ふふっ、なにそれ」


 勢い任せに聞こえるその言葉に、なんだかおかしくなって自然と笑ってしまう。


 こういう時に、キッパリと気持ちを切り替えることのできる遥香には、いつも本当に助けられている。


「でも、そうだね。私も食べたくなってきちゃった。行こっか!」


「やった!行こ行こ! うち、お母さんに帰ってきたらご飯食べるって言ってくるね!」


 そう言って遥香は部屋を出た。


 扉越しに、「お母さーん!咲と甘いもの食べに行ってくるー!」と遥香の声が聞こえる。


 わざわざ部屋を出る必要もなかったんじゃないかと思うくらい大きな声に、また自然と笑ってしまう。


 うん、大丈夫。遥香がいてくれるから、私は悩みすぎずにいられる。いつも本当にありがとう。恥ずかしくて、こんなことなかなか言えないけど。


「何食べよっかなぁー」


 一人で呟き、遥香が戻ってくるのを待った。



 そして近くの喫茶チェーンに行き、家でのことなんてどっちも忘れているかのように、パフェを食べて、くだらないことで笑いながら楽しく過ごした。


 それから家に戻って遥香のお母さんが作ってくれたご飯を食べたけど、ちょっとお腹が苦しい。甘いものはやっぱり、食後の方がいい気がした。


 私は先にお風呂に入らせてもらって、今は遥香がお風呂から戻ってくるのを部屋で待っている。


 特に何もすることがない。私は持ってきたカバンの中からぬいぐるみを取り出して、顔や耳をチョンチョンと触ってみる。


 しばらくそうしていると、遥香が戻ってきた。


「それ、この前のやつじゃん」


「うん。なんだかかわいくって。持ってきちゃった」


「瀬川くんも一回で取っちゃうなんてすごいよね。うち、びっくりしちゃった」


「ね。でも瀬川くん、あの時がほとんど初めてだったらしいよ」


「え。なんかそこまでくると、完璧すぎてちょっと怖いね」


 ちょっと笑い声混じりで、引いているような遥香の顔。でもそれも一瞬のことで、すぐに何かを考えるような顔に変わる。


「でもなんかうちは、瀬川くんを見てると、なんでこんなに大人びてるのかなーって思うことがあるよ」


 大人びている。確かに、瀬川くんを一言で表すならぴったりの言葉かもしれない。その理由は、なんとなく想像がつく。


 でも、私から話していいような内容でもない。


「アルバイトしてるから、それで自然とそうなっちゃったのかもね」


「うちもやってみようかなー、アルバイト」


「遥香なら、接客業とか得意そうだね」


「うちも、自分でもそう思う」


 自身あり気に答えるその様子がおかしくて、二人で笑った。



 そうして過ごしていると、もうそろそろ寝ようかという話になった。


 遥香はベッドに入り、私は床に敷いてもらったお布団に入って、枕元にぬいぐるみを置いた。


 なんだか寝付けなくて、ぬいぐるみを眺める。


「……ね、咲。起きてる?」


 遥香もまだ寝ていなかったみたいで、声をかけてくる。


「起きてるよ。どうしたの?」


 返事をしたけど、何も返ってこない。


 なんだろう、と思って待っていると、遥香が口を開いた。


「うちもね、好きって気持ちがどんなものなのか、正直全然わかってない。彼氏もできたことないし」


 突然の内容に驚いた。驚いたけど、いまは遥香の言葉を聞きたい。そう思う。


「うちが咲の立場だったら…、って考えてみたけど、やっぱりこれも全然わかんない。なにもわかんなかった」


「……」


「でもね、これだけはわかる気がするの」


「……」


「好きって気持ちが、悪いものな筈ない」


「……悪いものじゃ、ない…」


「うん。瀬川くんといる時の咲は、ちょっと嫉妬しそうになっちゃうくらい、本当に楽しそうだし、幸せそうだもん。」


「……」


「将来どうなっちゃうかなんて、そんなことはわからないけど、そんな風に誰かを幸せにさせちゃう好きって気持ちは、絶対に素敵なものなんだよ。だから咲も、その気持ちに蓋をする必要なんて、絶対にない」


 遥香の言葉の意味を考える。


 遥香の言う通り、彼と過ごす時間は本当に心地よくて、心がポカポカする。


 たまにしかちゃんとした笑顔は見れないけど、笑顔を見れた時は、うるさいほど胸が高鳴る。


 新しい一面を発見した時は、たまらなく嬉しくなる。


「あー!何言ってるかわかんなくなってきちゃった!とにかく、そんな感じ!おやすみ!」


 そう言って、布団を翻す音が聞こえた。


 私は、枕元に置いてあるぬいぐるみに視線を向ける。抱えているサボテンに、自然と目が行く。


 あぁ、たったそれだけのことなのに、こんなにも、瀬川くんのことが浮かんでくる。


 遥香の言う通りだ。こんなにも胸を満たしてくれるこの感情が、悪いものの筈なんてない。


 私は、瀬川くんのことが好きなんだ。

 この気持ちに、自信を持っていいんだ。


「……ありがとね、遥香」


 呟くように口にしたけれど、返事は返ってこなかった。


 枕元に置いてあったぬいぐるみを手に取り、抱き抱える。気づけば、眠りに落ちていた。

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