三日の差
石畳の修行場に、乾いた風が吹き抜ける。
俺は地面に仰向けに倒れたまま、空を見ていた。
アイツ等が合流する時間まで魔法の練習を続けていたから疲れた。
「死んでおるか?」
「生きてる……多分」
覗き込むラグネシアの顔は、相変わらず楽しそうだ。
三日。
たった三日だ。
なのに、別人みたいに体が軽い。
――軽い、というより、慣れた。
「立て」
ラグネシアの一言で、空気が沈む。
最初の日は膝をついた。
二日目は吐いた。
三日目でようやく、立っていられる。
四日目の今では、普通で居られる。
魔法の基礎すら知らなかった俺が、だ。
殺気の中で魔力を練り、流れを感じ、組み立てる。
理屈じゃない。
体に叩き込まれた。
地面には焦げ跡。裂け目。
俺の失敗の数。
その時、修行場の扉が開いた。
「ナオヤ!」
聞き慣れた声。
振り返ると、同期組の面々が揃って立っていた。
イナミス、レイン、ノエル、セリナ、ルーク。
全員いる。
懐かしい面々に思わず涙が出そうだ。
いや、俺を見捨てた奴らだからな。
それはないだろう。
「……なんだその有様」
イナミスの視線が地面をなぞる。
「え、何ここ…。戦場?」
レインが引いている。
ルークは既に状況を観察し始めていた。
「此処の魔力残滓……密度が異常ですね」
セリナは俺を見る。
「無事で、良かった」
その一言で、胸が少し温かくなる。
「主ら、揃ったか」
ラグネシアが悠然と歩み出る。
「聞いておるな? 魔法を組み立てられるようにする」
「ナオヤには説明したが、元来、魔法はただ魔力を練り合わせたものではなく、魔法の型を作り、魔力を流す。それで魔法名が宿るのじゃ」
空気が張り詰める。
「まずは改めて基礎。魔力の認識、循環、固定」
レインが首を傾げる。
「いやいや待って、基礎って普通もっと優しくない?魔力性質を知覚するだけじゃないの?」
「なんじゃ?主等の基礎はそれほどまでにちっぽけなものなのか?」
「どうやらナオヤと同じ修行をつけた方が良さそうかの」
ラグネシアは微笑む。
「安心せい、妾の殺気の中でやる」
「「「「「は?」」」」」
その場に沈黙が落ちた。
イナミスが目を細める。
「……ナオヤは?」
「ここ三日間、同条件で終えておる」
全員の視線が一斉に俺へ。
「アンタほんとに言ってる…?」
レインが半歩下がる。
「よく生きてたわね?」
ノエルの声が本気だ。
「まあ死にはしないぞ?」
「だから基準が狂ってる!」
思わず笑いそうになる。
つい最近までの俺は、あっち側だった。
今は違う。
ラグネシアが手を上げる。
圧。
空気が重くなる。
レインが即座に膝をついた。
「ちょ、無理!」
ノエルが歯を食いしばる。
「魔力が……乱れる……」
セリナの顔が青い。
ルークは立っているが、汗が滲む。
イナミスは踏みとどまる。
さすがだ。
「魔力を感じよ」
ラグネシアの声が響く。
「流れを掴めぬ者に、組み立ては無理じゃ」
「押し返そうとするなよー、流れに乗ればいい」
「経験者ぶってんじゃないわよ!」
俺は棒読みでアドバイスをする。
レインが叫ぶが、必死だ。
「本当だ!」
イナミスが低く言う。
目を閉じる。
呼吸を整える。
魔力が整い始める。
ノエルも姿勢を変える。
「……干渉を受け入れる」
ルークが呟く。
セリナは震えながらも、両手を胸の前で重ねる。
光が、微かに灯る。
基礎を最初から把握してるからなのか、三日前の俺より、皆飲み込みが早い。
正直、悔しい。
でも、少し誇らしい。
「形にせよ」
ラグネシアの号令。
イナミスの足元に光陣が浮かぶ。
炎と光が重なる。
複合。
揺らぐが、崩れない。
レインの炎が暴発する。
「きゃっ!」
「制御を!」
ノエルが風で拡散させる。
ルークが土で壁を形成。
連携が自然に生まれている。
俺は雷を構築する。
殺気の中で、滑らかに。
パチ、と空気が裂ける。
レインが目を丸くした。
「え、ちょっと待って。なんでそんな普通に出せるの?」
「慣れ」
「だから三日で!?」
「フッ…」
俺はニヤニヤとした視線を向ける。
ルークがメガネをクイッと上げる。
「……成長速度、まるで指数関数的ですね」
小さな呟き。
指数関数…日本を思い出すな。
セリナが俺を見る。
笑っている。
「すごいですね、ナオヤ君」
優しい声。
でもほんの一瞬、視線が揺れた。
俺は気づかないふりをした。
初日の俺を思い出す。
潰れて、立てなくて、情けなくて。
今は立っている。
「よい。では見せてやろう」
視線が俺に向く。
「ナオヤ」
「え?」
「主の成長を示せ」
そして、イナミスを指差した。
「相手はそこの黒髪。最も完成度が高い」
イナミスが一歩前へ出る。
「……俺か。あの時の"続き"だな」
「現時点で最強は主であろう?」
「最強って程でもねえけど、このメンツなら俺が一番強い…か?まあ、御指名頂いたことだし頑張るぜ」
静かな火花が両雄の間で散る。
レインが目を丸くする。
「ちょ、いきなり!?」
ノエルが真剣な眼差しで俺を見る。
「ナオヤ、魔法は――」
「俺はもう使える」
俺は、自然に雷を構築した。
「雷魔法・雷穿」
迷いなし。
雷陣が足元に浮かび、稲妻が走る。
魔方陣を手に展開させる。
壁に放った雷穿は小さい焦げ跡を残し風穴を開ける。
全員、固まった。
「……え?何でそんな当たり前のように…」
レインの声が震える。
「普通に……魔法名言ってない?」
ノエルが息を呑む。
「制御、完全に安定している……」
ルークのメモを取るペンが止まる。
「この三日間で……?」
セリナの目が大きく見開かれる。
「いや、ナオヤは一日目で魔法を完成させおったぞ?今は上位魔法の構築の段階じゃ」
その言葉にレイン達が大きく口を開ける。
琥珀の瞳を細めたラグネシアが手を振る。
「始めよ」
イナミスが剣を抜く。
光と炎が重なる。
速い。
正面から来る。
俺は雷穿を放つ。
衝突。
衝撃波が石畳を砕く。
「うそでしょ……」
レインが呟く。
「ナオヤが、真正面から撃ち合ってる……」
「ハアッ!」
イナミスの連撃。
それに対応するように魔法を放つ。
イナミスの踏み込みの癖を見抜いた俺は剣筋をすり抜けるように後退しながら再構築。
雷を分岐させ、相手を捉えるイメージ。
「雷魔法・雷鎖!」
地を走る稲妻がイナミスの足元を狙う。
イナミスが空中に跳ぶ。
「戦闘中に新しい魔法…?」
ノエルの声が低くなる。
「即時再構築…」
ルークが震える手で書き留める。
イナミスが着地し、炎の魔力性質を剣に纏わせて突進。
速い。
普通なら、反応すら出来ない。
けれど――
修行の間、逃げ場もなく、理不尽な殺気に晒され続けた。
呼吸も、思考も、奪われる圧。
あれに比べれば、怖くない。
口元が、勝手に緩んだ。
むしろ面白い。
半歩だけ、ずらす。
撃つんじゃない。
置く。
イナミスが踏み込む“先”に、
雷を滑らせる。
青白い閃光が、地を裂いた。
「ッ!?」
イナミスの軌道が変わる。
強引に体勢を崩しながら回避。
その隙。
今度は本当に撃つ。
「雷魔法・雷走!」
雷が走る。
イナミスの剣が受け止め、火花が散った。
ぶつかり合う衝撃。
雷が弾け、炎と交錯する。
構築した"魔法"と魔力性質に依存した"魔力"。
圧倒的な威力の差。
互いに距離を取る。
胸の奥が、妙に軽い。
俺は"戦い"をしている。
俺はこの瞬間を楽しんでいる。
イナミスの目が細められる。
「…余裕か?」
「違う」
「やっと、同じ土俵に立てた気がするだけだ」
「逆に、たった数日でここまで成長したのか?!」
イナミスが言う。
「お前、本当に基礎知らなかったんだよな?」
「ああ、知らなかった」
肩で息をしながら答える。
レインが頭を抱える。
「なにあれ!意味わかんない!」
セリナが俺を見る。
微笑んでいる。
「すごい…」
でもその声は、ほんの少しだけ硬い。
セリナの指先が震えているのを俺はを見逃さなかった。
ルークは少し畏れている。
「三日でこれなら、三ヶ月後は…」
ラグネシアが満足そうに頷く。
「これが地獄を先に見た者の姿よ」
修行場に夕日が差し込む。
イナミスが剣を下ろす。
「負けたぜ。ったく本当にすげえな!本当に才能を実力に変えるとは。その行動力に脱帽だ。」
「これで一勝一敗だぞ?」
「…すぐに追いついてやるよ」
「望むところだ」
短い言葉。
けれど確かな火が宿る。
目があった俺達は笑みを浮かべ、笑う。
模擬戦が終わった俺達は和解の握手をする。
「リベンジマッチ成功だな」
「いくらなんでも早すぎじゃねーか?」
俺は息を吐いた。
この前はボコボコにされた。
今は並んでいる。
本当の競争は、ここからだ。
ラグネシアの笑みが深まる。
「ようやく、面白くなってきたのう」
その言葉に、全員の視線が交わる。
俺たちは、同じ地獄に足を踏み入れた。
だが一歩だけ、俺は先にいる。
それが、どれほどの意味を持つのか。
まだ誰も知らなかった。
周囲で、レインが拳を握る。
「あの二人に負けてらんない!」
ノエルは静かに俺を見る。
ルークは何かを書き留める。
セリナは、微笑んでいる。
その笑顔が、少しだけ強く見えた。
ラグネシアが満足そうに頷く。
「雛ども。ようやく“立った”な」
夕日が修行場を染める。
俺は息を吐いた。
少し前まで魔法の基礎も知らなかった。
今は、並んでいる。
でも本当は、まだ始まったばかりだ。
俺たちは、ここから本当に強くなる。
その確信だけが、胸の奥で静かに燃えていた。
――こうして俺は修行の成果を見せることができた。




