彼女とふたり、たおやかに
延々と、彼女の寝顔を見ていた。
昼下がりの陽光に照らされたスノウの寝顔。
遮るものも少ない昼の陽射しの眩しさを、全く感じていないかのようにぐっすり眠り続けている。
深く眠っている。何時も通り。
何時も通りなら、このままでも目覚めはしないだろう。けれど。
コアイは着ているローブの袖を持ち上げて、彼女の眼前に日陰を作ってやる。
彼女の寝息、表情は……僅かにも乱れない。
それでも、コアイは姿勢を変えないでおく。
彼女のために腕を出している、それが嬉しくて。
そのことが、彼女の存在を一層強く実感させて。
コアイはそのまま、心ゆくまで……彼女が安らかに眠る様子をのんびり眺めていた。
窓の外では徐々に日の照りが弱まり、少し冷たい風が寝室へ吹き込んでくる。
しかしそれも、彼女の眠りを妨げるほどではなく。
コアイは身体を動かさず、ただ彼女の眠りに寄り添っていた。
窓の外では徐々に日が西へと傾いて、少し柔らかな赤焼けが彼女を色付ける。
やはりそれも、彼女の眠りを妨げるものではない……
コアイはそう考えて、酒に酔ったときにも似た彼女の顔を眺めていた。
と、紅に染まった彼女の瞼が微かに揺れた。
「んっ……あさ?」
瞼が揺れたのに連れて、口が動いた。
辺りはどこも、朝の色ではない。夕焼けとは無関係な目覚めに、十分に眠れたことを自覚して呟いたのだろうか。
「おはよう、スノウ」
そんな彼女に、コアイは何時も通りに声を掛ける。
「あ、おはよ、王サマ」
コアイの声に反応したのか、彼女は目を見開いて視線をコアイへ向けながら言葉を返す……
言い終えて直ぐに、コアイの顔へ手を伸ばしてきた。
「ん〜……ふふっ」
彼女の丸い瞳がコアイの目を、柔らかな手が頬を捕らえている。
あたたかい。
手は触れた頬を、瞳は触れることのない胸の奥底を灼いている。
普段なら、唇を寄せて触れようとしている仕種。
だが、彼女の手も顔も一向に動かない。
コアイを引き寄せるでもなく、コアイへ近付いてくるでもなく。
コアイを捕らえたまま、彼女はじっと見つめていた。
彼女の瞳がひどく潤んでいる。
どうしたのか、と問いたい。
触れたいのなら、触れてくれれば良い。いや、むしろ触れてほしい。だから。
けれど胸がつかえて、声が喉まで届かない。
言葉も通せない喉が、胸がただ灼けていく。
ただ見つめられて、手を添えられているだけの時間……身も心も焦れていく。
そんな二人の意識を、乾いた音が引き戻す。
「陛下、陛下……お目覚めですかな?」
寝室の扉を叩く音ののち、扉の外から嗄れた声が聞こえる。
「ソディ殿か、どうした」
コアイは声の主が老人ソディだろうと察し、ベッドを降りて声に応えた。
「お食事をお持ちしました、召し上がられますかな?」
「そうだったな、入るがいい」
コアイはまだ胸が高鳴っているのを自覚しつつも平静を装い、ソディを招き入れる。
「それでは失礼いたします、また御用がありましたらお呼びくだされ」
ソディは給仕を伴わず一人で寝室に来たらしく、料理を一通り卓に並べて去っていった。
料理を供するだけなら、他の者に任せても良さそうなものだが……今それを考えるものではないだろう。
今は彼女に酒食を振る舞い、兎に角喜んでもらいたい……
「さて、先ずは食べようか……飲み過ぎないようにな」
コアイは卓の一席に着き、スノウを呼ぶ。
「えっどうかしたの? 最初に言うのなんか珍しいかも」
彼女は軽く笑いながら、跳ねるような速さでコアイの隣に座った。
「ん? ああ、あとで見せたいものがある」
珍しい……だろうか? 普段から、泥酔しないよう言っている気がするが……
コアイは少し引っかかりを感じたが、それは一旦呑み込んで彼女に杯を渡す。
彼女が杯を受け取ったのを確かめて、酒を注いでやるが……
「えっと……ごめん! 今日はちょっと……」
彼女は空いた片手を口元で縦にして、苦笑を浮かべ……
「ガッツリ飲ませて!」
コアイが注いだ酒を、直ぐに飲み干していた。
「呼んでくれたばっかでごめんけど、ヤケ酒させて〜……」
自棄酒……なにやら辛いことがあったらしく、痛飲して一時でもそれを忘れたいらしい。
「……分かった」
彼女がそう言うなら、コアイはそれを止められない。
コアイは彼女の気が済むまで、酒を飲ませてやることにした。
「うへへ……酔っぱらった〜」
供された料理を酒の肴に、全て平らげた頃……スノウはすっかり泥酔したのか、酒臭い息を吐きながらコアイにもたれかかっている。
「た〜のしいねえ、いつもありがとねえ」
彼女はコアイの片腕を取って抱え込む。
互いの身体がいっそう近くなって、酒臭いのは息ではなく彼女の全身全てだと気付いた。が、コアイは何も言わないでおいた。
「ふふ、ほんとすきぃ」
それを知ってか知らずか、彼女は酒で火照った身体をコアイに預けている。
それがあたたかくて、何も言えないでいた。
ただ、彼女の顔を見ると……夕べには丸く潤んでいた瞳が力なく閉じそうになっている。
今にも寝てしまいそうだ、なれば此処よりも楽に寝かせられるように……
「ん〜……?」
コアイは片腕を取らせたまま、もう一方の手で彼女を抱き上げた。
「王サマのからだ……王サマのにおい」
そして直ぐにベッドに寝かせてやったが、腕を離してもらえない。
やむなくそのまま、コアイも寝転がった。
そうしたところで、ふとコアイは笑みをこぼし……その一瞬だけ、彼女の手が緩んだ。
「王サマがいる〜……」
それに気付いたとき、彼女は既に体勢を入れ替えていて……コアイの身体を抱き締めていた。
また彼女の顔は、コアイの胸元にしがみつくかのように密着していた。
「……ごめんね、ワガママ言って」
彼女は微かに震えているのだろうか、少しくすぐったい。ただ、それ以上の動きはなかった。
コアイも、そこから動かない彼女の姿に何となく……頭のあたりに手を添えて、動かさずにいた。
しばらく無言でそうしていると、滴がいくつか胸元に触れて……ベッドへ伝って溢れていった。




