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魔法の使い方


「ではオストよ。こやつらを貰って行くぞ」

 皇帝を呼び捨て。

 ……いや、今なんて言った?

 だが陛下はまるで気にした様子もない。

「うむ。皆の者、頑張るのだぞ」

 ……慣れてるのかよ。


 ――この時の俺はまだ知らなかった。自称優しい教官(スパルタ教官)による特訓(地獄)が待っていることを。


 王城の外れ、七星専用の演習場。

 石畳には無数の焦げ跡と斬痕が刻まれ、ただの訓練場ではないことを物語っている。

 ラグネシアはゆるりと振り返った。

 琥珀の瞳が、俺達を順に射抜く。


「さて……此度は“魔法”を教えてやろうと思うてな」

 その声音は柔らかい。

「その前にまずはお主らの力量を判断せねばならぬ、ほれナオヤよ、あの時出していた魔力で魔法を見せてみい」

「はあ…分かりました」


 俺は言われるがまま魔力を込め、灰色の空を見上げた。

 空を穿つイメージを組み上げ、手の中へ魔力を流し込む。

 空気が震えるほどの魔力が、腕に集まっていく。

 

「――やめじゃ。妾は"魔法"を見せろと言ったのじゃ。なにをしておる?」

「はい?言われた通りに魔法をやろうと…」

「違う。主がやっているのは魔法ではなくただ魔力を放出しようとしているだけじゃ。……もしかして魔法を使えんのか?」


 ――は?

 

「……今、なんて?」

 俺が眉をひそめると、ラグネシアは一歩、こちらへ近づく。

 尾が石を撫でる音が、妙に大きく響いた。

「はあ……どうやら本当に魔法のまの字も知らんようじゃな」

 嘆かわしいと言わんばかりに半目で俺を見据える。

「要するに魔力を己の魔力性質に合わせ、雷へ変換して放っているだけということじゃ。いわば、魔力の属性化。粗野な放出にすぎん」

「え、今まで俺が使ってきたのは?」


 首を傾げる。

 ラグネシアは俺を見つめ――

 そして、笑った。


「フッ、只の児戯じゃな」

 空気が凍った。

 し、知らなかった……。

 ――ってか、なんでそんな基礎的なこと誰も教えてくれなかったんだよ!

 いや、伝承の日本人だからその程度知っていると思われたのか?


「しょうがないのお。妾が優しい教官として一からみっちりと鍛えてやろう」

 "みっちり"が強調されたのに気づいたのは俺だけじゃないはずだ。

 一歩後ろに居るイナミス達に視線をやると青ざめている。

 ……俺は終わったかもしれない。レインの青ざめた顔を見て俺はそう確信した。

 一体これから何をされるんだ…?


「主らは基礎が分かっておるな?」

 俺の視線で察したラグネシアはイナミス達にも殺気とは別のオーラを放つ。

「は、はい! 学校で習っています!」

「私も習ってきました!」 

 先陣を切ったイナミスとレインの声に続くように、背後のノエルたちも次々と「履修済みです!」と肯定を重ねていく。

 その必死な反応の波が収まったとき、ラグネシアの冷徹な眼光が、俺の顔を正面から射抜いた。

 

「そうか。……救いようがないのは、主一人というわけじゃな?」 

 くすり、と。ラグネシアの喉が愉悦に震えた。

「じゃが、基礎を習っている者達にも本物の魔法を体験させてやろう」

 ふわり、と空気が変わった。

 さっきまでの、人を食ったような悪戯な笑みが消える。代わりに俺の瞳に映したのが、底の見えない闇だと気づいた。

 

 ――あ、これ、死ぬ。 

 理屈じゃない。

 溢れ出す魔力の圧が、肌をチリチリと焼き、肺の空気を力任せに押し出していく。

 さっきまで鼻についた揶揄いが、今は恋しい。

 あっちが嘘で、こっちが本物。今まで俺が相対していたのは、この怪物の"欠片"ですらなかったんだ。

  

「――ッ、あ……」 

 酸素が吸えない。

 声も出ない。

 膝は生まれたての小鹿のようにガクガクと震え、床に崩れ落ちるのを防ぐだけで精一杯だ。

 

 これが、七星。

 視線が合うだけで、魂が凍りつく。

 触れられたわけでもないのに、鋭利な刃を首筋に突き立てられているような痛みが、身体の奥底までズキズキと突き刺さった。


「闇魔法・深淵呪縛(アビスダウン)


 ドッとどす黒い闇を纏った結界が辺りを埋め尽くす。

 途端に身体が鉛のように重くなり自重を支えられなくなる。

 次々と膝を崩す俺達を見てラグネシアはようやくこの"魔法"とさっきまでの圧を消す。 

 「…………っ、は、ぁ……ッ!!」 

 圧が消え、肺に強引に酸素が流れ込んでくる。

 張り詰めていた緊張感がぶつりと切れた俺は、糸の切れた人形のように地面に突っ伏した。


 冷たい地面の感触が、自分がまだ生きていることを教えてくれる。

 震えが止まらない指先を見つめながら、俺はただ、さっきまで自分をからかっていた「化け物」の足音を聞いていた。

 

「よし、ナオヤ以外は三日後のこの時間にまた来い。ナオヤは妾と一から特訓じゃ」

 さっきまでの悪戯な視線に戻ったラグネシアは俺の肩を撫でるように触る。

 ――沈黙。

 全員が、ゆっくりと俺を見る。

 そして、目を逸らした。


「……あー、その、なんだ。お前のことは忘れないからな。ナオヤ」

「…………ナオヤ、もしもの時は、アンタの私物は私が引き取ってあげる」

「ナオヤ君……生きて帰ってきてくださいね?」

「すみません、流石にこれだけは代わってあげられないです……では。……お元気で。」

「ナオヤなら……まあ、死にはしないでしょ。……多分」

 

 イナミス達は俺に憐れな視線を向けながら、まるで生贄を捧げる儀式でも終えたような顔で、逃げるように帰っていく。 

 待て。おい。

 友情は? 絆は?

 そんなに俺、もう死ぬ前提の扱いかよ……。


「イナミス!レイン!セリナ!ルーク!ノエル!みんな!!!見捨てるのか!!!!」

「泣け!せめて誰か一人泣いてくれ!」 

 俺は一人一人の名前を呼ぶも、俺の声は虚空に消える。

 いや、誰も聞こえてないフリをする。 

 遠ざかる仲間の背中を、俺は地面に這いつくばったまま、ただ見送ることしかできなかった。

 

 肩に置かれたラグネシアの指先に、ぎゅっと力がこもる。

 「……さて。邪魔者は消えたな、ナオヤ?」 

 耳元で囁かれる声は甘く、艶かしいのだが、今の俺には逃げ場のない"処刑宣告"のように響いた。


「今の魔法の説明をしてやろう。」 

 ……お主にだけな?と一言を加え、絶望をしてる俺を横目に説明をしだす。

「さっきの魔法は闇属性で構築された魔法で、魔法を掛けた相手の能力全般を大幅に下げる魔法じゃ」

「じゃが、これを使えるのは自分よりも格下の敵のみで、それ以外には使えん。それがこの魔法じゃ。能力は優秀なのじゃが使える相手が限定されてしもうてのお。不便で使い道がなかったのじゃ」


 ……つまりここで格下な俺達に使ってみたと。

 性格がお悪いことで。

 俺がなにも言わずにラグネシアを見つめていると、また口を開き出す

「型を作り、魔力を流す。ゆえに、魔法名が宿る。魔法は“構築”じゃ」

 俺の喉が乾く。 

「俺は、構築してなかったってことですか」

「ああ」

 あまりにもあっさりと。


「主のは、魔力で殴っているだけ。魔法とは、緻密な理論と意志の結晶」

 胸が、軋む。

 琥珀の瞳が真っ直ぐ俺を捉える。

「主、“魔法名”を口にして放ったことはないか?」


 ……ない。

 確かに、ない。

 ダリアは詠唱していた。

 「土魔法・大地断罪(アースジャッジ)」と

 だが今の俺は、雷属性に依存した魔力を放っているだけ。


「……クソ」

 握った拳から、悔しさが滲む。

「青いのお」

 ラグネシアの声音は静かだ。 

「されど、見込みはある」

 尾が揺れる。 

「主は“出力”が異常。ゆえに型を持てば、七星の名に相応しき存在となるじゃろうな」

 出力が異常だから敵を倒せたのか…。

 今までは運が良かっただけ。

 その一言で、胸の奥に火が灯る。


「やります」 

 短く告げる。

 ラグネシアは微笑んだ。

「よろしい。ではまず、己が魔力を視よ」

 彼女が地面に陣を描く。

「目を閉じ、内側へ潜れ。魔力とは己の意志の形じゃ。魔力性質を知覚しろ」


 俺は深く、意識の底へと沈んでいく。

 暗闇を抜けた先、自分の根源にある魔力の本質が見えた。

 そこにあったのは――

 視界を焼き尽くすほど、絶え間なく降り注ぐ紫電の嵐だ。

 そして、制御不能の暴風が荒れ狂い、意識の海を激しく波立たせている。

 これだけで世界のすべてを塗り潰さんとする、圧倒的な破壊の奔流。

 その嵐の足元で、青く澄んだ水が豊かな湖を作っていた。

 激しい雷に打たれながらも、決して枯れることなく静かに、だが確実にそこにある強固な質量。

 けれど、その奥に目を向けると、景色は急に心許なくなる。

 嵐の隅で、湿った薪のように燻っている小さな火種。

 そして、暗闇を照らすにはあまりに微かな、豆電球のような光。 

 雷と風の狂騒に比べれば、それはあまりに弱々しく、今にも吹き消されそうなほどに儚いものだった。

 

「……荒い。主の魔力、六割は虚に消えておる」

 ラグネシアの声が意識の奥で響く。

「雷を、編め」

「編む……?」

「糸のように。骨組みのように。組み上げよ。イメージじゃ」

 雷を、束ねる。

 暴れる魔力を、線へ。

 線を、輪へ。

 輪を、重ねる。

 雷が集束する。

 次の瞬間、痛み。

 遅れて理解する。

 ――自分の指が、焦げている。

 制御できない魔力は、最も近い己の肉体を傷つける。

 俺は歯を食いしばり、再び雷を編む。

 何度も崩れた。

 頭が割れそうになる。

 魔力が逆流し、膝をつく。

 陣が軋む。

 雷が外へ向かわず、内へと折り返す。

 嫌な予感。

 次の瞬間、肘から先が魔力に焼かれ、白く変色した。


「ッ――!!」

 痛覚より先に、焦げた匂いが鼻を刺す。

 魔力は刃だ。

 制御できなければ、最初に斬るのは己の肉体。

 俺は地面に叩きつけられた。

 ――俺は、今までこれを“力”だと思っていた。


「甘い」

 背後から、殺気。

 反射的に跳ぶ。

 さっきまでいた場所が爆ぜた。

 

「戦場で構築せよ。止まれば死ぬ」

 ――スパルタだ。

 汗が滲む。

 また雷を、編む。

 今度は意志を乗せる。

 守るための雷。

 貫くための形。

 ゆっくりと、陣が浮かぶ。

 未完成だ。

 だが――形になった。

 俺は立ち上がる。

 陣に魔力を流し込む。

 雷が集束する。

 荒々しくない。

 鋭く、研ぎ澄まされた一閃。

 喉が震える。


「……雷魔法・――」

 まだ名が、出ない。

 喉が震える。

 名前が、形にならない。

 何かが足りない。


 陣が崩れた。

 爆散。

 バスッと音と共に煙が上がる。

 ラグネシアは頷いた。


「今のは“魔法未満”」

 だが、その目は僅かに柔らかい。

「されど一歩。主は今初めて“型”を作った」

 胸が熱い。

 俺はまだ魔法使いですらなかった。

 七星? 笑わせる。

 だが

「……やってやるさ」


 ラグネシアは尾を鳴らす。

「良き目になったな、ナオヤ」 

 琥珀の瞳が細められる。

「魔法とは力にあらず。覚悟の形」

 風が吹く。

「主が真に魔法を操れるようになった日――その時こそ、七星第一席()に届くやもしれんな」

 

 俺は拳を握る。

 まだ遠い。

 だが、道は見えた。

 魔法とは構築。

 形を作り、魔力を流し、意志を込める。

 そして――

 俺は、それを覚える。

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