彼女とふたり、そよ風の内
なんとなく、手に取って広げてみた。
自分の物でないと、解ってはいるが。
コアイは一人……薄紅色をした布の一端を机上の衣装箱から持ち上げて立ち上がり、腕を前に伸ばす。
布地は自然と垂れ下がるが、地面にまでは届かない。
先に自分で身に着けた、淡い紫の衣装と同じくらいの長さだろうか。
長さ自体はほぼ同じ……ならば背丈の差の分、コアイのものよりも大きく身体の上下を覆う作りになっているのだろう。
一先ず着丈については、スノウの希望に添えたもの……の、はず。
コアイは床の辺り、つまり衣装の下部に目が向いていた。そのためか、下部で布地が随分かさばって見えることに気付いた。
そのことは、この衣装が彼女の求める……腰から下が柔らかく膨らんだ作りとなっていることを表しているのだろう。
と、コアイは先日着てみた己の衣装の、身体にぴったり纏わり付くかのような……動き辛さを感じるほど余裕のない作りを思い出す。
あれを違わず仕立てたことを思えば……腰回りを膨らませる分には、なんの問題もなく象れるか。
寸法さえ分かっていれば……各人の身体に合わせた象りで仕立てることなど造作もないのだろう。
問題は胴回りの意匠か。あの本に描かれていたような、細やかで密な模様を再現できているだろうか。
手にしていても、良く分からない……彼女に着てもらって、確かめるしかないか。
なんにしろ、腕の良い職人達らしい。職人達を見つけ、集めてくれたソディに感謝すべきか。
あの老人に頼んでおけば、大抵のものは手配してくれる。それで手に入らぬものがあったときには、自ら探し求めれば良い……
そう、手に入らぬもの……例えば彼女の姿。彼女の存在。
コアイは手にしていたスノウ向けのドレスを、衣装箱にそっと戻し……彼女を喚ぼうとした。
そのために懐へ手を入れて、彼女の私物を一つ取り出そうとした……ところで、冬の冷えを感じさせない温い風が部屋へ吹き込んだ。
思っていたより早く、冬が去った……と、いうことは。
コアイはスノウを喚ぼうとしていたが、風に吹かれてふと思い付き……考えを改めていた。
春が来たならば、もう一度タブリス領南の森へ向かい……かの白糸のもととなる木を取りに行くべきではないか、と。
コアイはソディを呼び、馬と森沿いの村で長に渡す手間賃を用意させた。
そして南へ向かい、湿け森を抜け、目当ての木を得てきた。そこまでは良かったのだが……
その旅程のうちで、コアイの脳裏から彼女が、あるいは彼女へ贈る衣装のことが消え失せることはなかった。
ずっと、どちらかの……またはドレスを着た彼女の姿が頭から離れなかった。
そのため、本来はもう一往復くらい村から湿け森の先へ行くのが良いところを……ついつい、直ぐに居城へ戻ってきてしまった。
このときのコアイには、彼女に逢いたい欲求を……堪えることができなかった。
とはいえ。
このときはまだ、コアイ以外の……例えばスノウにとってはまだ寒い時期であった。
この時期に一度南方へ向かってから喚び出すことで彼女に春の暖かさを実感させ、またドレスを着せても寒さを感じさせずに済んだのだが……それは、コアイの意識の外の話。
「おや陛下、もう戻られるとは……お早いお戻りですな」
城門の前で出迎えた老人ソディは、何時も通りの笑顔をしているが……コアイの帰還が普段より早いことに気付いているらしい。
「……悪いか」
しかしコアイには上手い言い訳の用意もない。
「いえ、陛下がご無事なれば、それで十分です」
ともすれば毒づいたようでもあったコアイの物言いに対し、ソディは笑顔を崩さぬまま答える。
「食事と酒の用意を頼みたい、二人分を」
そんなソディの態度が理由かは分からないが、コアイは素直な心地で頼み事を口にしていた。
「承知いたしました、なれば湯浴みの準備もいたしましょうかな?」
「ああ、頼む」
コアイはすっかり気を良くしたのか……寝室への足取りは軽く、顔もにやついているのを自覚しながら歩を進める。
そして勢い良く寝室の扉を開け、誰もいない部屋の中で彼女が待っているかのような高揚を覚えて意味も無く駆け込む。
「さて……」
やはりというか、当然彼女はいない寝室の中。
そのことも、独り言をこぼしたことも気にはせず……コアイはベッド脇の机に並べてあるスノウの私物を物色した。
今日はどれを召喚に使おうか。
いずれも使えば、彼女の代わりに消えてしまう。
失くしてしまうのは惜しいが、代わりに彼女そのものを喚べるのだからやむを得ない。
中にはこちらの世界では見かけない珍品もあるが、彼女を喚ぶためなら惜しくもない。
でもせめて、目には焼き付けておこう。
コアイは自ら描いた召喚陣に彼女の私物ひとつを呑み込ませ、代償に彼女の存在を得た。
呑気な寝顔で床に横たわる彼女を両手に抱えて、そのぬくもりに彼女の存在を感じる。
それを感じながら、彼女の安らかな眠りが壊れぬように優しくベッドへ寝かせた。
その隣にコアイも寝転がり、彼女の存在を感じながら……それを感じていられる己の歓びを感じながら。
今回も更新が遅くなり、申し訳ないです




