雷魔法・雷穿
――できた!
喉が震える。
「雷魔法・雷穿!」
爆ぜない。
散らない。
一直線。
音すら遅れて響く。
石壁に触れた刹那、穿孔。
焦げ跡は最小。
だが、深い。
余波はほとんどない。
魔力消費も、以前の半分以下。
――これが、構築。
「……ほう。ここの壁は特別なのじゃがな…。」
背後で、ラグネシアが小さく息を吐いた。
ラグネシアは壁に残った穴を指でなぞる。
「無駄が減ったな。主の魔力、六割は虚へ逃げておったが……今は三割程度か」
まだ多い。
だが、確かに減った。
指先がじり、と痛む。
視線を落とすと、皮膚が黒ずんでいた。
紫電が逆流し、指先を焦がしている。
制御しきれぬ魔力は、最も近い肉体を焼く。
だがそれは、暴走ではない。
過剰に収束させた雷が、逃げ場を失って己を噛んだのだ。
制御とは、封じ込めることじゃない。
逃がす道を作ることだ。
出口のない雷は――
最後に自分を噛む。
「己すら守れぬ雷か」
ラグネシアの声音は淡い。
俺は拳を握った。
「……守れるようにします」
「良い目じゃ」
その日は、そこで終わった。
膝が折れ、倒れこんだ瞬間――腕が俺を受け止めた。
ラグネシアの腕の中で、体の重みがふっと分散される。
焦げた指先が脈打つ。
だが、倒れたままでも目は逸らさなかった。
――強くなる。
それだけは、揺らがない。
――だが、胸の奥は、確かに熱かった。
あの嵐のような魔力の感触を、俺は忘れられないだろう。
――二日目。
叩き起こされたのは夜明け前。
気付いたら城の寮のベッドで横たわっていた。
尻尾で顔をひっぱたかれた俺は、心底、気分が悪かった。
頬はヒリヒリと熱を持ち、寝足りない頭は重い。
「戦場は待ってくれぬ」
だが、差し出されたラグネシア特製の朝食を一口食った瞬間、溜まっていた毒気が一気に浄化されていく。
――どうしようもなく、美味かった。
肉も野菜も魔力回復を意識した配分らしい。
「今日は常用じゃ」
同じ魔法を、繰り返す。
雷穿
雷穿
雷穿
初回、構築五秒。
昼には三秒。
夕刻には一秒台。
だが、速さと安定は別だ。
詠唱がわずかに乱れれば陣が崩れ、魔力が爆ぜる。
焦げ跡が腕に増える。
途中、背後から“本気”の殺気。
空気が裂ける。
喉が凍る。
「止まるな」
反射的に構築。
未完成の雷穿を放ち、石柱を貫く。
「詠唱は命綱じゃ。だが縛りでもある」
ラグネシアは言う。
「主はまだ放つことしか知らぬ」
確かにそうだ。
放つ瞬間、わずかな隙が生まれる。
その一瞬が、戦場では致命傷になる。
汗が落ちる。
だが止めない。
何十回、何百回と続ける。
魔力が枯れ、膝をつき、また立つ。
二日目の終わりには、雷穿は俺の意思の“反射”に近づいていた。
雷穿だけだが、魔法もかなり上達した。指先に残る魔力の余熱が、確かな成長を告げていた。横目で見たラグネシアの厳しい顔が、心なしか昼間より柔らかく見える。――明日も、まだ立てる。
――三日目。
「今日から応用じゃ」
「魔法は構築が複雑であるほど、精度も威力も増す。」
「骨組みを増やせ。回路を重ねよ」
雷に風を混ぜる。
軌道を曲げる。
収束率を高める。
分岐させる。
普通なら崩れる。
だが俺は、分解して考えた。
輪を一つ増やす。
流路を二重にする。
不要な線を削る。
理解が、速い。
失敗しても、次は修正できる。
「……ほう」
ラグネシアの尾が揺れる。
「主、今何をした?」
「陣の外周を削って簡易的な陣にした。出力は落ちるけど、安定する。」
「誰に教わった」
「……感覚で」
沈黙。
そして、笑う。
「本来、己が魔力をまともに扱えるようになるまで七日はかかる」
琥珀の瞳が細められる。
「主は三日で上位魔法の構築に触れおった」
愉しげに。
「つい、教えすぎてしもうたな。本来は基礎を掴めば十分と思うておったのじゃが」
すぐに声色が戻る。
「じゃが、勘違いするな。主はまだ未完成」
「"触れた"だけで、扱えてはおらぬ」
七星の圧は、遥か先。
「主の才能は出力ではない」
一歩、近づく。
「適応じゃ」
「主は常に成長し続けれる。」
「そして主は壊れぬ、壊れても、形を変えて立つ」
状況に合わせ、構築を変え、最適化する。
それが、俺の強み。
その日の最後。
何気なく、俺は頭の中で別の陣を描いた。
汚れた袖を見て、思う。
「……これ、落としたいな」
三日間の修行で、布は煤と焦げ跡だらけだ。
雷は破壊の力。
風は削る力。
だが、出力を極限まで落とせばどうなる?
指先にごく微量の魔力を集める。
魔法陣は展開しない。
基礎構築を、さらに分解。
必要なのは衝撃ではなく、微振動。
風の構築に雷を組み合わせ、細かな振動を生む。
魔力を薄く広げ、布地を傷つけぬよう調整。
発動。
「雷魔法・浄嵐」
魔法を唱える。
パチ、と小さな放電音。
袖の表面が、わずかに光った。
布の繊維が一瞬だけ焦げかける。
慌てて出力を落とす。
振動を半減。
――安定。
次の瞬間。
泥が粉になり、さらりと崩れ落ちる。
焦げ跡も薄くなり、布の繊維が整う。
破れていない。
焼けてもいない。
ただ――綺麗だ。
よし!
前は焦がしたが、今回は違う、完璧だ!
風魔法はまだ未熟だが――代替はできる。
「……ほう」
ラグネシアが目を細める。
「生活の類いの魔法か。地味じゃが、制御の精度は高い。」
「出力は雷穿の百分の一以下か」
「多分、それくらいかな?」
「誰に教わるでもなく、この短期間でこれほど繊細な魔力の糸を編むとはな……じゃが、悪くない。精密操作はすべての上位魔法の基礎じゃ」
俺は軍服の襟を払う。
泥も焦げも消え、見違えるほどに整っている。
自然と背筋が伸びた。
指を鳴らして綺麗にしたらカッコいいだろうな。
「――見栄も、戦のうちだろ?」
不敵に言い放った俺に、彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
だが、すぐにその唇は愉しげな弧を描く。
「抜かしおるわ」
五百年の重みが、春風のようにほどける。
「じゃが、妾の全てを分かった気になるなよ?」
言うが早いか、ラグネシアの細い指先が俺の額を弾いた。
パチン、と乾いた音が訓練場に響く。
「……っ、いってぇ!」
思わず額を押さえてのけぞる。
五百年の年季が入ったそのデコピンは、魔法の反動よりもよっぽど脳に響いた。
目の前にいるのは、見た目こそ二十代前半の美しい女性。
だがその瞳の奥には、若者の背中を愛おしそうに眺める慈愛と、それを弄ぶ悪戯心が同居している。
「主はまだ、妾の尻尾の一振りを避けることもできぬからの」
ラグネシアは誇らしげに、俺の目覚めを最悪にしてくれた例の尻尾を見せびらかすようにゆらりと揺らした。
「……チッ。見てろ、次は絶対に掴んでやる」
額の熱を、俺はどこか心地よい証のように感じていた。
敬語を捨てた俺の言葉を、彼女は確かに、対等な響きとして受け止めている。
「期待しておるぞ、ナオヤよ。……さあ、行くぞ。夜風が冷える」
「明日からはアヤツらも一緒じゃからな」
彼女が背を向けて歩き出す。
夕闇に溶けゆくその背中は、三日前よりもずっと近く、けれど相変わらず途方もなく大きく見えた。
三日間が終わる。
相変わらず美味いラグネシアの飯を食う。
「よいか、ナオヤ」
ラグネシアが最後に言う。
「魔法とは力にあらず。覚悟の形」
風が吹く。
七星の背中はまだ遠い。
だが、道は見えた。
雷は、ただの嵐ではない。
編み、束ね、穿つ。
――雷魔法・雷穿。
もう魔力で殴るだけの俺じゃない。
俺の最初の“本当の魔法”だ。
――これは、俺が選んだ雷。
……この魔法。
アイツらには、まだ黙っておくか。




