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第七話 茶の香(其の一)


あの夏の会談から、数か月。

季節は初冬へと移っていた。


その頃――狐白と蕨に、人間界への調査任務が下った。


「俺は町で肉を食う! ひよことか、うずら!」

羹太郎はベッドで飛び跳ねる。


「ぼく、ぼくは……これ!」

蜜は山で拾った、ご当地ラーメン巡り雑誌を広げ、興奮していた。


「二人とも興奮し過ぎ。遊びじゃないんだからね!」

モナカは、キャスケットキャップを頭に乗せ、リュックを背負うと立ち上がった。


「……モナカ、その手に持っているものは何だ?」

「嫌だなぁ狐白さん。これは旅のしおりと言いますか資料ですよ」


「ほぉ―……」


狐白がモナカの手から雑誌を取り、折り目のついたページを開く。


「爆モテコーデ特集……」


モナカが帽子を深くかぶり顔を隠す。


(コイツが蕨の影響を受けないことを願う)


「問題を起こしたら即!帰らせるからな」


狐白は、雑誌をモナカに返すと部屋を見渡した。


「それにしても……お前たち少し片づけたらどうなんだ」

「僕は片付けてますよ。この二人がすぐに散らかすんです!

蜜はベッドでお菓子食べるし、羹太郎は脱いだら脱ぎっぱなし、出したら出しっぱなし!」


モナカがつま先立って狐白に詰め寄り訴える。


「準備できた?」

狐白の肩越しに、蕨がひょいと顔をのぞかせた。


「あ、蕨さんだ」

「蕨さんも行くんですか?」

モナカと羹太郎が駆け寄る。


「うん。流行病はやりやまいなら医者の領域だからね」

「蕨さんって、強いのに医者ってヤバい。カッコいい!」

羹太郎が目を輝かせる。


「それ、持っていくのか?」

狐白が足元でモジモジしている蜜を見た。


「はい……」


蜜が握るラーメン雑誌は、角がめくれ、すっかりくたびれていた。


「ボロボロじゃないか」

「山で拾ったから……」

「……新しいのを買ってやるから、それは置いていけ」


蜜の目がぱっと輝いた。


「……よし出るぞ。いいか、絶対に問題を起こすな。迷子にもなるな」


はーい。


和菓子トリオの無邪気な声が廊下に響いた。


一行は本殿前に整列。


狐白の呼吸に合わせ、柏手(かしわで)が重なった。


(けが)れの地に踏み入ること。無事に戻ること。


結界の外へ出る旨を――神へ告げる。


やがて狐白が顔を上げる。

朱の回廊を抜け、一行は結界の外へと足を踏み出した。


「そういえば、俺たちもチビ達くらいの頃に、ヨモギさんとおはぎさんに連れられて外に出たな」

蕨は、はしゃぐ和菓子トリオを見て、ふっと昔を思い出していた。


「ヤマタノオロチのとき?」

「そうそう。こっそりオロチの酒飲んで怒られたよな」

蕨と狐白が子供の頃の話をしているのを、和菓子トリオが興味津々に聞いている。


「なんだ?おチビたち。耳が立ってるぞ」

蕨が笑う。


「出仕の頃にヤマタノオロチを封印したんですか?」

羹太郎の尻尾が千切れんばかりに揺れる。


「結局、狐白()()が封印したんだよ。酔っ払って霊力大暴走。辺り一帯、焼野原ってヤツよ」


すっげぇ~


狐白は、和菓子トリオの憧れの眼差しを軽く払った。


「俺はな、お前に騙されたの!」

「一気にいったもんな」

「戦って体力が限界のヤツに酒渡すか?フツー」

「匂いで気付くと思ったんだよ。あの後、ヨモギさんに腹パンで全部吐かされたよな。ウケる」


蕨が狐白の肩に寄りかかり、大笑いする。


「ウケねぇよ!腹ん中のもん全部出るかと思ったわ。つか、……大体の事件のきっかけはお前なんだよ!」


(狐白さんにも、そんな時があったんだ)


モナカが珍しそうに見上げた。


笑い声を背に、第一鳥居を抜けた。


「……なんか空気が重い」

モナカが顔をしかめた。


「結界の外は穢れに満ちてるからね。分かりやすく言うと、人間の欲まみれってこと」

蕨がそう言いながら、モナカの頭を撫でる。


(あれ?体が楽になった)


モナカが不思議に思うその頭上で、狐白は蕨をじっと見た。


「わっ、みんな待って……!」

蜜が人混みに押し流され、列から遅れ始める。


「ほら」

手を引かれ、はっとして顔を上げると――


「抱っこしてやろうか?」

蕨が蜜の顔を覗き込む。


「蕨、甘やかすな」

狐白の声が、蜜の人見知りをさらに強める。


蜜は首を振り、狐白の後ろに一瞬身を寄せると、そのままモナカと羹太郎の元へ駆けて行った。


「お前、蜜にあたり強くない?」

蕨は、蜜の背を見ながら狐白に尋ねる。


「何が?」

「蜜はモナカや羹太郎より二つ下なんだ。もう少し丁寧に接してやれよ。それともガキの頃の自分と似てるから気になっちゃうのかな?」


「違う。生まれが遅いとか、体が小さいとか……そんな理由を()は考慮してはくれない」


「甘やかせば、本人が苦労するってか。分かるけどさ、厳しさと優しさの使い分けをだな――」


そのとき――聞き覚えのある声に足が止まった。


「実力申し分なし。と、みなされたから下界に遣わされたのでしょうしな」


視線を向けた先に――


(普通に後ろを取られた……)

(マジか……気配すらなかった)


(第七話・茶の香 其の一・幕)


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