第八話 茶の香(其の二)
「あっ、鷹丸じゃん!」
「どこか行くの?」
「司さんと二人で来たのぉ?」
蕨と狐白の動揺などお構いなしに、無邪気な三人が鷹丸へ駆け寄る。
「次期宮司としての公務というやつだ。今回の件の視察をしておる」
鷹丸は胸を張り、誇らしげだ。
「へー……」
三人は鷹丸を下ろし片膝をついて側で控える司に、そっと視線を向けた。
(コイツ、司さんにねだったな)
「狐白殿、黒蜜殿。すまぬが、行動を共にさせてはもらえんだろうか?」
司が会釈をして申し出た。
「蕨がよければ。俺は問題ない」
「それなら――今後、かしこまった場でなければ敬語も敬称もなしでどうだ?
歳の頃も同じだしな」
「よろしく頼む」
蕨の提案に、狐白と司は顔を見合わせて頷いた。
「……さっそくだが、移動しないか?何だか人目を集めているように思うのだが……」
司が辺りを見回す。
「男前のこの俺が子連れで歩いてりゃ、嫌でも目立つわな」
蕨が髪をかきあげ、女の子達に手を振ると、柔らかな衝撃が空気をひと撫でした。
『羹太郎、あやつが狐白という、恐ろしき仕置人か?』
『仕置人じゃなくて、教育担当な』
『蕨殿は優しそうじゃぞ。そっちに代えてもらってはどうなのだ?』
『俺もそうしたいけど、選べねぇからな……』
羹太郎と鷹丸の話が耳に入った狐白は、不敵な笑みを浮かべた。
「蕨、羹太郎はお前に教えを乞いたいそうだ」
「そうなの?医療班志望?」
「えへへ――」
羹太郎が蕨に頭を撫でられ尻尾を揺らす。
狐白はそんな羹太郎の後ろ襟をつかみ、持ち上げると――
「蕨はな、死なないギリギリのラインを熟知している。
俺はコイツの修練を受けて、自分の足で宿舎まで帰っている者を見たことがない」
狐白は羹太郎の目を真っすぐに見据えた。
「その覚悟がある、という理解でいいんだな?」
羹太郎の全身の毛が逆だった。
「狐白、それはちょっと盛り過ぎじゃないの?」
「大分控えめに言っている。お前が部長になって、何人が潰れた?
勧誘してくるこっちの立場も考えて欲しいものだ」
和菓子トリオが縮みあがる中、鷹丸が焼鳥屋の屋台を見つけて飛びついた。
「焼き物より刺身が好きだが、これもうまそうじゃ。司、あれを!」
「共食いかよ!」
モナカと羹太郎が同時にツッコむ。
「ねぇ!あれ。「祭り」って書いてるよぉ。人間がたくさん集まるんじゃない?」
蜜が、数軒先に貼られているポスターを指さす。
(お火焚き祭か……)
「狐白、一理ある。行こう」
「確かに。人が大勢集まるところには情報も多い」
「蕨、司まで……」
(司はともかく……こいつらは祭りに行きたいだけでは?)
「まぁいいが……お前たち、絶対にはぐれるなよ!」
狐白は、大喜びの和菓子トリオと鷹丸に念を押した。
提灯の光、屋台の香ばしい匂い、お面に射的――
羹太郎はたこ焼きを、蜜は綿菓子を買ってもらい、近くのベンチで頬をゆるませている。
少し離れた場所で甘酒を飲んでいるモナカが、本殿の方に目を向けた。
「あの子、あんなに真剣に何を祈ってるんだろう……」
ふらふらと近づいていくモナカ。
その背をじっと見ている狐白。
(一応、聞いてみるか)
狐白は神力を使い、この神社の眷属を通して祈りに触れた。
「おばあさまの病が治りますように」
(よくある願いか。今回のこととは無関係だろう)
狐白は、星空を見上げ、ふーっとため息をひとつ。
連日の疲労と、掴めない手がかりへの苛立ちが、夜空に溶けていった。
「あの……」
少女が狐白の前に駆けてきた。
「あの……うちに来てもらえませんか?」
狐白は突然の申し出に目を細め、モナカを見た。
『どういうことだ』
狐白はしゃがみ込み、モナカと目線を合わせる。
『狐白さんと蕨さんが、流行病を調べているって言ったんですけど、流行病を調べに来た研究者だと捉えたみたいです』
『まぁ……大筋は当たっているが』
『この近くの集落の子のようです。祖母殿が、十日ほど前から激しい咳と発熱で入院していると言っていました』
「その話、詳しく聞いてもいいかな?」
遠くで聞き耳を立てていた蕨が、女の子の前に立った。
「はい……」
女の子の目に涙がうっすらと浮かぶ一方で、蕨は別の何かを捉えかけていた。
「病名は分かってる?」
首を振る女の子。
「薬の処方は?」
「咳止めと、頓服って言っていました」
「……医師はどんな格好で、おばあちゃんの診察をしている?」
「ビニールの帽子に手袋、ゴーグル……感染力が強いから迂闊に近づけないって聞こえました」
「なるほど。……狐白、当たりだ。行こう」
蕨の医療人としての経験が、異変の糸口を掴んだ。
(第八話 茶の香 其の二・幕)




