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少女と影編⑪『少女の陰』

晴斗は昂に、「キララを呼び出して欲しい」と頼み込む。

だが、昴はそのことに消極的で……。

少女と影編⑪「少女の陰」

 先の死闘から数日後の放課後。

 俺、よーちゃん、将軍の3人は、岡宮にある空星さんの家に再度足を運んでいた。


 来訪の目的は、ただ一つ。

 空星さんと話をして、キララさんを再度呼び出してもらうためである。


「ごめんくださーい!」

 将軍が玄関のチャイムを鳴らす。

 部活後に来たため日が沈んだ後の黄昏時だったが、前来たときとは違い、家に明かりがついている。

「はーい!」

 すると女性の声が聞こえる。

 しばらくした後、ガラスのはまった引き戸がガラガラと音を立てながら横にスライドし、妙齢の女性が姿を現した。

 その姿は、先日ここに来たときに見た、キララさんの攻撃を受けて倒れていた内の1人だった。

「あら……」

「こんにちは、おばさん」

 空星さんのお母さんに対し、将軍は普段の彼らしからぬきっちりした態度で一礼する。

 着ているブレザーも、いつもと違いズボンをきちんと履いている。

「その、空星さん、居ますか?」

 将軍が恐る恐る尋ねると――。

「っ、……。昴ちゃんなら、もうすぐ帰ってくるわ。晴香ちゃんから、聞いてる。昴ちゃんに……用があるのよね?」

 空星さんのお母さんも、将軍同様に恐る恐る回答してきた。


(ぎこちないやり取りだな……)

 キララさんのお母さんは、腰が低いというか……自信なさげに縮こまっているような声色だった。

 前評判から教育熱心な母親という印象があったので、服を整えているとはいえ相変わらず髪型のチャラい将軍に対し、手厳しい言葉をぶつけてくるのかと思っていたので少し拍子抜けした。

(でもまぁ、娘があれだけのことをやったわけだしなぁ……)

 キララさん曰く、キララさん自身を「空星さん」と認識し、代わりに空星さん本人の姿声を認識できないよう、何かしらの力を空星さんの両親に掛けて貰ったのだという。

 そしてそのように認識させられていた彼らの主観からすれば、それまで大人しく自分達の言う事を聞いていた「娘」がある日突然キレて、自分達を得体の知れない力で半殺しにしてきた、ということになる。

 なのでそれを経て、何かしらの心境の変化があってもおかしくはない。

(そういや、空星さんの両親に掛かってた力はどうなったんだ?)

 キララさん曰く、そんな認識を改変する力を怪人:黒仮面は持っていたのだという。

 黒仮面は俺達が下したものの、そのまま姿を消してしまったので、その辺はうやむやになってしまっている。

 とはいえ今のやり取りを見る限り、現在の空星さんのお母さんは空星さんの姿を認識できているようなので、黒仮面を倒した、あるいはキララさんが死んだことで術が解けたのかもしれない。

(その辺も、おいおい空星さんには確認した方がよさそうだな……) 

 そんな風に俺があれこれ考えている最中も、2人のやり取りは進んでいく。


「はい。会わせていただいても、よろしいでしょうか?」

 将軍は即答し、再度一礼する。

「分かりました。ここで待たせるのもあれですし、上がってくださいな」

「ありがとうございます」

 空星さんのお母さんに案内されながら、俺達は家の中へと入っていった。


 その後俺達は家の一室、応接間のような畳敷きの和室に案内された。

 部屋に入った途端、畳のいい香りが鼻に入ってくる。

 和室は入口から見て縦長な形をしており、広さは6畳。

 床には畳が綺麗な祝儀敷きで並べられている。

 部屋の中央には木製の長方形型のテーブルがあり、それは和室の入口に短辺を向けている。

 テーブルを囲むように座布団は長辺に2枚、短辺に1枚の計6枚並べてある。

 6枚ある座布団の内、入口から遠い側の短辺に俺が座り、入口から見て左側の長辺に奥から将軍、よーちゃんがそれぞれ座る。

 将軍は正座で、よーちゃんは脚をテーブルの中にだらりと伸ばした座り方。

 そして俺は、胡座であった。


 各々座った状態で、無言で空星さんの帰りを待っていると、玄関がガラガラと開く音が聞こえてくる。

 そして程なくして応接間の襖が開き、黒髪の少女……空星さんの姿が現れた。

「貴方達は……」

 空星さんは俺達を一瞥する。

 入口から正面の位置に座っていたため、空星さんの全身がはっきりと見えた。

(確かに似てるな……)

 声色といい顔のパーツといい、本当に髪以外、キララさんと瓜二つで。

 彼女がキララさんの「オリジナル」であることを、否応なしに理解させられた。

「っ……」

 そしてそんな風に考えていた中、不意に彼女と目が合う。

(あっ……)

 視線が合ったことで気が動転した俺は、座った姿勢のまま無言で素早く、そしてぎこちなく会釈した。

「こんにちは、昴さん」

 よーちゃんは座った状態で、軽く挨拶を交わす。

「こんにちは、空星さん」

 将軍はよーちゃんに続くように挨拶する。

「こ、こんちゃ……」

 俺も2人に釣られる形で慌てて言葉を発したが、舌がもつれて滑舌の悪い挨拶となった。

(恥っず……気まずい……)

 俺だけ浮いた感じになり、いたたまれ無い気持ちになった。

「それで、何の用ですの? と言いたいところですけれどその……こほん!」

 空星さんは咳払いをした後、顔を将軍の方に向ける。

「晴香から聞いてますわよ。晴斗くんが、用があるんですのよね?」

「はい」

 将軍は一言、簡潔に答えた。

「そう……」

 空星さんは部屋の中に入ると、そのまま将軍の真正面の座布団に正座する。

 2人は、俺を間に挟んで向かい合う位置になった。


 空星さんが座り終えたのを見届けた後、ついに将軍が本題を切り出す。

「空星さん、その、お願いします! キララを……空星さんの分身体を、呼び出していただけませんか?」

 将軍は腰に手を当て、空星さんに頭を深々と下げた。

「キララ、というのは、わたくしの『影』のこと?」

「はい、そうです。お願いします!」

 再度将軍は頭を下げる。

 だが……。

「晴斗くん。申し訳ないのだけれど、それはお断りいたしますわ」

 空星さんは将軍の方に右手をそっと突き出すと、首を左右に振った。

 明らかな拒絶の仕草である。

「あの、でも! その……キララと約束したんです! 一緒に居場所を作ろうって!」

 将軍は食い下がる。

 ……まあ、当然だろう、と思った。

 大切な人を守るためなら、なりふり構わない。

 それを俺達は、一度目の当たりにしている。

「空星さんや、おじさんおばさんには迷惑かけさせません! だから……っ!」

「っ! それでも……!」

 空星さんの口から、言葉と共に荒い息が漏れる。

 身体を震わせている彼女の声色からは、将軍のそれと同じく、絶対に譲れない想いを感じたような気がした。


(やっぱこうなるよな……。こーれ、どうすんだ……?)

 2人がにらみ合い、会話が膠着状態に入ったそのとき――。


「あの……ちょっといいですか?」

 よーちゃんが空星さんに対し、恐る恐る手を挙げた。

「っ、貴方は……」

 空星さんは訝しむような声色と共に、顔をよーちゃんの方に向ける。

 そして空星さんに睨まれる形になったよーちゃんはというと、毅然とした態度でこう尋ねた。

「キララさんは、昴さんにとって、忌まわしき『影』なんですよね?」

「ええ! そうですわ! あのような存在が、再び現れることなど、わたくしとしては到底容認するわけにはいきませんわ!」

 空星さんは両手で机を叩いたが、力が弱かったのか、それはバンッというよりはむしろコツン……というような、何とも形容しがたい間の抜けた音であった。

 その一方でよーちゃんはというと、そんな響きを一切気にかけず、真顔で空星さんに語り掛け続ける。

「でも、彼女は確かに昴さん自身の中にあったものなんじゃないんですか?」

「っ!?」

 空星さんに突き刺さるような言葉を、何の躊躇いもなくぶつけていく。

「その反応を見るに、図星、ですよね?」

「……だとしたら何だっていうの?」

 内心を見透かされたのか、空星さんの声色に、苛立ちや怒りが混ざってきているように感じられた。

「だとしたら、今昴さんがやろうとしていることは、『自分の中に確かに存在していた心と向き合わず、逃げてること』じゃないんですか?」

「っ! 貴方に、何が……」

 ……もう完全に、不快感の色だ。

 ぶっちゃけ俺だったら、空星さんに机を叩かれた時点で何も言い返せなくなり、そのまますごすごと引き下がるより他なかっただろう。

 だがよーちゃんは違う。

 ……本当にすごいと思う。

「確かにこのまま彼女を呼び出さないでいるという選択肢もあると思います。でもそれをしたところで、昴さん自身の現状は何一つ変わりません! 『目の前の在り様から目を背けて、そして逃げてるだけ』なんですよ!」

『っ、その言葉は……』

 ここまで、ずっと無言で見守ってきた少女の沈黙が破られる。

 その驚きの声が、受信機越しに左耳から聞こえてくる。

 ……さっきよーちゃんが言った言葉には、俺も覚えがあった。

「っ! 貴方に、一体わたくしの何が分かるんですの!? わたくしがどんな思いをしてこれまで過ごしてきたか!!!」

 空星さんは右腕をバッと左から右へ薙ぎ払うように動かした。

「分かりませんよ! 貴方の事情なんて」

「っ……!」

 ここに来て、とうとうよーちゃんの声が今まで聞いたことのないくらいに荒ぶりだした。

 それを聞いた空星さんは思わずたじろぎ……そして俺も……。


(こっわ……)

 ドスの効いた陽さんの低い怒りの声とはまた異なる、別ベクトルの高い怒りの声。

 陽さんのそれが下からグリグリ突き刺してくるようなものだとすると、こちらは上からパァーンと叩きつけてくるような、そんな感じの声色だった。


「完全に理解なんかできないんですよ! ……誰も」

 だがそんな怒りの声は一瞬で納まったかと思うと――。

「自分を分かってあげられるのは、『自分』だけですよ……」

 その次にはそっと諭すような、哀愁に満ちたものに変わっていった。

「っ……」

 空星さんはか弱く息を漏らすと、顔をそっと伏せた。

「……すみません、出過ぎた真似をしたことは重々承知の上です」

 意気消沈した様子の空星さんに対し、よーちゃんは軽く会釈する。

「でも貴方のやろうとしていることについて、身に覚えがあります。だから私は、どうしてもそのことを伝えておきたかった。……それだけです。昴さんが後悔しないというのであれば、私はもう何も言うつもりはありません」

『……』

 よーちゃんが言葉を打ち切った直後、耳の痛い話だったためだろうか。

 陽さんの気まずそうな息遣いが左耳から再度聞こえた。

「わたくしは……」

 そして、よーちゃんの話を一通り聞き終えた今の空星さんの声色からは、迷いが見えた。


(……!)

 そしてその姿を見たとき、俺の脳裏に言葉が浮かび――。


「……あの、空星さん。俺からもいいですか?」

「……?」

「……碧?」

『「……」』

 それは俺の口から、不意に飛び出していた。


「すぅーっ、はーっ……」

 それまで黙っていた俺から出た言葉は、周囲の視線を一挙に集める。

 俺は緊張から思わずわざとらしく深呼吸してしまうが――。

「……ここで迷うってことは、空星さん自身、後悔してるんじゃないんですか?」

 ――何とか、話を続ける。

「……」

 ……空星さんの反応は、微妙だ。

 ……気まずさを何とかしようと、必死に頭を回す。

「えと、えーっと……その! はっきり言います! あーっと、ん……空星さん! さっきの……将軍の頼みなんて、ぶっちゃけ聞かなくていいです! 言っちまえばあんなん、将軍自身の、下心満載のエゴなんで!」

『……』

 左耳から、何かを考えこむような、あるいは考えこみながら見守っているような息遣いが聞こえた。

「なっ! おい、碧! っ……」

 俺の言葉を聞いた将軍は声を荒げるも、俺が言ったことについて自覚はあるのだろう。

 申し訳なさそうな声色と共にすぐに黙ってしまった。

 ……まぁ、そういう面が全くない訳なんてない。

 将軍はキララさんのことが……なんだから。


 ただ、その後に伝えようとしていることこそ、俺が一番伝えたいことだ。

「っ……」

 さっきまで俯いていた空星さんが、顔を上げる。


 ……俺と、目が合う。

 ……身体に、力が入る。

 ……震える。


 ……でも、ちゃんと、言うんだ。


「でも、その、将軍の頼みは聞かないにしてもですよ? ただ……その、『自分自身の心と向き合ってあげる』くらいはいいんじゃないすかね? それは別に、キララさんを呼び出さなくたって、できますよね?」

「っ……!」

 陽さんに考えをぶちまけたとき以来に息が苦しくなる。考えが上手くまとまらない。

 それでも、俺は、何とか言葉を脳内から紡いで出力することを止めなかった。

「よーちゃんの言う通りで、結局は自分と向き合ってどうするか決めなきゃ、何も変わりませんよ。これは空星さん自身の問題でもあるんで」

「わたくし自身の、問題……」

 ようやく、食い付いてきた。

 話の取っ掛かりを掴んだことで、頭の中にかかっていたもやが、ゆっくりと晴れていくような気がした。

「そうです。そんことに目ぇ背けて、後でツケ払う羽目になんのは空星さん自身です! ……少なくともそれは確かだと、俺は思いますね。もしかしたらもう、身をもって体感したのかもしれませんけど」

「……」

「あ、でも、そだ! もし、今、助けて欲しいってんであれば、遠慮なく俺達に相談してください! ご家族の問題を今すぐどうにかできるとは思ってませんが、悩みや愚痴くらいは今すぐにでも、いくらでも聞けます! ね、よーちゃん? 将軍!?」

「は、はい……」

「ああ……聞きますよ! 空星さん!」

 突然の振りだったが、2人は対応してくれた。

「……何で、そこまで?」

「あーそりゃあ……。まぁ俺も、もうこの話に1枚噛んじまっているし、ここで放置したら絶対に後で後悔すると思ったんで。……もう俺は、後悔、したくないんで」

 俺の頭に、在りし日の自分の後ろを付いてくる、『あの子』の姿が脳裏によぎった。

「後悔……」

「なので、最後まで付き合いますよ、空星、昴さん。どうかよろしく、お願いいたします」

 最終的に俺は、この少女の問題に付き合うことを、彼女のフルネームで呼び、そして一礼することで決意表明した。


 正直、「安請け合いすぎやしないか?」と思わないと言ったら嘘になる。

 また、部外者の俺が、彼女の抱える問題に安易に踏み込むべきではないとも、正直思っていた。


 だが……何というかその……そうやって並べたいかにも「正しそうなこと」が、俺にとっては単に「やらないための言い訳」になっちまってるような気がした。

 それに、先陣を切ったよーちゃんの物言いから「貴方にとことん付き合いますよ」という雰囲気を何となく感じ、彼女を援護したい……助けたい気分も、あった。


 ゆえに俺は、空星さんに、「言った」。

 そして、彼女の問題をズバッと解決する……というのは難しいにしても、せめてもの思いで逃げずに向き合うことを「やる」ことにしたのだ。


 ――俺が一礼してから、1分くらい経ってからだろうか。

「……はぁ」

 空星さんは目を閉じ、軽くため息をつく。

「自分と向き合わなかった、ツケ、か」

 そして座った状態で、両腕で自分の身体をぎゅっと掴む仕草をする。

「……空星さん?」

「……」

 正面に座っている将軍が心配そうに声を掛ける中、彼女はそのままの姿勢で、身体を小刻みに震わせた。

 すると……。


「「『「……っ!」』」」

 空星さんの背後に、突如彼女と同じ髪型、服装をした黒髪の少女が、すうっと姿を現したのだった。

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