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サボテンの花  作者: みるきー


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第14話 『二人で、一緒に』

「なんか大学って、高校と違って大きすぎて本当に学校なのかどうかよくわかんないね」


 隣にいる日野さんは、正門の前で立ち止まってそんなことを呟いた。


 目の前には綺麗に舗装された道が続いており、奥に見えるキャンパスまではまだ相当距離がある。にも関わらず、視界に映る建物の多くが僕たちの通っている高校の校舎よりも数段大きい。


 彼女の言う、"大きすぎて学校なのかよくわからない"という発言には共感しかない。


「ほんとにね。僕は私服で学校に通うってところにも違和感を感じるよ」


 キャンパスまでの道には、歩いている人がたくさんいる。制服を着て歩いている他の高校生の人波のなかに、チラホラと少し大人びて見える、私服姿の人達。いや、むしろ制服で着ている僕たちの方が実は浮いているのだろうか。


「それもわかるなぁ。でも私は、私服の方がオシャレできて嬉しいかも」


「そう?僕はめんどくさそうって思っちゃうな」


「瀬川くんは乙女心ってものが分かってないね」


 ムスッとしている、そんな彼女の表情ですら今はかわいらしく思えてしまう。自覚してしまった気持ちとは、こうも感じ方を変えさせてしまうものなのか。


「生憎、ご縁がなかったもので」


「ふふっ、前と同じこと言ってる」


「……まぁ、そろそろ行こうか」


「うんっ、そうだね!」




 僕と日野さんは、夏休みの課題の一つであるオープンキャンパスレポートを終えるためにとある大学に来ていた。


 二日前のことだ。課題を助けてくれ、と家に来ていた暖大の面倒を見ていた時、日野さんからメッセージが届いた。


『瀬川くん、オープンキャンパスってもう行った?』


 夏祭り以降は連絡を取っていなかったこともあり、彼女からのメッセージに高揚感を覚える。


『まだだよ。明後日、近くの大学に行こうと思ってる。』


『それって桜坂大学?』


『うん』


『ほんとに!私もまだ行ってなくて、同じとこ行こうと思ってたんだ! もし迷惑じゃなければ…一緒に行ってもいい?』


 どう返事をしようか、少し悩む。こう言ってくれること自体には嬉しさも感じるが、どうにも気恥ずかしさが拭いきれない。


 この後、暖大に声をかけようかと考えていたこともあり、スマホの画面を眺め続ける。


「どした、彗?」


 そんな僕の様子に気づいた暖大が声をかけてくる。


「暖大ってもうオープンキャンパス行った?」


「俺が行ってると思うか?」


「思わない」


「じゃあなんで聞いたんだよ…」


 意味がわからない、といった表情の暖大。話が逸れる前に、続ける。


「いや、明後日に桜坂に行こうと思ってるんだけどね。暖大もどうかなと思って」


「一人で行くのか?」


「いや、いま日野さんからも連絡きてて。良かったらどうかなって」


 暖大はハァーっ、と大きなため息をつく。


「バカ言え。俺ぁパス。二人で行ってこい」


「暖大も終わってないのに大丈夫なのか?」


「俺は他の友達と行く約束あるから気にすんな。ほら、ちゃちゃっと日野さんに連絡入れな」


「まぁ、そういうことなら…」


 約束があるなら仕方ないかと、日野さんに了承の返事を返した。少しすると、


『ありがと!楽しみにしてるね!』と返事が返ってきた。それから待ち合わせ場所や時間を決めて、今日を迎えた。



「日野さんは話を聞きたい学科とかあるの?」


「私は看護学科かなぁ。瀬川くんは?」


「僕は正直なんでもいいんだよね。まぁ強いて言うなら、今日のところは教育学部かな」


「へぇー、瀬川くんって学校の先生に興味あるんだ?」


「学校の先生というよりは、公務員ってところかな。なんか安定感あるって言うし」


「瀬川くんらしい理由だった」


 微笑みながら言う彼女に、そんなに僕っぽいだろうかと頭を巡る。少し前に合理的だと言われた記憶もあるが、その辺りがリンクしているのだろうか。


 先ほど案内をしていた大学生の方から貰ったパンフレットに目を通し、二人の希望学部の説明会の時間を調べる。


「看護学科が十三時半からで、教育学部が十五時からだね。どっちも一時間くらいだから、ちょうどよく回れそう」


「りょうかーい!じゃあまだ少し時間あるし、キャンパスの中いろいろ見てみよ!」


 そう言って歩き出す彼女の後を追う。


 二人で並んで歩き、様々なものを見て回った。授業が行われるであろう建物や、ガラス張りになっているオシャレな建物。中を覗いてみると、カフェテリアのようになっている。見慣れたチェーン店も入っていて、規模の大きさを実感する。近くには噴水のようなものもあり、とても良い雰囲気だ。何を見ても大袈裟にリアクションを取っている日野さんは、終始楽しそうだった。


 そして看護学科の説明会の時間が近づき、僕たちは教室へと入る。普段過ごしている高校の教室の二、三倍はある大きさに驚きながら、案内された席に並んで座る。辺りを見渡してみると、すでにそれなりの人数の人達が座っていた。分かっていたことだが、やはりその多くが女の子だ。


「瀬川くん、ごめんね。ちょっといづらいよね」


 僕が辺りを見渡す様子を見ていた日野さんは、申し訳なさからかそんな言葉を口にする。


「全然、気にしてないよ。ほら、男子も何人かいるし」


 まぁ、僕みたいに女の子と一緒に来ているような人はいなさそうだけど。ただ、それでもこうやって足を運んでいる辺り、なんとなくその真剣さというものを感じる。ただ愚直に、自分に必要な情報を得るために来ているのだろう。


「すごいよね。私だったらちょっと恥ずかしいって思っちゃうかも。でも、そんなことどうでもいいくらい、多分本気なんだよね」


 同じようなことを考えていたのか、日野さんはそう言った。畏敬の念を払うような、そんな響きだ。


「私はあの人達と比べたら、まだまだ本気になれてないんだろうなぁ、って思っちゃうよ」


 そう言う彼女の横顔は、なんとも形容し難い。様々な感情の色が見える、そんな表情。


「僕は…」と口を開くと同時に、いつの間にか教室の前に立っていた代表者の方がマイクを使って話し始める。どうやら説明会が始まってしまうらしい。タイミングを逃してしまったが、良かったのかもしれない。


 僕は将来のことなんてまるでイメージが出来ていない。そんな僕がかける言葉なんて、どう繕っても薄っぺらくなってしまいそうだ。


 隣に座る日野さんに目を向けると、今は真剣な表情で前を向き、話を聞いている。その横顔に少しの羨ましさを感じながら、僕も説明に耳を傾けた。


 その後は教育学部の説明会にも参加し、今は二人で帰路についている。


 説明会の感想などを言い合いながら歩いていると、「今日は参加できてよかった」と日野さんが少し声のトーンを落としながら言う。


「全然知らなかったことも知れたし、何より真剣に話を聞いてる他の人達の顔をみて、私も頑張らないと!って思えた」


「ただ…同じくらい、頑張る理由も見当たらなくて、不安にもなっちゃったけどね」


 そう苦笑いをしながら口にする彼女の表情は、期待と不安が入り混じったような。看護学科の教室でみたものと、同じような雰囲気だ。


 別に、僕の返答を求めているわけではないのだろう。ただ彼女は、じっと前を見つめて歩いている。


 ただ、何も返さないのも不義理というか、なんというか。いいじゃないか、薄っぺらくても。言葉にしなければ、ちゃんと聞いてるよ、と。僕も同じような気持ちだよ、と。伝わることは絶対にないのだから。


 意を決して、口を開く。


「…僕は、素直にそう思える日野さんのことを、すごいなって、そう思うよ」


 彼女の顔が、こちらを向く。


「僕なんて、教育学部の説明会を聞きに行ったのは、教師になりたいとか、そんな大それた目標があるわけじゃなくて、ただなんとなく公務員って響きに惹かれただけだよ」


「……」


「将来のイメージなんて、全然ついてない。ただなんとなく勉強して、バイトもして。今の生活で一杯一杯だよ、ってのが本音。恥ずかしいけどね」


「…そんなこと、ない。勉強も頑張って、バイトまで頑張ってる瀬川くんはすごいよ」


「ありがとう。種類は違うかもしれないけど、いま日野さんが僕に言ってくれた、すごいって言葉。僕も同じだよ。今日をきっかけに、頑張らないと、って素直に言える日野さんは、本当にすごい」


 自然と立ち止まる。気づいた日野さんは、僕の少し前で立ち止まり、振り向く。


「それでも、不安は消えないと思う。だから…」


「探していこうよ。頑張ろうって、本気で思える理由を。二人で、一緒に」



 僕たちの間を、夏の湿った風が通り抜けていく。


 日野さんは何も答えない。いつの間にか、彼女は俯いている。


(…やっぱり、薄っぺらいよなぁ)


 彼女の不安を、少しでも軽くできればと言葉にしてみたけれど、どうにも上手くいかない。


 後悔は、ない。ただやっぱり、自分の考えも纏まらないままに話すべきじゃないなと思う。


「せ、瀬川くん…」


 顔を上げた日野さんの顔は、何故か真っ赤になっている。何か彼女を怒らせるようなことを言ってしまっただろうかと、慌てて自分の放った言葉を覚えている限り思い出そうとする。


「さ、さっきの言葉って…ど、どういう意味?」


 どの言葉のことだ。わからない。本当にわからない。


「ご、ごめん!どの言葉のことか…」


「そ、その…。最後の…」


 最後? 思い出せ。僕はなんて言った。



 "二人で、一緒に"



 思い出されたその言葉に、体温が一気に上昇するような感覚を覚える。


(待て待て待て待て。まるで告白みたいじゃないか!?)


 いや、人生で告白などまだしたことはない。その言葉が告白に当たるのかは不明だ。不明だけれど、勘違いさせてしまうには十分すぎるような気もしてくる。いや、確かに僕は彼女のことが…、いや、それも今はどうでもいい。


「い、いや!変な意味じゃなくてね!? ほ、ほら、せっかくこうやって仲良くなれたし、友達として支え合っていけたらって!」


 我ながら情けないと思う。勢いに任せた言葉は焦りを全く隠せていないし、声も少し上擦ってしまった。恥ずかしい。


「友達…」


「そう、友達!もう顔見知りや知人なんて言葉で片付けられる間柄じゃないでしょ?」


「友達かぁ…。うん、まぁそうだね。」


「でしょ? …ほら、暗くなってきたし、帰ろう。近くまで送るよ」


「うん」


 そう言って、彼女の前に出て歩き出す。咄嗟に出てしまった友達という言葉に、少しモヤっとした気持ちが浮かんでくる。


「いまはまだ、それでいいかな」


 後ろで彼女が何かを呟いたような気がしたが、車の通る音にかき消され、よく聞こえなかった。


 追いついて隣に並ぶ日野さん。歩幅を合わせるように、歩くスピードを落とす。視界に入った彼女の表情は、なんだか少し嬉しそうだった。

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