少女と影編⑫『キララと昴』
対峙する昴とキララ。
少女と影の物語の結末は……。
少女と影編⑫「キララと昴」
「っ……」
突如和室の空白から、まるで幽霊のように姿を現した黒い髪の少女は、首の後ろに両手を押さえ、その場で腰を落としてしゃがみ込んでいる。
空星さんの後ろに現れた少女の全体像は、俺のいる場所からはっきりと見える。
服装、髪型、体格は、すぐそばにいる空星さんまんまで……まるでコピーしたかのよう。
顔を伏せて俯いているため表情はよく見えないが、漏れ聞こえた声色は、どことなく苦しそうだった。
そんな少女の姿を目の当たりにした将軍は、真っ先に現れた少女の元に近寄り……。
「キララ!!!」
そしてそのまま、即座に後ろから少女を包み込むようにそっと抱きつく。
……髪の色や髪型が全然違うのに、将軍は即座に理解したようだった。
「っ、は、ると……?」
ようやく少女が発したまともな声を耳にして、俺も目の前の少女がキララさんであると認識できた。
「キララ! 大丈夫か!?」
勢いよく抱きついたことで彼女の顔が上がり、将軍の右肩に頭が乗った格好になった。
「……晴斗!? っ、ここは……? っ!?」
キララさんは将軍の右肩越しに周囲を眺める。
どうやらここが空星さんの家で、目の前に空星さんがいることに気付いたようだった。
将軍が大胆な行動に出る中、無言で身体を押さえてじっとしていた空星さんであったが、ここにきてゆっくりと身体を回し、後ろを振り向く。
「っ……」
「……」
瓜二つの少女達の目が、合う。
キララさんの口から、少し息が漏れる。
その刹那、空星さんの方が気まずそうな様子で俯いた。
一方、将軍はキララさんから体を離すと、彼女に向き合う。
「その……だ、大丈夫か!? い、痛くないか?!」
「あ、えと……今は、大丈夫」
「そう、か。良かった……っ!? っ......」
そして、キララさんに何か言いたげにしている様子の空星さんに気付くと即座にその場を離れ、そのまま元の席……よーちゃんの隣にぴしっとかしこまった様子で座り直した。
「あ、えと、その……。昴……」
将軍が急に何かに気付いたような様子で自分の側を離れたことで、キララさんも気づいたのだろう。
空星さんに恐る恐る声を掛ける。
すると……。
「……ごめんなさい!」
「えっ……?」
空星さんは勢いよく、キララさんに頭を下げた。
「貴方……いえ、『キララ』って、呼べばいいのかしら? ……本当に、ごめんなさい。……邪険に、扱ってしまって」
「……」
「辛かったでしょう? 苦しかったでしょう?」
空星さんの身体が、小刻みに震えている。
彼女の姿を視線に収めていると、キララさんも口を開いた。
「それは……昴も同じでしょ? 私が生まれてから1年間の昴の記憶。……今、分かったから」
「でも……。わたくしは、貴方とちゃんと向き合うべきでしたわ。貴方は……わたくし、なのだから」
空星さんは顔を上げ、キララさんの顔を見る。
声色も落ち着いた、むしろ暖かい、優しげなものになっている。
「そう、ね。そう……だった」
だが、そんな空星さんの言葉を聞いたキララさんの反応は、どこか寂しげだった。
「キララ……」
「でも今は、アタシはもう、昴じゃない。空星昴の『影』には、もう戻れない」
そして彼女から出てきたのは、空星さんとの別れ、決別を感じさせるような言葉だった。
「……分かってますわ。……晴斗くん、でしょう?」
だが、そんなキララさんの言葉を、空星さんは否定しなかった。
彼女は将軍の方を一瞬ちらりと見ると、再度キララさんに向き直す。
「っ……」
将軍をそっと一瞥する空星さんの姿を見て、キララさんは恥ずかしそうな、あるいは気まずそうな声を漏らした。
「気になさらなくて結構よ。貴方の選択、わたくしは否定しませんわ。……お幸せに」
「昴……」
空星さんはキララさんをそっと抱きしめ。その体勢のまま顔を再度将軍の方へと向けた。
「晴斗くん」
「えっ」
ここまでのやり取りを無言で、まるで目に焼き付けるように見つめていた将軍であったが、急に空星さんに話を振られた結果、ピンと張った糸が突然切れたかのように身体をビクンと震わせた。
「この子を、見つけてくれてありがとう」
「っ……どういたしまして」
将軍は慌てて会釈する。
その様は、先ほどまでの俺みたいだった。
「この子を、キララを、よろしく頼みますわ」
「……はい」
だが、彼の返事は俺よりはるかにしっかりしていて……格好良く感じた。
将軍が返事を返したのを見届けた後、空星さんはキララさんから離れ、再度彼女を見つめる格好となった。
「それと、もう出ていって、とは言わない。……もう、貴方を突き放したりはしない。そう誓いますわ。……貴方は、ここにいて良いのよ、キララ」
「……ありがとう、昴」
空星さんが再度キララさんを抱きしめ、抱擁を受けたキララさんはそっと目を閉じた。
『……良かった、な……』
「そうですね。オリジナル……」
多分、仲直りしたんだと、思う。
そしてそんな様子を陽さんとよーちゃんは、しみじみとした様子で眺めている。
(だな……)
俺も同じ気持ちだった。
正直、左隣で同じ顔の女の子が抱き合っているのを見るのは複雑な気持ちになる。
だがそんな複雑な気持ちが吹き飛んでしまうくらい、何というか『暖かい』光景だった。
しかし、そんな風に2人を眺めていると――。
「昴……!」
「昴ちゃん……!」
突然、男女2人の声が聞こえたかと思うと、眼前の襖がぴしゃりと開く。
「っ!?」
「お父様、お母様……」
そこには、先程見かけた空星さんのお母さんと。
そしてもう1人……同じく以前倒れている姿で見た、男性が並ぶように立っていた……。
――それから数十分後。
俺達は、キララさんの家を後にし、坂道を歩いていた。
すっかり日は沈み、足元に気を付けて歩かないといけないくらい、辺りは真っ暗だった。
そんなもんだから、各々転ばないよう気を付けつつ、坂道を無言で下っていたのだが……。
「……なぁ、碧」
不意に、将軍が、沈黙を破った。
「ん?」
「何とか丸く、収まった、んだよな……?」
その問いは、先程目の前で繰り広げられた、空星さんの家族のやり取りだろう。
「分からねぇ」
俺はそう答えるしか、無かった。
結論から言うと、俺達が予想していたよりはるかに、事は丸く穏便に……収まった。
空星さんの両親は、空星さんとキララさんに申し訳なさそうな声色で頭を下げてきた。
空星さんに対しては、自分達の理想を彼女に押し付けていたことを謝罪し、自分の好きなように過ごしてよいことを伝え……。
そしてキララさんに対しては、空星さんが高校を卒業するまでの間、この家で暮らしてよいことと、その間の生活を保障することを固く約束した。
そのやり取りを見て真っ先に俺が驚いたことは、空星さんの両親がキララさんを違和感なく受け入れていたことだった。
彼女のことを両親2人は知らなかっただろうに、彼らはキララさんの事も自分の娘として扱い、加えて申し訳なさそうな様子で接していたのである。
そんな彼らの声色から嘘っぽさを見出すことは、俺にはできなかった。
とはいえ俺が見いだせなかっただけで、実際はそうではない可能性も考えられる。
なので「分からねぇ」、としか言えなかったのである。
『彼らが分身体の存在を違和感なく受け入れていたのは意外だったな』
「ですね。親子の縁? 的なもので分かったんでしょうか?」
『いや……どうだろうな。実際に襲われたことで分からされたのか、あるいは何らかの理由で知ったか……』
「うーん、謎いですね」
そして俺同様に、どうやら陽さんとよーちゃんにも分からないようだった。
「……キララが心配になってきた。本当に大丈夫なのか……?」
訝しむ俺達の様子を見たせいか、将軍は不安の声を漏らす。
「だ、大丈夫だよ将軍! 大丈夫だって! ……本当にやばかったら、その、そうだ、晴香さん! 晴香さんに相談しようよ! 空星さんと、友達なんだろ?」
場の雰囲気が気まずくなりそうだと感じた俺は、咄嗟に将軍を勇気づけようと無意識に言葉を紡いでいた。
「あ、そ、そうだな……よく考えれば、姉ちゃんいるもんな。そうだな! 大丈夫だな! その……ありがとな、碧」
「ど、どういたしまして……?」
元気を取り戻した将軍の言葉に気迫された俺は、何とも締まらない微妙な反応になってしまったのだった。
正直、「子供が本当に求めているもの」を与えられていない時点で、空星さんの両親は将軍の両親とは別ベクトルで親テスト赤点感半端ないなと感じるが、まぁ当人達が納得して落ち着くところに落ち着いたので、一旦は様子を見てもいいのではないかと感じる。
引き続きの警戒は必要だと思うが、本当にやばいことになったら晴香さんが放っておくとは思えないし。
そういう意味では、先に晴香さんが助かっていて改めてよかったと感じる。
彼女が居なければ、おそらく解決の取っ掛かりを得ることすら困難だったろうから。
ともあれ、キララさんを再度呼び出してもらうという当初の目的は達成した。
それだけでなく、あの家におけるキララさんの当面の立ち位置を確保できたのもグッドだ。
キララさんがあの家にいられるのは空星さんが高校を卒業するまでだが、その頃には流石に自活の手立てが見つかっていないとそれはそれで別の問題が発生すると思われるため、おおむね妥当であると俺は考える。キララさん自身も空星さんから独立したいと考えているようだったし。
ひとまず、今後の彼らの対応をしっかり注視していきたいところ。
「んじゃ、ここで」
「ああ、またな、将軍」
「またね、一橋君」
『また今度』
そして、将軍の家に続く分かれ道で俺とよーちゃんは将軍と別れ、沼津駅行きのバス停へと向かう。
それから更に数分歩くと、バス停に着く。
バスが来るまで十数分ほどあったため、寒空の中、俺達は並んで立ち、バスの到着を待っていた。
……じっと立って物思いにふけっていると、色んなことが頭によぎる。
……色々な、ネガティブな思いも。
「なんでだろうなぁ……」
「……連君?」
『どうした? 浮かない顔をしているぞ?』
「人のこと言えた口じゃねぇ……」
「ええっ!?」
『んん?』
「前までの俺だったら、絶対空星さんに対して何も言い返せなかったし、あそこでよーちゃんの言葉にアシストせず、見て見ぬふりするのもやぶさかではなかったはずなのに。……いつから俺はこんな、はっきり言うようになったんだ?」
空星さんの言う「影」……認めたくない自分の姿が、キララさんのような開放的な、いわばギャルのような性格をしていること。
そして、彼女の親がいわゆる教育熱心なタイプで、今の将軍のような素行の悪そうなタイプを本来は嫌っているという事前情報から、彼女が抱えているものについて完全には理解できなくとも、何となく察しはついていた。
俺自身、父に何かにつけて怒られては拳まで飛んできた時期がかつてあったので、厳しい親がいると息苦しい気持ちになるのも、何となく分かるのだ。
ともかくそういった、俺自身が経験してきた家庭環境もある意味、あそこで空星さんに「言えた」「やった」理由の一つとも言えなくもない。
だが、勢い任せで言ってしまった結果、後になって後悔で頭を唸らせるのは日常茶飯時。
それ故、時間が経ってからバス停で思索にふけった結果、すっかり内省に暮れる有様であった。
『ふっ……。さてはあんとき、わたしにあんなに言いたい放題言って、自信でもついたかぁ?』
だが、そんな俺が1人内省している様を、陽さんは茶化してきた……っぽい。
怒ってるというよりは、からかっているように今の言葉は聞こえた。
「あ、いやその……あんときは陽さんその……」
正直、陽さん本人からそれを突かれると、気まずい気持ちになる。
『ふっ、あははっ! いや、いい。わたしは気にしてないから、君も気にするな』
「でも……」
「むしろいい傾向なのでは? 確かに連君、変わった気がしますよ?」
「そうかなぁ……自信がない」
今思い返しても、やはりあれはクサいし、恥ずかしい……。
「人間そんな急に変わったりはしません。ほんのちょっとだけ変わったのだと、私は思います」
「それがいい傾向ってことか」
「はい」
『だな』
だが、そんな穴があったら入りたい、というような気持ちも――。
「そうか……そうだな……その、ありがとう、陽さん、よーちゃん」
「『どういたしまして』」
――よーちゃん達と話していると、まるでちっぽけな、些末なことであるように思えた。
1人で色々考えこんでいると、段々と思考がネガティブのループに入って行ってしまうのだが、彼女達2人と会話しているとそれが軽減されるというか、思考の泥沼から抜け出せるというか……。
これを何と表現すればよいのかは難しい。
だが、1つはっきり思えることは……。
(2人と友達になれて、良かった……)
とまあ、キララさんと空星さんの件についてはそんな感じで落ち着いたが、今回の一件ではそれよりも重要なことが明らかになった。
それは無論、怪人:黒仮面、そしてその素顔のことである。
キララさんに腕輪の力を渡したのは、やはり黒仮面で間違いなかった。彼女と戦う前のやり取りでおおよそ分かっていたことではあったが、復活後のキララさんに念のため再度確認した。
将軍同様のやり口で接触されて力を貰い、俺を襲うように指示を受けていたそうだ。
ただ、キララさんの家に着く前に襲われた謎の集団については彼女も知らないようだった。
黒仮面の素顔についても、陽さんから伝えられたとき驚いていたので、こちらも知らなかったと思われる。
キララさんの証言で得られた情報はそんなところだ。
得られた情報は正直将軍のときと大差ないのだが、2回目が起きたという点が重要だ。
流石にここまできて、全部が独立した出来事と考えるのは無理がある。
将軍、キララさん。そしておそらくは真白先輩。
ここまでの流れ……確実に裏で手を引いている奴が居る。
そしてそいつは先輩、陽さん、空星さんと同じ「分身体を生み出す力」を持っている。
その正体が、沼津の市長……なのか?
……本当に?




