第参話 桃の代償
「なぁ、掃除終わったら音羽川で遊ぼうぜ」
羹太郎が、松葉箒を肩に担ぎ、モナカと蜜に寄った。
「いいねぇ、行こう!」
「えー僕、濡れるのヤダ……山で遊ぼうよ」
蜜は耳を立てたが、モナカは伏せた。
「先週も山だったじゃん」
「魚取って焼こうよぉ」
「……分かったよ」
羹太郎と蜜が、モナカを説得する。
―音羽川―
「羹太郎、そっち行ったぁ!」
「任せろ!」
蜜が術で石を動かし、川の流れを一部せき止める。
反対側から羹太郎が尻尾で水面を叩く。
追い込まれた魚が、次々と罠の中へと入る。
「よし、モナカ蓋だ!」
川岸にいるモナカが、羹太郎の合図で罠の蓋を下した。
「おぉ~、いっぱい入ってる」
覗き込むモナカの横に、羹太郎と蜜が割り込んだ。
「やったな!」
「見せてぇ」
川辺で火を起こし、焼きはじめた、そのとき――茂みをかき分け、金色の毛並みの小さな狐が飛び出した。
一回転し、川岸の岩に着地。
刀を抜くと声高らかに見栄を切った。
「オラの名は小狐丸!大人しくその魚を置いて――がぼがぼがぼっ!」
羹太郎が、言い終わるのを待たずに水鉄砲を口の中めがけて発射。
「一丁前に盗賊の真似事なんかしやがって、野良狐が……眷属様を舐めんじゃねぇよ」
滑り落ちた小狐丸の頭を踏みつけ、川底に押し付ける。
「羹太郎、そのくらいにしてやりなよ」
モナカは、泣きじゃくる小狐丸を引き上げた。
「大丈夫? ごめん――」
小狐丸の蹴りがモナカの顎に入った。
「モナカ落ち着け!」
川底に再び押し付け、上から岩を乗せようとするモナカを羹太郎が止める。
そこへ、空を切り裂く影が舞い降りる。
スタッ!
大きな翼、きらめく羽を持つ少年が、川の中州の岩に着地した。
「我は熊鷹社が誇る……えーっと、、、天空の守護者にして、次期宮司――我が名は鷹ま――」
「まーた変なのが来やがった」
羹太郎は無言で突き飛ばし、やっぱり川底へ押し付けた。
「ぶはぁっ! 何をするか貴様、殺す気か?!」
水から引き上げられた鳥少年。顔中の穴から水を垂らしていた。
三人の耳と尻尾が、ぴん、と立つ。
鳥だ……何だろうこの気持ち……
うずうず―
「ぼく、とびかかりたい気持ちぃ」
「俺も……」
「僕も……」
うずうず―
三人の体勢が、ゆっくりと低くなり目がキマっていく。
「鬼畜か! おのれら!」
小狐丸が刀を振り回す。
「おい、あれ何だ?」
羹太郎が上流を見た。
どんぶらこ。どんぶらこ。
「……大きな桃、だね」
どんぶらこ。どんぶらこ。
「割ると中から……」
モナカと蜜が顔を見合わせた。
「割ると中から、桃太郎ぉぉぉ!」
全員の目が輝き、一斉に飛びかかる。
小狐丸は刀で斬りつけ、鷹丸は甲高く鳴きながら投石。
モナカは棒で叩き、羹太郎は蹴り込む。
はぁ、はぁ、はぁ……ぜんっぜん割れない。
皆、膝に手を突き、肩で息をする。
「こうなったら、ぼくがやる!みんな離れてぇ!」
蜜が印を結ぶと、五芒星が足元に広がる。
パチッ パチッ――
空気が震え、裂けるように黄色の火花が弾けた。
「グッバイ!桃太郎」
ゴンッ―
蜜の後頭部に手刀が落ちた。
「どこに、桃太郎がいる」
聞き覚えのある声。振り向くと……
「え? なんで狐白さん?」
蜜が頭をさする。
狐白は、無言で指をさし、目頭を押さえた。
「くぉらぁぁぁ! 和菓子トリオぉぉぉ!」
鬼の形相で駆けてくるヨモギとおはぎ。
「それ、祭用の特注品なんだぞ! 儀式で使うんだよ!」
ヨモギは手をかざし、五芒星を桃の下に展開させると、何なくそれを持ち上げた。
(あぁ、先に陸に引き上げればよかったのか……)
和菓子トリオは顔を見合わせる。
(こいつら、聞いてないな……)
はぁ……
狐白は深くため息をつき目頭を押さえた。
「陸路だと傷つきやすいから川で運んでたのに!」
おはぎが膝から崩れ、がっくり肩を落とす。
「御祭り用だったのか……?」
「どうりでデカいと思った」
「ぼく……しー、らない」
三人はそっと歩き出した。
「どこへ行く」
狐白が立ちはだかる。
「これは、あの盗賊の二人がぁ……」
……あれ?
「どーこに、盗賊がいるんだ?」
狐白の気迫に、森の鳥が一斉に飛び立った。
その日の夕暮れ。
社務所奥の庭園。中央にある立派な桃の木に、三人は、また吊るされていた。
首からは、
「僕たちは祭用の桃を本物だと思って割ろうとしました」
と書かれた段ボールがかけられている。
勤務を終えた庭師達が、三人の顔を眺めて笑う。
「君たち、木に吊るされるの好きだねぇ。木が痛むから、森の適当な木にしてもらいたいんだけどな」
「しゅみまへん……」
熟れた桃のように腫れた横顔を、大きな夕陽が照らした。
「……鷹丸と小狐丸ってヤツらは?」
「知らない」
「俺、一番多く殴られた気がする……」
「ぼく、しばらく川遊びしない……」
「川に行きたくないって、譲らなければよかった……」
同じ頃―
総務部 庶務課内。
狐白のデスクに、そろばんを腰に下げた、
財務部 会計課 金田丸 餅平が、乗り込んできた。
「一峰 狐白 祭儀部 結界課 課長殿!」
狐白はキーボードを打つ手を止め、腕を組んで椅子の背に身を預けた。
「勘定方が何用だ。金田丸 餅平殿」
少しの睨み合いの後――
餅平が懐に手を入れ、左手でそろばんを構える!
それを狐白が出させないように防ぐ!
ギリギリギリギリギリギリギリギリ――
「桃の代金の請求書をお持ちしました!」
「バカ言うな。アレは総務部からの注文だろうが」
狐白は、餅平の両腕を掴んだまま戸へと押し出す。
「窓口はそうですが、祭りで使うのですから、祭儀部へ請求いたします」
体格のいい餅平は、なんのそのと狐白を押し戻す。
「どんな理屈だよ……金勘定は出来ても、そのへん苦手か?」
踏ん張る狐白。
ぐぎぎぎぎぎぎ――
「追加注文の分と合わせて――」
狐白の手ごと、そろばんへ指が伸びていく。
珠に滲む血の跡が、会計一筋の気合を感じさせる。
「追加分?!」
「こちらが請求書になりまーす!!」
バチィーーーン!
狐白の額に、達筆な字で書かれた請求書が貼り付けられると、衝撃で体が椅子へと沈んだ。
「祭儀部に、そんな財政余裕はねぇんだよ……」
舌打ちをしながら額に貼りついたものを見る。
「うおぉ、高っか!」
請求書を二度見する狐白をよそに、餅平はのしのしと出て行った。
「おい、ちょっと待――なんて日だ……」
和菓子トリオと狐白の呟きが夕日へ溶けた。
――――――
漆黒が山の中腹へ闇を落とす。
その静寂を裂くように、ガチャン、と金属音が鳴った。
「これが今話題の絶対落ちないっていう、ゆらゆら岩か」
「これ固定したらバズりそうじゃね?」
「俺、その前にちょっとやってみたい」
夜の山に、乾いた笑い声が広がった。
その夜、御咳社のある朝顔神社の山中に、鈍い金属音が幾度も響いた。
(第参話・幕)




