表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/25

欠けた北斗七星


「さあ!みんな!大丈夫かい?」

 亜人兵の小隊を屠ったダリアさんは、訓練場に残っていた俺たち二等兵を一か所に集めた。

 集まったのは俺、レイン、ルーク、セリナ、イナミス、ノエルの六人。……それ以外は、もういない。


「ひーふーみー……生き残ったのは六人か……すまないね。助けるのが遅れてしまった」

 ダリアさんは落とした銀貨を数えるような手軽さで人数を確認し、小さく息を吐いた。

「ナオヤ君とそこの女の子には言ったけど、改めて自己紹介しよう。僕は魔導幹部七星の一人、戦闘専門のダリア・グロキシニア」

 

「ダリア……って皇帝陛下の息子さんじゃないか!」

 イナミスの顔から一気に血の気が引いた。弾かれたように一歩下がると、鉄板を打つような音を立てて踵を強く鳴らし直立する。

「失礼しました!自分は候補生のイナミス・ヴァレンタイン二等兵であります!」


 敬礼とともに声を張る。それに続き、ルークたちも順に名乗った。……最後は俺だ。

「自分は候補生の青嶋ナオヤ二等兵であります!」

 名乗った瞬間、ダリアさんの視線が俺に止まった顕微鏡で標本を覗き込むような、無機質な観察の視線。

  嫌な目だ。内臓の奥まで透かされているような感覚に、背中の産毛が逆立つ。……正直やめてほしい。

  

「うんうん。ありがとう。ここからはラフに話そう。まずはお疲れさま」

 柔らかい声。だが、その優しさに、どこか引っかかる。違和感の正体はすぐに分かった。

 イナミスが言った「陛下の息子」という言葉だ。俺の知っている話では――皇帝の息子は五年前に死んでいる。

 

「なあ、イナミス。ダリアさんが陛下の息子ってどういうことだ?」

 肘で軽く脇腹を突く。

「どういうことって……ああ、それは――」

「君の想像している息子は本当に死んでるよ。僕は養子さ。本当の息子とは別のね」

 ダリアさんが遮る。

 さっきまで花が咲くようだった彼の表情から、ふっと温度が消える。春の陽だまりが、一瞬で冬の夜に塗り替えられたような。

 地雷を踏んでしまったか?背筋に冷たいものが走る。

「あ……すみません」

「いいよ。気にしないで。君はこの世界に来たばかりだからね」

 そう言って、ダリアさんは続けようとした。

  

 だが――「大丈夫だったか!状況を説明しろ!」

 ガルト大尉の声が訓練場に響いた。

 戻ってきた小隊の装備には、まだ戦闘の痕が残っている。ダリアさんが前に出る。

「ガルト大尉。僕が説明しよう。亜人の小隊が城内に侵入。候補生たちが交戦し、僕が到着して鎮圧した」

 あまりに短い報告。そこに、失われた同期たちの命や、俺たちの恐怖といった血の通った感情は、一滴も含まれていなかった。

 

 ガルト大尉は俺たちを見渡す。

「ダリア様が来るまで良く持ちこたえた。貴君らはもう候補生ではない。立派なエリュシオン帝国の軍人だ」

 褒められているはずなのに、少しも嬉しくはなかった。

 胃の奥でどろりとした不快感が渦巻く。

 さっきまで笑い合っていた仲間の亡骸に、誰も触れようとしない。軍靴がその横を、まるで瓦礫でも避けるように無造作に通り過ぎていく。

 戦争とは、命を「記号」に書き換える作業なのか。

 戦争とはそういうものだ。仕方がなかった。そう自分に言い聞かせることしか、今の俺には出来なかった。


「アオシマ殿。城に来てもらいたい」

 休む間もなく、俺は連れていかれる。上段の間。無機質な石床を叩く軍靴の音が、不気味なほど高く響いた。

「ここから先は七星会議だ。発言は求められた時のみ」

 

 重い扉が開く。

 三日月形の卓。席は十四。

 だが、埋まっているのは八。本来なら強者たちが並んでいるはずの卓は、虫食いのように穴が空き、異様な静寂を孕んでいた。

 ――壊滅している。その事実が、静寂の中に重くのしかかっていた。

「候補生か?」

「本日、亜人兵を単独でダリア様到着まで耐えていた者です」

 冷徹な視線が、ナイフの刃先でなぞるように全身を這い回り、俺の価値を値踏みをしている。


 赤の席には五名。青の席には三名。

 そして――ぽっかりと空いた空席。特に青の第二席には、まだ主の体温が残っているかのような、生々しい空気が漂っていた。

「童よ。ここに召集した理由を述べよう」

「主には七星候補になってもらおうと思っておるのじゃ」

 赤の第一席に座る角の生えた赤髪の女が、組んだ足の膝を叩き、傲岸に口角を上げる。

 

「……え?」 

「主の天賦の才、気づかぬと思うてか?先の戦闘で主の魔力は遠方の妾にも届いた」

「――おっと妾としたことが自己紹介を忘れておったな。妾はラグネシア=ドラコ。亜人最後の龍族だ。主は青島ナオヤで間違い無いな?」

「は、い……」

 赤い髪。琥珀の瞳。揺れる尻尾。この特徴が亜人という種類の人間を物語っている。

 整った顔立ちに、あの瞳。見つめられているだけで、魂まで吸い込まれそうになる。

 

「主の魔力は制御が甘い。だが――底がない」

「妾は五百年、多くの天才を見てきた。じゃが主は違う。主の魔力は“器”という壁を持たぬ。……覗き込めば奈落まで落ちてしまいそうな、底知れぬ空洞じゃ。」

 

 その言葉に、青の第一席の老人が重々しく口を開く。

「現在、我が軍は戦力を失っている。本日、……オルフェウスが戦死した」 

 その瞬間、部屋の空気が凍りついた。誰も動かない。ただ空席が、ぽっかりと開いた傷口のように重く沈んでいる。

 ……オルフェウス。さっきダリアさんが言っていていた七星の人、か。

「七星は象徴だ」

「青嶋ナオヤ。お前を七星候補とする」

「だが未熟。力をつけてこい」

 自分の心臓の音だけがうるさく聞こえる。静寂を裂いたのは、赤の第二席に深く腰掛けたダリアさんの声だった。

「焦らなくていいよ。君の"これから"を楽しみにしている」

 ダリアさんが微笑む。だが、その甘い声は見えない鎖となって俺の首筋に絡みつき、獲物の首輪を締め上げるような所有の響きを孕んでいた。

「――以上だ。下がれ。」

 

 廊下に出た瞬間。

「待て、童」

 背中をなぞられたような不気味な気配にびくっと肩が跳ねた。振り返ると、柱に背を預けているさっきの女、ラグネシアだ。

 ……さっきまで座っていたのにどうやってそこに立っているんだ?

「……七星の戦闘専門、ラグネシアさん」

「さんはいらぬ。ラグネシアでよい」

 にやりと笑い、近づく。

「未来の七星候補に、改めて自己紹介しておこうと思っての」

「いや、さっき聞きましたけど……」

「形式は大事じゃろ?」

 耳元で、熱を帯びた吐息が、古い紙が擦れるような低い声と共に響く。

 距離を詰められ、背の高さと距離感に圧倒される。

 めんどくさい人に捕まったと心の底から思う。でも、脳を直接撫でられるような色気のある声に、俺の身体は金縛りにあったように硬直してしまった。

 

「主、妾の角を見てどう思う?」

「え? あ、いや……立派、です…?」

「ほう?」

 ぐい、と顔を近づけられる。琥珀色の瞳の奥、爬虫類のように縦に割れた瞳孔が、俺の動揺を愉しむように細まった。

「触ってみるか?」

「え、い、いいんですか?」

 反射的に手を伸ばしかけるが、指先が触れる寸前でぴたりと止まる。

「……って、いいわけないですよね?」

「くくっ……素直じゃのう」

 パシ、と軽快な音を立てて尻尾が床を打つ。

 

 危なかった……。あと一歩で、甘い罠に首を突っ込む所だった。

 脳の奥がチリチリと痺れる。この女は、見た目の美しさ以上に危険だ。

「主、妾が“触ってよい”と言えば、本当に触るのか?」

「いや、だって七星の人が言うなら……」

「権威に弱いのう。若い若い」

 ラグネシアは肩を震わせて笑う。

 ……完全に遊ばれている。

「……からかってるんですか?」

「からかっておる。それがどうした?」


 ふいに距離がさらに縮まる。

「主なら、あるいは……。」

「な、なんですか」

「動くでない」

「――――――。」

 何かを低く呟いた直後、ひやりとした指先が額に触れた。小さな魔力の火花が額の上で散るのが分かる。

「ッ!」

 びくっと体が反応する。痛みはない。ただ、わずかに魔力が皮膚を撫でただけ。


「……な、何しました?」

「おまじないじゃ」

「は?」


 額を触る。特に変化はない。

「主の魔力、荒削りすぎる。暴発すれば城が半壊しかねぬ。ほんの少しだけ、流れを整えてやった。――ということにしておこう」

「整えたって……勝手に?」

「嫌だったか?」


 琥珀の瞳が面白そうに細まる。その瞳に見つめられると、蛇に睨まれた蛙のように言葉が詰まる。

「い、嫌とかじゃないですけど……先に言ってほしかった」

「言えば警戒するじゃろ?」

「そりゃしますよ! いきなり額に火花を散らされたら誰だって驚きます!」

「ほれ、今は無事じゃ」 

 今は、って……。一体なんなんだこの人は! 自由奔放すぎて、こっちの常識が全部かき回される。 距離感もおかしいし、これじゃ心臓がいくつあっても足りない!

  

 ラグネシアはくすくす笑い、背を向ける。

「ではな、童。いや、ナオヤよ」

「……童ってやめてもらえません?」

「気が向いたらの」

「強くなりたかったら妾の元に来い」


 手を振り去るラグネシア。尻尾が揺れ、角が灯りに影を落とす。

 一人残された俺は額に手をやる。違和感はない。だが、さっきより魔力の巡りが少しだけ静か、に感じる。実際は良く分からない。

 あの食えない性格だからな……完全に信用できる訳じゃないから怖い。

 

「ったく、なんなんだよ、あの人……」

 ため息を吐き、城門へ向かう。夕暮れの空。七星候補として力をつけろと言われ、龍族におまじないをかけられ……分からないことだらけだ。

 

 石畳を踏みしめ、俺は城を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ