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第弐話 鬼やらい

神社の朝は早い。


まだ陽が昇りきらぬうちから、広い食堂では百八の眷属たちが朝食をとっていた。


一斉に柏手を打つ音が、静かな空気に澄んで響く。


「昨日の猪の話、聞いたか? 東山の方にある善仁寺ぜんにんじって寺の猪だったらしいよ」


斜め前の席で、先輩眷属(けんぞく)達が噂話に花を咲かせている。


こちらも被害を被ったとはいえ、何となく居心地が悪い。


「へぇ、寺の猪だったんだ」


羹太郎は、まるで他人事ひとごとのように言うと、味噌汁を一口飲み込む。口の中の傷に染みて痛いのだろう、一瞬顔を歪めた。


『羹太郎が蹴って怒らせたのが原因ってこと、狐白さんに言ったの?』


窓際、六人掛けのテーブルに座るモナカ、羹太郎、蜜は顔を寄せ声を抑え込んだ。


『最初は、しらばっくれてたんだけど、山の防犯カメラ画像見せられて観念しましたー』


三人とも茶碗と箸を持ったまま、その場に顔を伏せ、肩を震わせながら笑い声を消した。


『でもさ、俺は罠から助けてやろうと思って扉を壊してあげてるのに、ガブッ!だよ?!』


噛まれた二の腕を指して主張している、左手の包帯と絆創膏が痛々しい。


「その後アイツどうなったんだろぉね?」


三人の中で、一番体の小さな蜜は、椅子に膝立ちをしなければ卓に届かない。


そのことを気にする様子もなく、立ち上がり汁椀をご飯茶碗へひっくり返した。


「寺の眷属たちが来て連れて帰ったらしいよ」


「あの猪、眷属だったのぉ?」


蜜の箸が止まる。


「いや、あれはただの猪らしい」


羹太郎は、どうにも納得がいかないらしく、頬杖ほおづえをつきながら窓の外を見た。


「どうして眷属でもない猪が寺にいるんだろ?」


モナカがわずかに驚いた。


放置社ほうちやしろで、力なくしたとかぁ?」

「取り残されて()かれたパターンね。あり得る」

羹太郎が蜜の言葉に視線を戻した。声が少し尖っている。


眷属は、総本宮(山)からの、御御霊おみたまを分けられた夫婦で、各神社や寺に派遣される。人間の信仰心に伴って子が増えるのだが、それが薄れ社が放置されると、親である眷属は総本宮(山)に帰ってしまう。しかし、現地で生まれた子供眷属たちはそこから出ることはできないので、取り残されてしまうのだ。子供で未熟な眷属は、穢れに取りつかれやすく悪の手先として使われてしまう。


「どっちでもいいけど、アイツのせいで俺が狐白さんに怒られたのは事実!」


再び、不機嫌な顔を作った羹太郎の膳の卵焼きに、蜜の箸が突き刺さった。


「羹太郎が狐白さんの背中にぶちまけた、たこ焼き……何でか、ぼくが洗わされたんだけどぉ?」


「アレは……マジでごめんだったわ」

申し訳なさそうに箸を置く羹太郎をよそに、モナカは急須を手に取り、黙って茶を三杯入れた。


―本殿内部―


まもなく祈祷きとうが始まる。


三人は正装し、神饌所しんせんじょで準備した酒や米、野菜を祭壇へ並べ準備をしていた。


「蜜、今日の本殿担当って狐白さんだよな?」

「うん……」

「狐白さんって、少し早く入る?」

「……二人とも何でぼくに聞くのぉ?」

モナカと羹太郎が顔を見合わせる。


「だって、狐白さんは蜜の師匠だろ?」

羹太郎の言葉に、蜜は返す言葉を失った。うつむく顔にわずかばかりの動揺が浮かぶ。


「個別に修練に連れていくってことは、そういうことなんじゃないの?」

蜜は、三人での修練の後や仕事の合間に、よく狐白に呼ばれる。

龍神と師弟関係にあるモナカもまた、合間をみて修練に出かける。狐白が言葉にしていないだけで、この二人は師弟関係にあると誰もが感じていた。


「別に……師匠って訳じゃ……ぼくが一番弱いからだと思う」

「いや、別に弱いとかじゃないだろ」

モナカと羹太郎の手が止まる。


「羹太郎みたいな攻撃力はないし、モナカみたいに高い精度の探知だってできない……」

「蜜は狐白さんと同じタイプの術式なんだからじゃねぇの?」

「そうだよ、だれでも結界師になれるわけじゃないんだから」

「……そうかなぁ? ぼくにだけ厳しいし、嫌われてんだと思う……」

瓶子へいしを持つ蜜の手に少し力がこもった。


「いいよな、お前ら師匠いて。俺だれからも声かかって……」


モナカが手を突き出し、羹太郎の言葉を遮った。


「どうした?」


『しっ――何かいる』


モナカが印を結ぶ。

五芒星が水に溶けるように拝殿内を滑り、広がっていく。水鏡の深くを水龍が泳ぎ、水紋を描きながら穢れの気配を追う。


(すげっ……水の上に立ってるみたいだ)


(龍神様とどんな修行してんだろぉ?)


『居た。祭壇下、階段の影』


モナカが小さな小鬼の姿を捉えた。拝殿内で派手な術はつかえない。


三人はそっと位置を変え、目線を合わせる。呼吸を揃えると―一斉に飛び出した。


小鬼は三人の間をすり抜け、拝殿の柱を蹴って軽やかに天井のはりへのぼった。盗んだ酒瓶を垂直に口に突き立て、ご機嫌に舌を出しあおってくる。


ムカッ――


ふっ、ふっふっふっふっふっ。


拝殿の中に三人の不敵な笑いが響く。


「上等じゃねぇか……」


羹太郎が投げた大根が、尻を振っている小鬼の頬をかすめ、後ろの梁に突き刺さった。


モナカと蜜は、静かにゴーグルを装着すると、陣から出した、どデカい豆鉄砲ガトリング銃を出し、構えた。


薬室(やくしつ)よーし。弾倉(だんそう)よーし。弾込(たまこめ)めよーし」


蜜が、(ます)から豆を投入――発射!!


おらおらおらおらおらーーっ!!


拝殿内に、乾いた音が乱れ飛ぶ。


「いいぞ。モナカ、蜜。援護は任せろ!」


羹太郎は神前(しんぜん)に上がっていた干瓢(かんぴょう)を、鞭のように操り小鬼の行く手を阻む。


「ちょろちょろ逃げ回りやがってぇ!」


蜜が後ろにあった瓶子へいしを投げると、鈍い音に少し遅れて、小鬼が天井からポロリと落ちてきた。

「モナカ、蜜、囲むぞ!」


羹太郎の言葉を合図に、三人は小鬼の元へ駆け寄りこれでもかというくらい殴る蹴る。


「この! このぉ!」

「よくも御神酒(おみき)を盗みやがったな」

「拝殿をこんなに荒らして!」


小鬼が睨んで何かを訴えてくる。


「キーキー!(拝殿を荒らしたのはお前らだろ!)」


「なに言ってるか分かんねーんだよ!」

「生意気なこと言ってるのは間違いないよねぇ」

「これで簀巻()きにしよう」

モナカが大判の海苔と昆布で手際よく巻いた。


「次の休みにコイツを餌に釣りでもしようぜ」

「鍋もいいねぇ、いい出汁がでそうだよぉ」

羹太郎がデコピンを繰り返しているその指に、小鬼が噛みついた。


「痛てぇな!」

鯛のビンタをくらい小鬼はのびた。


「祓い完了!」

「初任務みたいだったね」

「なんか、ぼくたちかっこいぃー」

ハイタッチからのガッツポーズで浮かれていた――その時。


「静まれ……」


背後から、凛とした声が落ちた。


我に返った三人が、恐る恐る振り返ると、そこには装束を身にまとった狐白が立っていた。

背後から差し込む光が横顔を照らし、凄みが増している。(しゃく)を持つ手が、怒りで僅かに震えていた。


(ヤバい……かなり怒っていらっしゃる)


「こ、狐白さん、これはその……」


狐白の視線の先―


酒はこぼれ、野菜や鯛などの供物が床に散乱。豆鉄砲の弾が拝殿一面に散らばっていた。狐白は転がってきた酒瓶を足で止めると、静かにため息を一つ。干瓢を、おもむろに拾い上げた。


祭儀部さいぎぶ 警備結界班―


祭儀部は総務部 庶務課の一角を間借りしている。狐白がまだ若い為、ヨモギが監視しやすくする為だ。


その庶務課へと続く廊下に足音が響く。


ダンダンダンダンダンダンダンダン、ダン!


麹丸こうじまる!!」


警備結界班 班長 甘酒あまざけ 麹丸こうじまるが声を裏返らせ立ち上がった。


「は、はい……」


麹丸の動揺に合わせ、湯呑みや電球が、次々と割れていく。


「コレはどういうことだ?」


狐白は、入室するや否や、椅子に座っていた麹丸の胸ぐらを掴み、壁に押しつけた。


そのまま手に握りしめていた小鬼を、ぐいぐいと顔に食い込ませる。


「へ……?!あ、あの……ち、近い……」


「昨日の猪に続いて、今日はこの雑魚……」


麹丸は小鬼を視界に捉えると、目をひん剥く。


「コレが……大社内に?」


「本殿内にいたのをウチのガキども(モナ、羹、蜜)が捕えた」


ミシっ……


小鬼を握る狐白の手に力が入る。


「キーキー!(潰れる、俺潰れちゃいますよー!)」


「うるせぇな。このまま握りつぶしてもいいんだぞ」


キ……


狐白の殺気に満ちた視線が小鬼に落ちた。


「す、すみませんでした……」


麹丸の消えそうなくらい薄い声に、狐白が被せていう。


「何でこうも簡単に入られているのかと聞いている」


「すすす、すぐに侵入経路を調べて、報告を……」


狐白の表情が再び怒りに満ちる。


「ほぅ……、では聞くが、昨日の件はどうなっている?そっちの報告も、まだ聞いてないんだがな?」


麹丸の足が、床からゆっくりと離れた。


「舐めてんのかテメェ。おいコラァ」


「狐白、その辺にしなさい」


庶務課 課長 穂村 おはぎが、止めに入った。


「甘酒くんも、まだ就任したばかりなんだから」


おはぎは、狐白の肩にポンッと手を置く。


「これは、祭儀部の問題です。大社警備がこれでは……っ」


微笑みを浮かべたまま、おはぎが狐白の顔をのぞき込む。


「ね?」


「……はい」


狐白の手が緩み、麹丸がずり落ちた。


狐白は、結界で作った檻に小鬼を閉じ込めると、麹丸に向かって乱暴に放った。


「コイツはお前が祓っておけ!」


そして―こぶしで、壁ドン。


「警備班の訓練を早朝と夜に増やす……全員だ。いいな」


「はい……」


(ちょっとちびっちゃった)


狐白のあまりの気迫に、麹丸はしばらく立てないでいた。


一連の騒ぎが落ち着いた頃、席を外していたヨモギが戻った。


「狐白、お前んとこのガキども、また何かしたのか?拝殿で伸びてるそうだぞ」


狐白は、自分の机の前に立ち、チョコレートを口に入れると、冷めたコーヒーで流し込んだ。


「バカすぎるので、柱にくくりつけて豆鉄砲で撃っときました」


「ふーん……」


淡白に出ていく狐白を見送ったヨモギは、自分の机を見て、ギョッとした。


「……おはぎ。何で俺の机びしょびしょ?湯呑みも粉々だし」


おはぎは頬杖をつき、ため息まじりに答える。


「結界師が取り乱すと、何かが壊れる――何とかしないとだね」


(第弐話・幕)


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