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対ヤバい奴ら編⑥『なおせないもの』

連夜、晴斗、キララの3人は、陽の家を襲撃していた連中を魔術で撃退した。

そして、連夜は倒れている女性に治癒魔術を掛けたのだが……。

対ヤバい奴ら編⑥『なおせないもの』

「な……」

 将軍の言葉を、俺は信じたくなかった。

「んな馬鹿な!? 確かに、確かに治したんだぞ!? 傷だって無くなって……」

 おそるおそる女性の身体をごろりと動かし、口元に耳を当てる。

 ……ない。

 服越しから、胸に耳を当てる。

 ……ない。

 瞳を見る。

 ……。


 ……。

(な……)


 呼吸の停止、心拍の停止、そして瞳孔の散大。

 3つの観測結果は女性の容態について、たった一文字の簡潔な答えを突き付けてくる。


 そして、その答えが脳裏によぎった瞬間――。

「っ! はぁ、はぁ……うぅ……!」

 強い動悸と、脱力感。

 母のしゃれこうべを見たとき以来の、あの感覚だ。

「ぁ……ぅ……ぐ……」

 身体がまだ生暖かく、まるで眠っているかのような女性の姿を前に、俺は死にかけの魚のように口がパクパクと震え、酸欠から思わずその場に蹲ってしまった。

「だ、大丈夫か!? 碧……!」

 将軍の心配そうな声色が、耳に入る。

「……炎が、ないってのは……やっぱ、そういうこと……だよな? ……失われた命までは、治せない、ってことか……!?」

「っ、……、……」

 俺が辛うじて口から絞り出した言葉を聞いた将軍は、将軍は無言で荒い鼻息をしていた。


 身体の震えが、止まらない。

 心臓の鼓動が、治まらない。

 吐き気が、する……。


 正直この人……おそらく陽さんの叔母さんであろう人とは、別に親しかったわけではない。

 というか、直接話をしたことも……ない。


 だが、目の前で人が……という現実がもたらす体感。

 そして、それを救えなかったという事実が、重くのしかかる。

 先に1人救っているだけに、なおのこと。


 俺の中にはどんよりとした、鬱屈とした思いだけが募るばかりだった。


「ちょっと待って! 待ってってば!」

 だが、そんな重苦しい雰囲気とは別の切羽詰まった雰囲気のキララさんの声が聞こえ……俺は辛うじて顔だけを声がする方に向ける。

 するとそこには、すたすたと無言でパトカーに向かって歩いていく2人の警察官と、それを慌てて引き留めようとするキララさんの姿が目に入った。

「何で帰るの!? ちょっと! 人が襲われてんのよ!? 待ちなよ!」

「「……」」

 キララさんは必死に2人を呼び止めようとするも、2人はキララさんのことをまるで見えていないかのように無視すると、そのままパトカーに乗り込み遠くへ走り去ってしまった。

「な!? どういうことだ?! 警察、呼んだんじゃねえのか?!」

 将軍はキララさんを問い詰める。

「呼んだよ!? でもサイレンも鳴らさずに来て、それで家の様子をちらっと見ただけで無言で帰っちゃって……何かおかしいよ、晴斗!」

「おかしいって、そんな……」

 意味不明な事態に遭遇したキララさんは困惑しており……。

 そんな彼女の言葉を耳にした将軍も、動揺を隠せない様子だった。


「……」

 そして、俺はそんな異様な光景を蹲った状態のまま、ぼんやりと見つめていたが――。

「どうなってやがんだ、碧……ってあっ!? そうだ! ひ、陽さん! 陽さんとヨウさんは!?」

「っ……!」

 将軍の言葉で、ようやく気を取り戻す。

 そうだ……すっかり忘れていた!

「う……ぐ……」

 そして四つん這いになりながら、1人家の中へと転がり込んだ。


「はぁ……はぁ……」

 脚がもつれて、床に身体をぶつける。

 思いっきり土足だが、もう気にしている余裕なんてなかった。

 俺は壁に手をつくと、息を切らして四つん這いになりながら陽さんの部屋へ向かう。

 家の中は壊されたものが散乱し、荒れ果てている。

 壁にはいくつもの穴が空いていた。


 そして、這いつくばりながらも何とか陽さんの部屋の前にたどり着く。

 ドアノブを支えに立ち上がろうとすると、扉につけられている機械が破壊されているのに気付き、同時に扉は、何の抵抗もなく開く。


 そして、視界に入った部屋の中の、光景は……。

「……!?」

 そこには、頭から血を流して倒れている陽さんの姿があった。

 床には、血だまりができている。

「あ……」

 身体が、俺の意志とは無関係にプルプルと震える。

「ぁ、ぁ……」

 自分の口から、声とも息ともつかない何かが零れる。

 目のピントが合わず、視界がぼやける。

 震えが止まらない両腕が無意識に、彼女の方へと向く。

 そして治癒魔術を掛けようと、これまた無意識に身体に力が入り始めた次の瞬間――。

「ぁ……」

 倒れている少女は、跡形もなく姿が消える。

 まるで、最初からそこに居なかったかのように。


 着ていた服や、床の血痕含め……目の前から何もかもが無くなり、そして――。

(???)

 ――ここにきて、ついに思考が完全に止まった。


(???)

(は?)

(は?)

(は……?)

(???)


 そしてフリーズしたパソコンのように、そのまま数十秒ほど固まっていたが……。

 不意に左側から聞こえてきた物音が、その凍り付いていた思考を溶解させる。

「がぁっ!?」

 そして直後、何かが左側から倒れてきて、俺の身体を押し潰した。

「がっ……ぐ……」

 倒れてきたそれは、大きな石の板だった。

 板の高さは2メートル弱、厚さは10センチメートル程度だが、あまりの重量に身体は仰向けに床に倒れ、石板と床の間に胸より下が挟まれた。

「ぅ……、ぁ……」

 腰から床に落ちたうえ、挟まれた身体に激痛が走り、身体からはヤバい音が響く。

 そして胸の痛みと圧迫で、呼吸が……できない……。

(ヤバ、い……)

 息が出来ず、意識がぼんやりする中、辛うじて圧迫から逃れた両手を石板の縁に掛け、死に物狂いで力をこめる。

「……、……!」

 すると石版全体に氷があっという間に侵食し始め……程なくして板は、粉々に砕け散った。

「ぐ、ぁぁっ……」

 圧迫から解放された後、俺は仰向けの状態のまま両手を胸に当てる。

「ぁ、ぁ……」

 そして、何とか治癒魔術を掛けて、持ち直した。


「はぁ、はぁ……。死ぬかと、思った……。何だ、これは……」

 ぼんやりと、自分を外から見ているような感覚に陥る中、胸の痛みが消えたあたりで身体を起こす。

 石板が倒れてきた方には、押入れの扉が見える。

 横にスライドして開くタイプの扉の片方には、先程俺の方に倒れてきた石板と同じ形の長方形の板がピタッとはめ込まれており、それは押し入れの扉を綺麗に覆い隠していた。

 どうやらさっきの物音は、押し入れの中からのものらしい。

「……」

 自分の身体に現実感がない中、ゆっくりと立ち上がり、押入れの扉に手をかける。


 そして、扉を横に開くとそこには……。

「っ……」

「っ!?」

 ……暗がりの中には、ぎょろりと2つの目。

 暗い中光が入り、白く光るそれと……目が合った。

「ウオァァァァ!!!!? グァッ……」

 ここでようやく、意識が現実に引き戻された俺は、悲鳴と共に後方に飛び退く。

 そして後ろの机に腰をぶつけて倒れ込み、悶絶した。


「連、夜……? 連夜、なのか?」

「ぁ……?」

 目をつぶり、腰を押さえて悶絶する俺の耳には、やっと聞きたかった声が聞こえてきた。


「だ、大丈夫か、連夜!」

「あ、あぁ……」

 その後、俺は情けないことに、押し入れから出てきた陽さんに肩を担がれる形で何とか立ち上がった。

「その、陽さん、は大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ……わ、わたしは……っ!? った……」

 落ちて居る石やらなんやらの破片で脚を痛めたのか、陽さんは左脚を押さえて悶絶した。

「あっ! 大丈夫ですか!」

 俺は即座に、彼女に治癒魔術を掛ける。

 だがその瞬間――。

「ぁ……」

 不意に上を向いた彼女の、顔にあった大きな傷が、綺麗さっぱり消えていくのが見えた。

「っ……」

 それを見た俺は、まずいことをしたのではないかとびっくりしてしまい、魔術を解いてしまう。

 だが魔術が解けたころには、彼女の顔の傷は、足の怪我と共に綺麗さっぱり消え去っていた。

「すまない。助かる……。どうした、連夜?」

「え、あ……。いや、何でも……」

 何でもなくはないし、多分後に陽さんも気付くだろうが、全く余裕の無い返事しかできなかった。

「そ、そうか……」

「……え、えっと! あ! そうだ! よーちゃん! よーちゃんは!?」

 しかも起きた出来事から意識を逸らしたいと思うあまり、咄嗟に思い付いた別のことが口から飛び出す。

「ヨウ、は……。あっ! っ!」

 俺の言葉を聞いた陽さんは浮かない顔を一瞬したものの、何かを思い出すかのような、ハッとした声色を出し、即座に右手を突きだすと、指をパチンと鳴らす。

 すると俺達の目の前には、陽さんと瓜二つの姿格好をした少女が現れる。

 ……現れた少女の顔にも、傷はなかった。


「っ……。はぁ、はぁ……」

 そして現れたよーちゃんはというと、何かに怯えるような仕草を一瞬した後に荒く息をしている。

「よ、よーちゃん……?」

 思わず声を掛けてしまうも、相変わらず彼女は荒く息を吐いたままだ。

「っ!」

「陽さん!?」

 すると陽さんは、苦しそうに息をしきりに吐くよーちゃんを真正面から抱き留め、こう呟いた。

「大丈夫、大丈夫だから……」

「……」

 2人の少女が抱き合う様子を、俺はただただ見つめていた。


 その後、よーちゃんが落ち着きを取り戻した所で、俺達は部屋の外へ出る。

 陽さんはよーちゃんを連れ、恐る恐る外へと歩く。

 よーちゃんは陽さんに支えられながら、同様に外へと向かう。

 2人の息遣いは荒く、普段の調子ではないことは間違いないと思う。

 俺自身も、平常心を保つのがやっとであった。


 そして家から外に出ると……。

「あ、叔母、さん……」

「あ……」

 2人は、家の外で仰向けになって倒れている彼女の姿を目の当たりにしてしまう。

 正直、南無三……しまったと思った。


「叔母さん! 朱里あかり叔母さん! っ!? ぁ……」

「それ」を見て駆け寄ったのは、よーちゃんの方であった。

 彼女は叔母さんを抱き起そうとするも、その身体に触れた瞬間に身体をびくっと震わせ、思わず後ずさりした。

「れ、連、君……。おば、さんは……?」

 顔をゆっくりと俺の方に向け、よーちゃんは尋ねた。

 震える彼女の顔が、見える。

 ……引きつっている、と思う。

「……」

 再びあの体感が体を襲い、口が動かない。

「ね、ねぇ……助かりますよね? ねぇ!」

「……」

 彼女の哀しみが混じった声色を耳にした俺の身体はこのとき、声の出し方を忘れていた。

 震える声を聞いた俺の身体も、意に反してがくがくと震える。

「……、……」

 口がもつれ、息がひゅーひゅーと漏れるばかりで、言葉が紡げない。

「あ、あの、ヨ、ヨウさん……。こ、この人は、もう……」

 まともに喋ることができていない俺の様子を見かねてか、将軍が助け舟を出してくれる。

 ……彼の言葉は、震えていた。

「っ……!」

 その言葉を聞いたよーちゃんは、倒れている叔母さんに治癒魔術を駆けようとする。

「え……」

 しかし、発された白い光は叔母さんの身体の表面で弾かれ、あらぬ方向へと流れていく。

「な、なんで!? 何で!? そんな……」

 自分の力が何の役にも立たないことを悟ったよーちゃんの腕は、がくりとうなだれ――。

「叔母さん! 叔母さん!!! う、ううぅぅぅぅぅぅ!!!」

 その目からは、アニメか何かかと思うくらい涙が溢れ出し、叫びは嗚咽へと変わっていった。


 そして、1人の少女が涙を流す様子を見ていたもう1人の少女はというと。

「わ、わたしのせいだ……」

 両手を顔に合わせ、動揺の声色を上げる。

「はぁ、はぁ……、っ……」

 そしてその息遣いが次第に荒くなったかと思うと、不意に脱力したのか地面に座り込み、そのまま両手を顔に当てたままごろりと倒れ込んでしまった。

「……!」

「陽さん!!!」

「陽ちゃん!」

 俺と将軍、そしてキララさんは、陽さんの下へと駆け寄った……。


 その後、キララさんが呼んだ救急車が到着し、陽さんの叔母さんは気絶した陽さんと一緒に運ばれていった。

 そして搬送先の病院にて、やはりというか案の定……。

 将軍の知見、そして俺の素人判断によって導き出された解が覆ることは……決して無かった。

 医師の『診断結果』を耳にしたとき、俺の目の前は真っ白になった。


 そこから先の記憶は、またしてもあやふやだ。

 気が付くと俺は家の布団の中に潜り込んでおり、どうやって帰ったのか、あれからどうなったのか定かではない。

 居間に降りて父に尋ねるも、「ぼけーっとしてたけどよ、何あったんだ?」と心配される始末。


 そして、俺は再び布団へ潜り込む。


 ……救えなかった。

 ……救える力があったのに、救えなかった。

 いや分かってはいるのだ。

 いくら魔術の力が使えるとはいえ、陽さんの家までビューンと飛べるような力なんて、俺にはない。

 もう30分早く……1本早い電車に乗れていれば……とかも結果論でしかない。

 よーちゃんが消えてからでないと動けなかった時点で、どうやったって救命は不可能だった。

 間に合ってれば救えたなんて、そんなの驕りである。

 そんなことぐらい百も承知だのに……動悸と脱力感が、未だ治まらない。


 これから、どうなっちまうんだろう……。

 あの男達が俺達のことを警察にでもチクったりしたらってのもそうだし、身寄りが無くなってしまった陽さんのこともそうだし、不安なことが多すぎる。

 もしかしたら明日にもあの男達、もしくは警察がこの家にやってくるかもしれない。

 そうなったら学校なんか即退学だろうし、父さんや朝香も……。

「うぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 俺の平穏な暮らしは、どうあがいても終わる。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……」

 俺は涙を流しながら布団に潜って体をがたがたと震わせ、目を閉じ耳を塞ぎながら身を縮ませる。


(寒い……)

 力のせいだろうか。

 毛布にくるまっているのに、体が寒くて寒くてたまらない。

 こんな思いをするのは、真白先輩のとき以来だ。

 目を閉じても眠ることが出来ず、時間だけが過ぎていく。


 身体がようやく睡魔に負けてくれたのは、0時を過ぎてからしばらく経った後のことだった……。

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