第四話 心を結ぶ琥珀糖
蝋燭の火が揺れ、闇をぼんやりと照らす。
「小狐丸よ、この間の三人の身元が分かったぞ」
鷹丸が膝前に写真を並べる。
「さすがは鷹丸様……」
小狐丸が不敵な笑みで鷹丸を見る。
「我ら鷹一族にかかればこの程度の調べ、朝飯前よ」
「恐れ入りました」
くっくっくっ……。
ガラッ――
襖を開けたのは、背筋のすっと伸びた青年だった。
整えられた黒髪と、涼やかな目元。年齢に似合わぬ落ち着きを纏っている。
「鷹丸様、お昼寝の時間でございます」
「これ司、勝手に開けるでない!」
「しかし、お昼寝をせねば大きくはなれません」
司は蝋燭を吹き消し、体を反転させると、小さく頭を下げ布団を示す。
「……大きくなれぬのは困るな」
渋々押入れを出た鷹丸は、司に抱きかかえられて布団へと運ばれていった。
「小狐丸、源六殿がお帰りになるとのことだ」
廊下の向こうから、杖の音がゆっくりと近づいてきた。
白髪を後ろで束ねた小柄な老人が、背を丸めながらも静かな眼差しで立っている。
「祖父殿!」
小狐丸はぴょんと跳ねて飛びつく。
二人は手を繋ぎ、長い廊下を玄関へ向かって歩き出した。
「なかなか玄関に着きませんね、祖父殿」
「そうだな。いつ来ても広い屋敷だべな」
ちょうどその頃、熊鷹社玄関では――
「稲成大社宮司様のご使者がお見えでございます」
玄関が開いた先に、和菓子トリオを連れたヨモギが立っていた。
この日は、狐白が出張中で監督役がいない。
三人を放っておけば何をしでかすか分からない――そう悟ったおはぎが、荷物と一緒に三人を託したのだ。
「門番がいるんだね」
モナカがきょろきょろと見回す。
「大社は結界課が常に警戒網を張っているからな」
羹太郎はそう言って、頭の後ろで手を組み歩く。
「衛士さんが門番の位置づけだけど、大社は広いから門全部に置いたら、衛士どころか出仕も全員いなくなっちゃうよぉ」
ヨモギが静かにさせようとした、その時――
「とうっ!」
小狐丸が羹太郎へ切りかかった。
「テメェ、いきなり何をする!」
羹太郎は真剣白刃取りで交わすと首根っこを掴み、ブンブン振り回す。
「あっ、この間のチビ狐!」
「一番弱そうなお前に言われたくないわ、チビ白狐!」
ピキッ――
「コイツ、皮を剥いでマフラーにしよう」
蜜が、落ちていた刀を拾い上げる。
「待て待て待て!」
小狐丸が必死に命乞いをしていると――
「小狐丸を離せい!」
鷹丸が飛び込むが、何なく避けられて顔から地面に落ちた。
びぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――ん!!
大泣きして司の元へ走る鷹丸。
小狐丸も源六の元へ駆け戻った。
「お前たち、知り合いなのか?」
困惑するしかないヨモギ。
「知り合いというか……」
モナカが事情を説明した後、一同は広い別室に移動。
カステラを食べながら、大人の話が終わるのを待った。
「へー、小狐丸の家って、刀鍛冶なんだ」
「んだ。初代小狐丸が、神様から霊力を授かり、神具を作る家系となっただ」
羹太郎と小狐丸はすっかり打ち解けていた。
「じゃぁ、今はお前が当主ってことか?」
「今は先々代だった祖父殿が再び当主を勤めてくれている……父と母が、一昨年の地滑りで死んだのでな」
一瞬、場の空気が静まった。
「司さんは、お世話役なんですか?」
モナカが部屋の隅に控える司を見上げる。
「私は宮司様 御側御用人兼、鷹丸様のお世話係を仰せつかっておる」
「へぇ、鷹丸ってちゃんと若宮様なんだね」
「そうじゃぞ!次期宮司として、日々様々な修行をしておる!」
鷹丸がモナカの前でフォークを高らかに上げた。
「ご立派でございます」
司が手を叩いて褒める。
「司さん、甘やかしたらダメですよぉ。狐白さんはいつも「甘えていて強くなれると思うなよ!」って言います」
蜜が金塊サイズのカステラにかぶりつきながら言う。
「その狐白とやらは、そなたらの世話係か?随分厳しいのぉ……司はいつも私の味方だ」
――鷹丸の言葉に、胸の奥がチクリと痛んだ。
「狐白殿は、昔から感情を表に出されぬお方だ。その方がそこまで言うのだ。そなたに期待しているのだろう」
司が心境を察して言葉を添えるも、蜜の瞳は静かに伏せられたままだった。
厳しさの裏にあるものを、まだ掴めていない――そう思うと、胸の奥が少し苦しくなった。
「私もかつては、師を厳しいだけの方だと思っていた。だが初陣で、それが優しさだったのだと分かった」
「優しさ……?」
蜜の顔が、ほんの少しだけ綻ぶ。
「ほらね、僕たちが言ってる通りでしょ」
その表情を、モナカと羹太郎は見逃さなかった。
「司は、その狐白とやらを知っておるのか?」
「はい。幼い頃、武術大会などで何度か手合わせを」
和菓子トリオの手が止まった。
「どっちが、勝ったの?!」
――――――
「待たれよ」
司が蜜を呼び止めた。
「狐白殿に、これを」
司は、青い風呂敷に包んだ小箱と、丁寧に折られた手紙を渡した。
「……はい」
ヨモギと和菓子トリオは熊鷹社の鳥居の結界を抜け、帰路へついた。
「中、何だろうな?」
羹太郎が興味津々に覗き込む。
「甘い匂いがする」
モナカが包みをくんくんと嗅ぐ。
その夜。
風呂上がりの狐白が部屋へ戻った。
「狐白、なんか荷物が届いていたぞ」
蕨が窓辺の椅子に座りアイスを食べていた。
「荷物?」
「あぁ、部屋の前に置いてあった」
団扇で座卓を指した。
狐白は風呂敷の家紋を見た。
(鷹羽紋……鷹一族か。なぜ部屋の前に?)
添えられた手紙を開く。
「誰からだ?」
「鷹の若宮様の側近、覚えてるか?」
「昔、剣術大会でお前が体力負けした相手の?」
蕨がニヤニヤ笑う。
「……子供の頃の話だ」
「あの後、ヨモギさんにすっげー怒鳴られて、何でか俺まで走って帰らされたんだよなー」
「その後の弓の大会では勝ってる」
「将棋では負けてたぞ?」
「今、いいんだよ。そこは!」
狐白は軽く眉をひそめ、手紙に視線を向ける。
「で、それがなんでお前に贈り物?」
狐白は少し口元を緩ませると、一つつまんだ。
「食うか?」
「琥珀糖? 俺アイス食ったばっかだからいいや……」
和菓子トリオの部屋。
蜜は布団を頭までかぶって丸くなっている。
「モナカ、アイツ何で不貞腐れてんだ?」
蜜の下のベッドで羹太郎がゲームをしながら、
モナカに声をかけた。
「狐白さんが部屋に居なかったんだって」
木箱に並んだ琥珀糖の淡い光が、
不器用な白い二人の心を優しく結び、夜は更けていった。
(第四話・幕)




