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一ヶ月の成長


 ――あれから一ヶ月が過ぎた。

 城での寮生活。

 時間になれば尻尾で叩き起こされる朝。

 ラグネシアとの地獄のような休みのない修行。

 その毎日の成果は、確実に俺の中に刻まれている。

 

 俺は上位魔法――

「雷魔法・雷界ライトニングフィールド

「風魔法・空裂(エアリアルリッパー)

 を学び、安定させた。

 そして、

 俺が編み上げた魔法がある。


 「雷魔法・雷獄(ライトヘル)


 逃げ場のない雷の牢獄。

 閉じ込めた瞬間、内部は地獄と化す。

 最初に構築に成功した夜、

 俺は一人で笑った。

 ――これだ。


 雷は、ただ撃つだけじゃない。

 支配する。

 囲い、逃がさず、終わらせる。

 ラグネシアはそれを見て、「完成度は最高峰」と言った。


 だがまだ不安定だ。

 集中を切らせば、崩れる。

 だから今は、切り札。

 けれど。

 確かに、俺の魔法だ。

 応用も利く。

 広げれば制圧。

 圧縮すれば処刑。 

 

 家に帰れないまま続いた一ヶ月。

 俺達同期組は一ヶ月の月日を掛けて全員が魔法の基礎と構築理論、魔法を完全に習得した。

 イナミスに至っては最初の四日ほどで魔法名まで言えるようになっていた。

 もう、地獄に潰される側じゃない。

 

 王城、謁見の間。

 陛下は、俺を見るなり小さく笑った。

「あれから一ヶ月か。顔つきが変わったな、ナオヤ」

「…そうですか?」

「うむ。少し前までは、目の奥に迷いがあった」

 心臓が、わずかに跳ねる。

 今は?

 聞き返す前に、ラグネシアが口を挟んだ。

「今は良い目をしておる。戦をする目じゃ」

「……ほう」

 陛下の視線が鋭くなる。

 だがそこに敵意はない。

 ただ、確かめるような目だ。


「報告を」

 イナミスが一歩前へ出る。

 冷静に、一ヶ月の成果を述べていく。

 全員の魔法構築理論の習得と魔法の確立。

 連携の向上。

 そして最後に、俺の名前が出る。


「ナオヤは、上位魔法を三種。うち一つは独自構築です」

 場の空気が、わずかに揺れた。

「……独自、だと?」

 俺は一歩前へ出る。

「雷魔法・雷獄(ライトヘル)。領域拘束型の雷撃です」

「発動は可能か」

「可能です。でも長時間維持はこの段階では不安定です」


 静寂。

 陛下はしばらく何も言わなかった。

 そして。

「ラグネシア。誇張はないな?」

「妾が誇張などすると思うかの?」

 陛下は小さく笑った。

「いや。お前は面白がるだけだ」


 だが、その目は俺から逸れない。

 ゆっくりと、玉座から立ち上がる。

「……よくやった」

 その言葉は、柔らかかった。

「誇りに思う」

 胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 けれど。

 陛下の視線の奥に、

 ほんのわずかな影を見た気がした。


「強くなることは良い。だがな、ナオヤ」

「はい」

「強さとは、削ることでもある」

 意味が、すぐには分からない。

「痛みを知り、恐れを知り、それでも進む。それが強さだ」


 陛下は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

「……だが、痛みを感じなくなった者は、どうなる?」

 その問いは、俺に向けられているようで、

 独り言のようでもあった。

「お前が強くなるのは嬉しい」

 静かに。

「だが、急ぎすぎるな」

 

 その声は、父のような声だ。

 ラグネシアが、くすりと笑う。

 

「心配性よのう」

「当然だ。余は――」

 一瞬、言葉を飲み込む。

「……余は、この国の子らを守る立場だ」

 けれどその目は、明らかに俺だけを見ていた。

 俺は、軽く頭を下げる。

「大丈夫です。俺は強くなります」

 自然と、そう言っていた。

 その言葉に、

 陛下は一瞬だけ――

 悲しそうに笑った。

 俺達は謁見の間を後にする。


 王城の門を抜けたときだった。

 ……少し、迷っていた。

 まっすぐ家へ戻るか。

 それとも。

 集落の方へ、足を向けるか。


 ――会いに行くか。 

 理由は、ない。

 ……いや、ある。


 陛下の言葉が、少しだけ胸に残っていた。

 ――痛みを感じなくなった者は、どうなる?

 俺はもう、平気だった。

 雷も、血も、死地も。

 怖い夢も見なくなった。

 ちょっと前までは、夜ごと血の匂いにうなされていたのに。

 今は、何も見ない。

 この"馴れ"が良いことかどうか。

 分からなくて。

 だから、たぶん。

 会いに行こうと思った。

 

「ナオヤさん!お久しぶりです!」

 弾む声。

 振り向く。

 白い髪が風に揺れていた。

「……アリシア!」

 思わず、少し笑う。

「ちょうど会いに行こうと思ってたところだ」

 言ってから、自分で少し驚く。

 こんなに素直に出るとは思わなかった。

 アリシアは目を丸くして、ぱあっと顔を明るくした。

「本当ですか!?」

「うん。本当」


 なんでそんなに嬉しそうなんだよ。

 斯く言う俺も嬉しい。

 心臓が、少しだけ早くなる。


「ナオヤさんは?」

「報告終わり。アリシアは?」

「聖女の加護の巡回です。城下町の病床の方々に、少しだけ」

 そう言って、胸元の聖印に手を当てる。

「今日はもう終わったのか?」 

「はい。思ったより元気な方が多くて」

 ほっとしたように笑う。

 その笑顔を見ると、本当に落ち着く。

 さっきまで胸にあった引っかかりが、

 すっと薄れる。


「……ナオヤさん」

「ん?」

 アリシアは俺を見上げる。

 じっと。

 じっと。

 …見られる。

 近い。

「顔つき、変わりました」

 またそれか。

「陛下にも言われたよ」

「やっぱり」

 アリシアは少しだけ目を細める。


「強くなりましたね」

「そう見える?」

 少し照れくさい。

「でも」

 一歩、近づいてくる。

 距離が、自然と縮まる。

「少しだけ、遠くなりました」

「遠い?」

「はい」

 首を傾げる。

 

「前は、もっと……こう」

 手を胸の前でふわふわ動かす。

「揺れてました」

「揺れてた?」

「はい。怒ったり、戸惑ったり、照れたり」


 ……。


「今は静かです」

 どきり、とする。

「それ、悪い意味?」

 思わず聞く。

 少し不安だった。

 アリシアは首を横に振る。

「分かりません」

 正直だな。


「でも」

 そっと、俺の手を取る。

 前より、ゆっくり。

 確かめるみたいに。

「温かいです」


 心臓が跳ねる。

 くそ、落ち着け。

「……アリシア、距離」

「近いですか?」

「近い」

「嫌ですか?」

 真っ直ぐな碧眼。

 逃げ場がない。

「…嫌…じゃない」

 正直に言ったら、

 自分で顔が熱くなるのが分かる。

 アリシアが小さく笑う。


「よかった」

 指が、少しだけ強く握られる。

「怖い夢、見なくなりましたか?」

 その問いに、少しだけ目を伏せる。

「……うん」

 ちょっと前まではよく見ていた。

 雷と血と、叫び声。

 夜中に目が覚めて、

 呼吸が荒れて。

 でも。


「最近は見ない」

 すぐ答えられた。

 アリシアは俺の手を両手で包む。

「それは、強くなったからですか?」

「…分からない。」

「それとも」

 碧眼が、揺れる。

「感じないようにしているだけですか?」


 胸が、少しだけ痛む。

 ……分からない。

 答えられない。

 沈黙が落ちる。

 その空気を壊すように、アリシアが一歩踏み込む。

「ナオヤさん」

「ん?」

「強くなっても」

 白い肌をほんの少し頬を赤らめながら。

「ちゃんと、照れてくださいね」

「へ?」

「今みたいに」

 

 にこっと笑う。

 俺は完全に固まる。


「……アリシア、わざとか?」

「何がですか?」

「分かってるだろ」

「分かりません」

 絶対分かってる。

 くそ。

 心臓がうるさい。

 でも。

 この鼓動は、ちゃんとある。

 静かになりきっていない。


「遠くなったら」

「引っ張って欲しい」

 俺は、少しだけ真面目な声で言うと、アリシアは迷いなく頷く。

「はい」

「私は、ちゃんと届くところにいます」


 その言葉は、

 誓いみたいだった。

 風が吹く。

 白い花びらが舞う。

 俺は思う。

 ああ――たぶん俺は。

 強くなりたかったんじゃない。

 この距離を、守れるくらいになりたかったんだ。

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