対ヤバい奴ら編⑫『2008年11月23日 ~ カチコミ前の回想』
連夜達を襲っていた襲撃者の正体は、沼津市に巣くうヤクザ、白金組であった。
今後の襲撃が避けられないことから、李緒の提案で連夜達は先手を打つことになる。
それは彼らが隠れ蓑にしている事務所への奇襲攻撃であった。
事務所への突入前、連夜は仲間達とのやり取りを回想する。
対ヤバい奴ら編⑫『2008年11月23日 ~ カチコミ前の回想』
車が沼津駅南口に向かうまでの間……。
目を閉じ、窓に頭を当て、体力温存のためにうたた寝を試みる。
アスファルトの舗装が古いのか、それとも車が悪いのか、頭はがたがたと揺れる。
そんな、どう考えても穏やかにうたた寝できないような状況の中、俺は李緒さんと一旦別れてからの出来事について、ぼんやりと思い起こしていた。
――――――――。
スナックの手洗いを借りた後、利用を許可された2階の個室で、俺は1人休んでいた。
部屋の広さは6畳で、床は畳敷きの和室だった。
「……、……」
「……?」
「……、……」
「……!」
畳の上で目を閉じ、横になってしばらくしていると、何やら廊下から声が聞こえ始める。
木造っぽいとは感じていたが、部屋から廊下の声が丸聞こえとはとんだ安普請である。
秘密結社の基地のような地下は綺麗で新しい感じだったので、上はまさにダミーなのだろう。
聞き耳を立てる必要もなく明瞭に聞こえた声は将軍のものであった。
「なぁ、もしかしてあんた、陽さんが狙われるかもってこと知ってたのか!?」
前後のやりとりから、李緒さんに対し、将軍が食ってかかっているようだ。
「晴斗!?」
将軍のそばにはキララさんもいるらしい。
「……可能性の1つとしては、あったわね」
「やっぱあったのかよ!? なら!」
「ちょ! ストップストップ!」
「っ……」
壁に何かがぶつかったときのような音が大きく響き、直後キララさんの焦る声が聞こえた。
「貴方の言うことはもっともなんだけれど、そうもいかなかった事情もあるのよね」
そんな中、李緒さんの声色は至って平静だ。
「あいつの力の関係で、私やそのクライアントが動いていることを気付かれたらアウトだから、どうしてもコソコソとせざるを得なくて」
「『認識を改変する力』のことか? 魔術の素養があると効かないっつう」
「その通り。魔術の素養がある私はともかく、クライアントやその部下達は魔術の素養がないんで、あいつの力に掛かったら一巻の終わり。まとめて操られるリスクを考えると、むやみに人員を増やすわけにもいかなかったのよ」
「だから魔術の素養があるアタシ達に白羽の矢が立ったって訳か。なるほどね……」
「そういうこと」
「……」
李緒さんの説明を聞いた将軍は、不満げな息遣いをしたものの、言い返せなかったのか黙り込んでしまったようだった。
――――――――。
(……)
それから引き続き横になってぼんやりしていると、今度はよーちゃんの声が聞こえる。
「あの、ちょっといいですか?」
「何かしら?」
応対しているのはまたしても李緒さんだ。
「さっきの一橋君とのやり取り、聞こえてました」
「……」
「貴方達の事情は分かりました。……その上で言わせて下さい」
よーちゃんはここで一呼吸置くと、絞り出すような声でこう言い放つ。
「何で、私達に伝えてくれなかったんですか!? もっと早く九十九の事を私達に伝えてくれていれば!」
それは俺には言えない、当事者、被害者としての強い憤りの言葉だった。
だが、言葉を聞いた李緒さんの反応はというと……。
「それで? 話を聞いたとして、貴方達に一体何ができたというの?」
「っ……」
それは厳しく、冷たい反応だった。
「それは……」
陽さんがフォローに入ろうとするも、言い返せていない。
「下手に教えれば、かえって危険なことに巻き込みかねなかった! 力があると言っても、貴方達は民間人であることを忘れないで」
「「……」」
言葉に詰まったよーちゃんに対して李緒さんが放った言葉は、危ない陰謀に安易に首を突っ込もうとしていた俺達に対する警告のように思えた。
正直なところ、教えてくれていれば何とかできたんじゃないかという気持ちはある。
だがその気持ちこそが、まさに傲慢な考えではないのか、と言う気持ちも同じくらいあった。
おそらく先立って情報を聞いていたら、俺達は九十九と戦う方向に舵を切っていただろう。
さっきは考える時間が欲しかったが、結局のところ答えは決まっていて……いつやるか、後回しにするか否か、の問題でしかない。
――だが、それはそんなにうまく行くものか?
事実として、昨日の奴らのリーダーとの戦いはかなりヤバかった。
魔術を封じられるというまさかの出来事を前に後手に回り、将軍達の援護がなかったら間違いなく殺されていたに違いない。
何とかできたのは、運が良かっただけだ。
更に言えば、仮に白金組の情報を貰っていたところで、襲撃を未然に防げたかどうかも怪しい。
そもそも、奴らが陽さん達の家にいつ来るかなんて分かったもんじゃなく、加えて俺達自身も彼女達が襲われる可能性は小さいだろうと高を括っていたことを忘れてはいけない。
そう考えると、仮に知っていたところで同じ顛末になったであろうことは容易に想像できた。
「……本音を言うとね、本当ならもっとゆっくり長い目で貴方達に関わっていきたかった。力のことだって、もっといろいろと教える時間を用意したかったのだけれど……こうなってしまったなら、仕方ないわ」
黙りこくってしまった2人に対し、李緒さんは今度は優しく諭すような声色で話しかける。
「……そうですか」
「納得できない、というのは当然よ。これについてはさっきも言ったけれど、完全に上の判断ミスだからね」
「「……」」
「あと実を言うとね、碧君の家に奴らが襲撃をかけていて、そっちの対応にリソースを割かざるを得なかったというのもあるわ」
「え……?」
「それは、どういうことですか?」
動揺する2人。
(は……?)
俺も話を盗み聞きしながら動揺していた。
なお、こうして姿を見ずに話だけ聞いていると、全く同じ声のせいでどちらが話しているのか時折分からなくなることがある。
今のは多分「え……」がよーちゃんで、「それは……」が陽さん、だと思う。
「碧君が真白さんを倒してすぐのタイミングで、1度あいつらは彼の家に襲撃をかけたのよ? 30人くらいで。……貴方達、気付いてなかったでしょ?」
そんな風に思考が巡る中、李緒さんから語られた内容は……。
「なっ……気付かなかった」
「そんなことになっていたなんて……。このことを連夜は?」
……初耳の情報だった。
「彼も気付いてないと思うわ。まぁ当然よね。だって奴らは家に着く前のタイミングで、私達の方で1人残らず『処理』したから」
「っ……」
「処理……」
何があったかは、知らないほうがいい。
彼女の物言いから、俺はそう直感した。
「まぁそんな感じで、もうとっくに動いてたって訳。だからこそ、今の今まで貴方達は曲りなりにも平穏に過ごすことができていたのよ?」
「「……」」
何かが違えば、父や朝香も陽さんの叔母さんのようになっていたかもしれなかったという現実を前に、背筋が冷えた。
冷静に考えてみれば、あの連中はどう考えても堅気ではない……そのスジの者といった風体。
いずれお礼参りの一つや二つ、起きてもおかしくはなかったのだ。
それこそ昨晩の悪夢のように、道端を歩いているときに突然刺されたりだって……。
にもかかわらず、そうならなかった理由について、俺は本気で気付いていな……いや違うな。
これもまたきっと、心の何処かで目を背けていたのだ。
「襲撃を受けそうになった彼の家族、そして黒仮面と関わった一橋君、空星さんの家族についてはきちんと監視を入れていたけど、貴方達についてはどうしても優先度を低くせざるを得なかったの。自身の関与が疑われる事故の被害者を口封じに襲うだなんて、普通に考えればメリットなんてなくてリスクしかないからね」
「それは……」
それは確かに、俺達が考えていた通りだった。
「でも実際はこんなことになって……本当にごめんなさい。あの女の挙動を読み切れなかった」
「……」
「……経緯はわかりました。完全に納得した訳では無いですが」
……今のは陽さんの声だ。
「……そうね。それでいいと思うわ」
「……その上で、別件で聞きたいことがあるんですがよいですか?」
「構わないわ。……何?」
よーちゃんが無言になり、陽さんが李緒さんと話し始めたようだ。
李緒さんの口調は、すっかり穏やかなものに戻っていた。
「ヨウはともかく、わたしは魔術が使えません。もし力に掛かったら……。あるいはもう力に……」
陽さんが口にしたのは、自分が九十九の力にかかってしまうことに対する危惧だった。
「その心配は無用よ。クライアント曰く、あいつの力において、『半身』とそのオリジナルは同一人物扱いされてるみたいで、どっちか片方が魔術に目覚めていれば、目覚めてない方も効果は無効になるらしいの」
「『半身』……」
分身体のことを、李緒さんのクライアントなる人物は「半身」と呼んでいるらしい。
「ま、クライアントの話を信じるか信じないかは貴方次第だし、私も完全に信じてる訳じゃないから、貴方はここから出ない方がいいのは確かね。事が済むまで外も見ないことを勧めるわ」
「ふむ……。分かりました。そうさせていただきます」
ぶっちゃけ、クライアントというのは信用できる存在なのか判断がつかない。
警戒するに越したことはなさそうだ。
「あ、そうだ。貴方に、これを渡しとく」
「これは……?」
「前に貴方と連夜君と戦ったときに使った障壁の改良型よ」
「ヨウが言ってたあれか」
どうやらよーちゃんに、李緒さんが渡しているようだ。
「うちの知り合いが作ったものでね、魔術による現象を保存できないかというアプローチで研究して作ったもんなの。でかい衝撃一回で壊れる程度には試作品なんだけれど、何かの役に立つかもだから……まあ貰っといて」
「は、はぁ……」
よーちゃんの声色からはは、困惑の色が感じられる。
「……んじゃ、また後で」
「はい」
「分かりました」
その後李緒さんが去る形で、会話は区切られたのだった。
――――――――。
引き続きうたた寝していると、次に聞こえてきたのはキララさんと李緒さんのやり取りだった。
「アタシからも、アンタに質問がある。父さん母さんに分身体のことを教えたのは、アンタなの?」
それは、先日俺達の中に残っていた謎の1つだった。
「御名答。更に言えば彼らに警告して、貴方に便宜を図るようにしたのも、私」
「……そっか」
道理ですんなり話が進んだわけだ。
「ま、彼らも昴さんや貴方には申し訳なさそうにしてたから、貴方達への謝罪が脅しや取引の結果生じた上辺だけのものでは無いってことだけは信じてもいいんじゃない?」
俺も、そう信じたいところである。
「そう。……何で……教えた? 手を回した? アンタ達にメリットあんの?」
「そりゃあ、これ以上貴方に暴走されちゃかなわないからね。昴さんの力が消えたわけでもないし、彼女の問題が解決しない限り、また貴方が彼女の意に反する形で不意に呼び出されて同じ事態が起こらないとも限らない。そのようなこと、クライアントの意向に反するのよ」
空星さんの親への根回しは、李緒さんのクライアントの意向も絡んでいるということか。
「……」
その答えを聞いたキララさんは答えに窮したらしい。
息遣いだけが聞こえる。
「それに実のところ、魔術に目覚めた貴方も対九十九用の戦力として勘案していたから、昴さんにもう一度呼んでもらう必要があったのよね。……だから説明したし、手を回した。答えになってるかしら?」
「……分かった」
キララさんがぽつりと呟き、直後足音が聞こえる。
どうやら、会話はそこで打ち切られたようだ。
李緒さんは、果たして味方なのか。
俺達のことを、100%善意で助けたわけではないというのは分かる。
おそらく九十九と李緒さんのクライアント……雇い主が敵対していて、九十九を倒すために魔術が使える俺達を鍛えて利用しようという腹積もりだったのだろう。
俺の家に対するガードや、空星さんの家族への根回しをやった割に陽さんへのガードが薄かった件については、人員が限られる中での優先順位の問題が確かにあったのだろう……。
だが、彼女が襲われる分には九十九に付け入る隙が生まれるのでそれはそれで問題ない……という冷徹な計算が働いていた可能性も否定はできない。
流石にそれは……穿った見方だろうか?
とはいえ、現状彼女を頼るしかないのも事実。
李緒さん自身も強力な魔術の使い手であり、下手に敵に回したくないというのもある。
100%信頼するかはともかく、色々と助けて貰ったことについては一応感謝しておく……というのが現状の落としどころかなと、微睡ながら思ったのだった。
――――――――。
そして李緒さんと別れて、ちょうど1時間後。
答えを出すまで残り1時間の段階で俺は微睡むのを止め、部屋を出る。
すると、廊下でちょうどよーちゃんと出くわす。
「あ、よーちゃん……」
「ん? どうかしましたか、連君?」
陽さんとよーちゃんには、俺とは別の部屋が割り当てられているのだが、どうやらそこから出て来たらしい。
「あ、えっと、その……」
思わず呼び止めてしまったが、彼女を前にした瞬間、よーちゃんが叔母さんに泣き縋る場面が脳裏によぎり、言葉が出なくなった。
「……叔母さんのこと、気にしてますか?」
「っ!」
「そして、私の事も……」
続く言葉を聞くと、今度は陽さんの部屋で血まみれで倒れ、そして目の前で消えた彼女の姿がフラッシュバックし――。
「あ、っと……、そ、そう、です……」
――俺は、無意識に頷いていた。
「……あのとき急に呼び出されて、それで事態を把握した私はオリジナルを押し入れに隠して……」
「……」
すると、昨日の顛末が彼女によって語られていく。
俺は無言でそれを聞いている。
「ちょうど扉を石板で隠したタイミングで奴らが入ってきて……でも下手に魔術を使うと家が倒壊する可能性があって使うわけにはいかず、おまけに多勢に無勢で……」
「……」
「それで……その……衆寡敵せず『やられちゃいました』!」
「……」
「……まぁ、死んだんですよね? 私」
「……ぅん」
問いに答えようとしたところ口が震え、最初の「う」が小声になった。
「……そっか。やっぱり。痛ったかったなぁ……」
よーちゃんは自らの頭を右手で擦る。
その声色はどことなく悲しげで、右手の動きもどことなく痛ましかった。
「その……」
そんな様子を見かねて言葉を紡ごうとした俺の顔に、よーちゃんの左掌がビシッと向けられる。
「一応言っておきますが、連君は悪くないですよ? 私は文字通り『死ぬほど』痛かったですし、叔母さんの件はほんっとうに悲しいですが、むしろ可能な限り早く来てくれたおかげで、オリジナルは奴らに見つかることなく……私含め、助かりました」
「でも、よーちゃん。君は……」
「その点も気にしないでください。私はオリジナルさえ無事なら、不死身みたいなもんですから……ね?」
「ぁ……ぅ……」
上手く言葉を返せない中、よーちゃんは踵を返すと、そのまま階段の方へ歩き去っていってしまう。
「……」
よーちゃんは軽く流している感じで、声色もそんな感じであったが……。
後ろ姿で去る彼女の右手が、小刻みに震えているのがちらっと見えてしまい……。
俺の心の中には、もやもやが残った。
「……わたしは薄情な人間なのかも知れないな」
「うぉぁ!?」
だがよーちゃんを見送って間もなく、後方から突然声が聞こえたことでそのモヤモヤは瞬時にどっかに行ってしまい……加えて思わず身体が強く撥ねてしまう。
「っ、連夜……」
後ろを振り返ると、陽さんが立っていた。
どうやらよーちゃんに続いて部屋から出て来たらしい。
「……薄情な、人間?」
気を取り直した俺は、陽さんの言葉にオウム返しする。
すると陽さんは独り言のように話を続ける。
「……最後の肉親が殺されたのに、涙一つ出やしない。そればかりか、父さんや母さん、輝が死んだときだって……」
自嘲気味に語られた彼女の言葉を聞いた俺は――。
「案外、そんなもんじゃないんですか? 俺だって母さんが死んだとき、涙一つ出やしませんでした。あと、おばあちゃんが死んだときも」
――これまた無意識に、言葉が出ていた。
本当に、何を言うか考える間もなく口から飛び出ていた。
それは多分彼女の言葉に、俺自身にも思い当たる節があったためで……。
「……おばあちゃん? 初耳だな、それは」
陽さんに家族構成を聞かれたときは、説明していなかった。
あのときは緊張していたこともあるし、死んで久しいため、俺の中では「4人家族の1人が死んだ」という母のイメージの方が強くあったのもあるだろう。
「そうですね。えーっと、実はうち、元々5人家族で、母方のおばあちゃんも一緒に住んでたんです。ただ、おばあちゃんは俺が小学6年のとき突然死んじまって……」
その「思い当たる節」である祖母の最期の日について、俺は陽さんに話した。
親しい人間が初めて死んだのを見たのは、母方の祖母が初めてだった。
あの日のことは今でも覚えている。
現在父が私室として使っている1階の部屋は、元々は祖母の部屋だった。
その日、俺が学校に行った時点で、祖母はベッドに寝ていた。
俺は特に気にすることなく学校に行ったのであるが……。
家に帰ったとき、妙に家が静かで……。
いつも開いているはずの、廊下の和室の襖が閉じていて……。
不審に思った俺が襖を開くと――。
――そこには、顔を白い布で覆われ、これまた白い布団に仰向けで寝かされた祖母の姿があった。
なんでも朝、俺が学校に行った時点で心臓をやっていたらしく、気付いた母が救急車を呼んだものの、結局そのまま亡くなってしまったらしい。
本当に突然だった。
朝の時点で、すぐ側で人が死にかけていたことに、俺は全く気付かなかった。
そして人ってこんなに呆気なく死ぬのかと胸騒ぎを覚えたが、一粒も涙は出ず……。
初めて見た人の死に、俺はただ呆気にとられるだけだった。
慌ただしく葬儀の様子が進むのを、ただ黙って見ているだけだった。
そして、実のところこのときは、まだ人の死についてあまり実感もなかった。
はっきりと実感したのは……さらに数年後の母の死のときである。
「……なので、親しい人が目の前で死んでるのを見て、悲しくならない、涙が出ないってのは、別に変なことじゃないと思いますよ?」
「……」
「あ、その……」
暗く長めの話を、終始無言で聞いている陽さんの様子を見て、やっちまったと思った。
「……」
「その……ごめんなさい。今話す内容じゃなかったっすよねぇ……」
彼女に共感していることを伝えるためにチョイスした祖母の最期の日についての話題だったが、そもそもショッキングな出来事に遭遇している陽さんに出すべきではなかったのではないかと自己嫌悪に陥る。
「……そうか。君も親しい人間を2回失ってるんだな。それで、涙も出なかったと」
「……えっ?」
彼女の問いに関しては、まさにそうなのであるが……。
予想だにしていなかった反応が返ってきたことで、思考が混乱してしまった。
「いや、その……ありがとう」
「あ、や、その……」
「気にするな。君もそうだったのだと聞いて……安心した。聞けてよかったよ、本当に」
「そうですか……」
予想外の感謝の言葉で自己嫌悪の気持ちは吹き飛んだものの、もやもやとした気持ちは残る。
「君は強いな……」
陽さんも強いんじゃないかと、俺は思った。
「その、陽さん」
「……何だ?」
ここで、俺はふと、また頭に浮かんだことを陽さんに伝えた。
「正直な所……もうよーちゃんや陽さんにはこれ以上戦いに踏み込んで欲しくない、と言いたいところなんですが……まあぶっちゃけ無理ですよね。もう戦いから逃げて無縁に過ごすなんて不可能でしょうし……」
「そうだな。黙っていても襲われる。そんなフェーズに来てしまっている。それに奴はわたし達の家族の仇だ。黙っている訳にはいかない。あいつもきっとそう思ってるはず」
「そう、ですね……」
それは、彼女達をこれ以上関わらせたくないという思いから出てきた言葉だった。
だが、「忘れて過ごせなんて言える立場じゃないだろ」という思いもあり……。
それゆえ話の後半では、そんな後者の思いが滲み出てしまっていた。
(あぁぁぁぁぁぁぁ……! 何言ってんだ俺ぁ! うー……)
またしても言うべき言葉では無かったのではと、再度暗い気持ちが湧き出るも……。
「それに……。あ、あの、な。連夜! ……」
「んぁっ!? ……」
己の目を見据えてくる陽さんのいつになく真面目で大きな声色によって、再び現実に引き戻された。
(下向くな、目線、目線、目線……)
声色から何か真剣な話が始まることを予感した俺は、何とか下を向きそうなところを堪え、目線を陽さんに合わせる。
それから数秒もしない内に、彼女はぽつりぽつりと話し始める。
「……わたしだってな、わたしだって、何かできないか、何かできないかって、ずっと考えてたんだ! 君とあいつが戦っているのを見続けて!」
堰を切ったように飛び出す、陽さんの言葉は止まらない。
「君やあいつは本当に勇敢さ。それに比べてわたしはとんだ卑怯者だ。君達に戦いを任せて、後ろで指示してばかりの指示厨だ!」
「っ、俺はそうは思ってませんよ?」
「でもやってることは、結果的にそうなってるじゃないか!」
「陽さんが俺に声を掛けてくれるおかげで、俺は躊躇いを振り払いながらここまで戦ってこれました。サポートで助けられたことだってありました」
実際、キララさんが変化した怪物との戦いでは、陽さんの指摘が無ければ幻覚に気付かず危なかった。
それを抜きにしても、今まで彼女が冷静に指示を出してくれていたおかげでパニックに陥ることなく対応ができていたと俺は思う。
「むしろ俺は、よーちゃんを戦いに巻き込んでしまっている側で、正直こっちが謝りたいくらいですよ」
「でもっ」
「助かってます! 陽さんは陽さんのできることを精いっぱい頑張ってます! 俺が保証します! だから、これからもサポート……お願い、します……」
……俺は陽さんに一礼した。
(……最悪だ)
何というか、陽さんの自己を卑下するネガティブ発言に耐えられなかった結果として否定の言葉が飛び出し、挙句最後はまくし立てるような形になってしまい、またもややらかしたと思った。
「……分かった。……これからも、よろしく、お願いします」
そんな風に考えている最中、陽さんは沈黙の後、俺に対して礼を返すと、そのまま俺の横を通り過ぎ、階段の方へと歩いて行ってしまう。
(うぅぅぅぅぅ……)
俺の言葉を、陽さんがどう思ったのかは分からない。
だが彼女の反応は微妙な感じで声色も重く……俺にはそう聞こえた。
(こーりゃ失敗した、失敗した、失敗したなぁ……)
俺は和室に戻ると、そのまま再度横になり、脳内に生じた黒い染みを忘れようと目を閉じたのだった。
――――――――。
そして最後に思い出したのは、将軍とキララさんの意思を確認したときのこと。
李緒さんと会話する、およそ30分前だ。
「おれは碧、お前についてくぜ」
「将軍……」
将軍は即答した。
「お前は姉ちゃんの恩人だ。それに、結局おれも一枚噛んじまってんだ。このままだと姉ちゃんも巻き込まれるかもしれねぇ。このノリで一抜けなんてできねぇだろ。やるよ!」
「晴斗が行くなら、アタシも行くよ! 晴斗が心配だし、それに黒仮面に因縁あんのは同じだから!」
「おっ、それはおれも同感! 一泡吹かせてやんねえとな!」
「……ありがとう、将軍、キララさん!」
陽さん達とは違い、2人はいつもと変わらぬノリで――。
「おう!」
「どういたしまして、だね!」
――正直、俺としてはありがたかった。
――――――――。
一通り思い起こし終えたとき、ちょうど車が止まる。
目を開けて周囲を見ると、車は沼津駅近くの駐車場に止まっていた。
車から外に出ると、再び寒い風が肌に刺さった。
「ここからは歩きで行くわ」
「はい」
「あいよ!」
「オッケー!」
俺の声にかぶさる形で、将軍とキララさんの元気な声が響いた。
「分かりました。オリジナル、聞こえますか?」
よーちゃんは胸元の機器をいじる。
『問題ない。映像も取れてる。……悪くない機材だ。……連夜も聞こえてるか?』
「……聞こえてます」
左耳から聞こえる陽さんの声に返答する。
陽さんはスナックの地下室で待機してもらい、そこにある設備を使ってサポートしてもらうことになっていた。
彼女の声はさっきとは打って変わり、いつもの調子に戻っている。
その普段通りな様子がかえって……いや、やめよう。
雑念を抱いたまま敵と戦う訳にはいかない。
そして俺達は、沼津駅近くの雑居ビルを目指して出発したのだった。




