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サボテンの花  作者: みるきー


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第12話 『女の子はぬいぐるみが好きらしい』

 キーンコーンカーンコーン。


 チャイムが鳴り響き、それまで張り詰めていた教室の空気が一気にほぐれる。


「やっべぇ、全然わかんなかった」

「そう?思ったより難しくなかった気がするけど」

「お前そう言いながらいつもそんなに点数良くないだろ」


 あちこちから声が飛び交って、数日間張り詰めていた教室の緊張感が、一気に抜けていくようだった。


 僕は問題用紙を片付け、軽く答案を振り返る。まあ、いつも通りかな。それだけ確かめながら、ふと周囲を見渡してみる。


 暖大は腕をだらりと下げて、椅子に大袈裟にもたれかかりながら天井を見上げていた。いつも通りの光景だ。視線を移すと、穂波さんが隣の女子生徒と楽しそうに話している。勉強会でも余裕そうにしていたし、こちらも普段通りなのだろう。


(日野さんはどうだったのかな…)


気になって彼女の席へと目を向けると、両手を前に伸ばして、机に突っ伏している。


 これまで彼女のテスト後の様子を見たことはなかったけれど、普段の明るい姿とのあまりのギャップに、なんだかおかしくなる。結果がどうだったかはわからない。でも、彼女なりに頑張ったのだろう。


「慧、あんがとな〜。おかげでいつも通りギリギリなんとかなりそうだ」


 暖大が近づいてきて、少し疲れ気味の声だ。


「次からは普段からちょっとずつ準備しとけよ」


「うへぇ、それができれば苦労しないんだよなぁ……」


 反省している素振りは、微塵も見えない。このやりとりも、何度繰り返したか。ため息をつきかけたところで、教室のドアが開いた。


 片桐先生が入ってきて、生徒たちがそれぞれ席に戻っていく。


「はーい、みんな期末考査お疲れ様。この後は夏休みまで特に大きなイベントはないけれど、あんまりハメを外しすぎないようにね」


「はーい」と数人が相槌を打ち、先生は満足そうに頷く。


「よしっ!じゃあ今日はこれで終わりだから、各自解散!また来週、元気に会いましょう!」


 その言葉を合図に、教室がまたざわめき始めた。部活に向かう人、帰り支度を始める人、友人と談笑している人。それぞれが思い思いに動き出す中、僕は鞄をまとめて立ち上がる。今日は久しぶりにバイトもある。早いこと一度帰ろう。


 教室を出ようとすると、暖大がこちらに気づいて軽く手を振ってくる。それに僕も片手を上げて返して、廊下に出た。



 帰り道を歩いていると、スマートフォンが鳴った。


 画面を見ると、日野さんからだ。


『今回は本当にありがとね!おかげでいつもよりは点数が良さそうな気がする!』


 絵文字がいくつかついていて、文章からでも彼女の弾んだ様子が伝わってくる。『そっか、それならよかった』と返すと、すぐに短い返信が来た。


『でね…』


 なんだろうと思いながら続きを待っていると、もう一つメッセージが届いた。


『今回のことについてお礼がしたいんだけど、明日か明後日、空いてたりしないかな…?』


 思わず足が止まった。


 本当にこの子は。恋愛経験がほとんどない僕にだって、なんとなくわかってしまうものがある。


 本人はどういうつもりで送ってきているのか。このお誘いは、まるで……。


 そこまで考えたとき、また通知が来た。


『あ、別に二人きりってわけじゃなくてね!? 遥香と片山くんにもお世話になったし、二人も呼んで四人でって意味です!』


 絵文字もなく、どことなく慌てたような文面だ。


 ……なんだ、そういうことか。


 高鳴りかけていた鼓動を抑えるように、空を見上げた。昼間の青が、じんわりと茜色に変わり始めていた。


『日曜日は午後からなら空いてるから、それでいいなら』


 返信を送ると、すぐに『うん、大丈夫だよ!遥香と片山くんには私から連絡を入れておくね!』と返ってきた。『了解』と打って、スマートフォンをポケットにしまう。


 少し残念な気持ちと、少し高揚するような気持ちが、同時に胸の中にあった。その感情に名前をつけることを、しないようにして、また歩き出した。




 日曜日の午後、最寄り駅の改札前に立っていた。


 隣には暖大がいる。白いタンクトップの上に黒の半袖シャツ、淡い色のジーパンに白の大きめのスニーカー。いつも通りの格好だ。


「なんか気合い入ってんじゃん」


「それ、バイト先の店長にも言われたんだけど、そう見えるのか?」


 自分ではそんなつもりはなかった。黒のグラフィックTシャツに、ベージュのワイドパンツ。いつもとそう変わらない気がしたが。


「いや、服装はいつも通りの雰囲気だけどな。珍しく髪の毛のセットなんてしちゃって」


 にやにやしながら言ってくる。


「別に。暖大だけなら気にしないけど、女の子と出かけるなら、ちょっとはちゃんとしないとなってだけだよ」


「くくくっ、やっぱ変わったよ、お前」


 冷やかすのとは違う、どことなく嬉しそうな顔だった。何が言いたいんだ、と目を細めて暖大を見ていると。


「おーい、お待たせ〜」


 間伸びした声が聞こえてきた。


 穂波さんが手を振りながら歩いてくる。キャップを被って、少しボーイッシュな雰囲気の服装だ。その隣に、日野さんがいる。


 襟元が広く開いた五分丈の黒っぽいトップスに、腰から足首のやや上まであるふんわりとしたチェック柄のスカート。黒のブーツを合わせていて、普段の制服姿とも、以前に商店街で見た私服とも、また違う印象だった。少し大人びて見える、そういう雰囲気だった。


「ごめんね〜、咲が用意に手間取って、ちょっと遅くなっちゃった」


「ちょ、ちょっと遥香!言わなくていいじゃんそんなこと!」


 軽やかな口調で言う穂波さんに、日野さんが頬をわずかに赤らめながら制する。


 気づいたら視線が日野さんに向いていたのか、「へ、変じゃないかな……?」と不安そうな顔でこちらに聞いてくる。


「うん。普段の日野さんの雰囲気とはまた違って見える。似合ってると思うよ」


「えへへ、よかった、ありがとう。瀬川くんも似合ってるね!」


 ぱっと顔が明るくなった。その笑顔が、また少し困らせてくる。


「穂波さん穂波さん、もう二人の世界に入っちゃってますよ」

「片山くん片山くん、見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうね」


 暖大と穂波さんがにやにやしながら並んでこちらを見ている。


「そんなんじゃないよ。ほら、行こうか」


 ぶっきらぼうに返して歩き出す。視界の隅で、日野さんの顔がほんのり赤くなっているのが見えた気がしたが、気づかないフリをした。



 そして電車に乗り、目的地である複合施設にやって来た。


 女子の買い物に付き合ったり、ボウリングをしたりして、カフェで一息ついた。最後にゲームセンターに行くことになり、四人でいくつかのゲームを楽しんだ。


 ゲームセンターの中を歩いていると、UFOキャッチャーの前で日野さんが足を止め、中を見ている。


 なにがあるんだろう、と中を覗くと、ディズニーのキャラクターのぬいぐるみが並んでいた。ちょこんと座ったそのキャラクターは、両手でサボテンを模した小さな鉢植えを抱えている。


「これ欲しい。ちょっとやってみる」


 日野さんは真剣な表情で財布を取り出す。暖大と穂波さんの声援を背に、彼女は何度か挑戦したが、アームはぬいぐるみを掴むたびに途中で離してしまう。やがて100円玉が尽きたのか、「ダメだぁ〜……」と項垂れた。


(そんなに欲しかったのか…?)


 大袈裟に落ち込んでいる日野さんを見て、財布から小銭を取り出してゲーム機に入れる。


「え……」


 日野さんが目を丸くしてこちらを見ている。それには答えず、機械に向き合う。あまりやり慣れてはいないけれど、どの角度から狙えばいいかくらいはなんとなくわかる気がした。


 アームを動かして、角度を見定める。ここかな、と思ったところでボタンを押すと、アームがゆっくり降りていってぬいぐるみを掴んだ。そのまま持ち上がって、出口に向かっていく。


(落ちるなよ…)


 こちらの不安など知ったことかと言った様子で、ぬいぐるみは出口に吸い込まれるように収まった。まさか一回で取れるとは思っていなかったので、自分でも少し驚いた。ぬいぐるみを取り出して、日野さんに差し出す。


「はい、欲しかったんでしょ?」


「あ、ありがとう……」


 日野さんはそれを両手で受け取って、しばらくじっと見つめていた。


「よかったねぇ〜、咲。瀬川くんに取ってもらえて」


 穂波さんが声をかけると、日野さんはぬいぐるみを胸に抱えながら顔を上げる。


「うん!ほんとにありがとね、瀬川くん!」


「どういたしまして」


 満面の笑みでそう言ってくる彼女に、取れてよかったと安心しながら答える。後ろで暖大が「かぁーっ、カッコいいねぇ慧くんは」と言っているのは、聞こえないふりをした。



 帰りの電車の中で、日野さんはずっとぬいぐるみを抱えていた。窓の外を流れる景色を見ながら、時折ぬいぐるみに視線を落としている。


 そんなに気に入ってるなら取った甲斐があるものだ、となんだか嬉しくなった。


 そして待ち合わせた駅に戻り改札を出ると、

「じゃあうち、このあと行くとこあるから〜」


「俺もちょっと野暮用が。慧、ちゃんと日野さんを送っていってやれよ〜」


 まるで示し合わせていたかのように、二人は同じ方向へと去っていった。気にはなったが、追いかけるわけにもいかない。日野さんの方を見ると、ぽかんとした表情で固まっている。


「……帰ろうか」


「……うん」


 そう言い、二人で歩き出した。


 他愛もない会話をしながらしばらく歩いていると、見慣れた公園が視界に入ってきた。はじめて日野さんと夜に言葉を交わした、あの公園だ。


「瀬川くん、ここで大丈夫だよ」


 日野さんが足を止めた。


「そう?全然家まで送るよ?」


「ううん、ほんとに大丈夫だよ」


 笑顔で返してくる彼女に、まあそこまで言うなら、と「わかった」と答える。


 少しの間、どちらも口を開かなかった。夜に差し掛かり、少し生ぬるい風が、二人の間を静かに通り抜ける。


「瀬川くん、今日はほんとにありがとね。お礼するつもりだったのに、ぬいぐるみまで取ってもらって、またたくさんもらっちゃった」


「まああんなに項垂れてるところを見たらね。正直取れるとは思ってなかったけど、よかったよ。勝手にやったことだし、気にしないで」


「え、そうなんだ!一回で取っちゃったから、慣れてるのかと思ってたよ」


「そんなことないよ、ほとんど初めてみたいなもん」


「ほんと瀬川くんはなんでもできちゃうんだね」


 日野さんは笑いながらそう言って、それからぬいぐるみを少し持ち上げてみせた。


「これ、大事にするね」


「だったら嬉しいかな」


「ふふっ」と短く笑って、それから日野さんはこちらを真っ直ぐに見つめる。


「じゃあ、ここで!ありがとう!楽しかった!」


「僕も楽しかったよ。こちらこそありがとう」


「ふふっ、それなら良かった。また明日ね!」


 日野さんが歩き出した。家の方向へと向かう後ろ姿を、なんとなく目で追った。


 少し歩いたところで、日野さんが振り返った。こちらに向かって、大きく手を振る。両手で、ぬいぐるみを持ったまま。


 それに片腕を上げて返すと、日野さんはまた前を向いて、歩いていった。その姿が角を曲がって見えなくなるまで、僕はその場で彼女を見送る。


 歩き出してから、今日のことをぼんやりと思い返す。


 四人でボウリングをして、カフェでくだらない話をして、ゲームセンターで騒いで。いつもは暖大と二人で出かけることがほとんどだったから、こういう時間は本当に久しぶりだった。


 楽しかった、と素直に思う。


 一日の終わりを感じさせるバイト帰りの遅い夜道を歩くのは好きだった。


 でも今日みたいな、こういう気持ちで歩く帰り道というのも、悪くないな、と思いを馳せながら家に向かって歩いた。

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