異世界第18話
5頭の竜に乗った竜騎士団は、ウィンチェスター城から国境の北東に位置する隣国へ向かっていた。
全長20メートルはある巨体の竜は、炎の様に赤い色をしている。その赤竜を先頭に、半分程の大きさで褐色色の竜4体が、左右に均等に広がって飛んでいた。
竜の速度は飛行機さながらで、もの凄い風圧だ。
団長は風魔法の使い手で、風圧で死なないよう皆んなにシールドの魔法をかけている。
先頭の赤竜には竜騎士団団長と外交官が一緒に乗っていた。
「あ…あとどれくらいで着くのかね?!」
いつもは馬車移動なんだろう、急な国王陛下の命令で竜に乗らざるを得なかった様だ。
ヒョロッとした体格の中年外交官の男は、恐怖に震えながら質問した。
「あと小1時間で着くと思いますよ…いや、絶対に着いてみせます」
体格の良い団長は中年外交官の男が落ちないように、後ろからガッチリホールドするような形で竜の手綱を掴んでいる。
2人共違う意味で早く着きたいのだろう。
飛び立ってから30分程経った頃、竜達が動揺しているのが伝わった。どうしたんだ?と思ったら、正面から1頭の竜がこちらへ向かってくるのが見えた。
その竜の鱗は黒く、遠目から見ても団長の赤竜より遥かにしのぐ程大きい。なんとも禍々しい…。
「黒竜……嘘だろ?!」
「ひぃ!ひぃいいいい!!!」
「げ…厳戒態勢だ!皆杖を持て!!」
中年外交官の男はパニックになり団長にキツクしがみつく。
団長はいろんな意味で動揺したが、素早く部下に指示をして、竜騎士団4人は警戒態勢に入った。
竜のスピードを緩めてフォーメーションをとり、団長は皆んなのシールドを最大限に強化する。他の4人も携帯していた杖を取り出し魔法発動の詠唱を唱え出した。
黒竜…数ある竜の中でも最強の力を持つと言われている伝説の竜。
このあたりは竜の住処ではないはずだと思い返すが、出会ってしまっては仕方がない。
初めて見た黒竜に皆恐怖し、団長は中年男に抱きつかれながら、死を覚悟した。
黒竜のスピードは変わらず、こちらへ向かってくる。
そしてそのスピードのまま彼方へ通り過ぎてくれと願う竜騎士団達の目の前で、大胆にもその黒い巨体は急停止した。
その勢いと爆弾の様な強風と迫力に、恐怖で詠唱が止まった者もいれば、1人は杖を落としてしまった。皆んなゴクリと唾を飲み、頭の中を死が横切る。
そんな中…
「あっれ〜?もしかして、ウィンチェスター王国の使いの方でしたか?」
目を見るだけで人を殺せそうな黒竜の横から、ヒョッコリと1人の男が顔を出し、敵意も緊張感も全く無い声で話しかけてきた。
20代前半だろうか。金髪の髪はフワッとした癖毛に、エメラルドグリーンの瞳はどこまでも真っ直ぐで純粋な輝きを帯びていた。あどけない顔と声とは裏腹に、竜の手綱を握る腕は太くて良く鍛えられている体に見える。
「いかにも私達はウィンチェスター王国から参ったが…あなたは?」
「あ、やっぱり?ごめんなさ〜い!ホワイティアがうるさくて、先にウィンチェスター王国に向かっちゃったんです…え?いや、うるさいとは言葉の綾で…分かった、ごめんごめん!許して下さい!
……あれ?どこまで話したっけ。…ま、そうゆう事で!俺たち先に向かいますから!」
男は笑顔で訳の分からない事を言って、勢いよくウィンチェスター王国の方角へ向かって行った。
「………俺ちびっちゃった」
1人の騎士は呟く。
団長は全く覚えが無いが、股間から太ももにかけてやけに冷たい気がした。まさか‥。
中年外交官の男はぐったりと失禁していた。
………。
頭を抱えつつ、風魔法で自分と中年男の股間周りを乾かし指示をする。
「杖を落とした奴、拾ってから直ちにウィンチェスター王国へ戻り、この事態を伝えろ!!残りはこのまま予定通り進む!」
「「は‥はいっっ!!」」
苛立った団長は頭を整理して考える。
あの出で立ち、黒竜を使役する力…
まさか……!!
―――――
エヴァ達はハンス侍医に続き上の階へ登る。
口元に布を巻きつけるのは息苦しくて嫌だけど、ハンスさんにお願いされてつけることにした。
クロードは我関せずの態度だったが、私が強制的につけさせた。
おそらくここは伝染病の患者を隔離している塔だ。
王宮の医師としてハンスさんは地位も高いのに、危険な最前線へ自身が乗り込むなんて…。
腰が低く真面目で度胸もある素晴らしい医師の指示に逆らえる訳がないよね。
くっ…しかし、フィンセントも布で口元を隠してしまった。
これでは笑っても分からないじゃないか!
ぬぬぬ……一刻も早く患者を助けて、フィンセントの口元の布も笑わない顔も両方取り払わなければ!
上の階には部屋が2つある。
ハンス侍医が片方の扉を開けた瞬間、フィンセントの笑顔を引き出す事しか考えていなかったエヴァの頭は一転した。
室内は口元の布を通しても薬臭く、窓は閉まりきっていて、肌にまとわりつく空気が変わったのがわかる。
そして手前のベッドに横たわっている衰弱した女性が、咳き込みながら血を吐いていた。
エヴァが驚いて戸惑っていると、フィンセントがその女性の名前を呼び、駆け寄って背中をさすった。
「ここの部屋には女性が2名、隣の部屋に男性が6名。
……全員、私達医師から見放された患者です…。
病名は癆痎。治療法の確立していない伝染病です。この様な危険な場所へ、公爵家のご令嬢であるエヴァーミリアン様をお連れしてしまい、誠に申し訳ありません。全ては私の責任。どのような処分も受ける覚悟はございます」
ハンスは自分の無力さに悔やみ、苦しそうに顔を歪めている。
よく日本の医療ドラマで観た上層部の医者は、権力と欲望にまみれたとても医者とは思えない人間ばかりだったけど、ハンスさんは本当に立派な人なんだな…。
「いえ、患者を診ると決断したのは私ですから。そして必ず治してみせます。逆にハンスさんには感謝しかしていませんよ」
その言葉にハンス侍医は驚いて口をポカンと開き、真面目な顔つきが崩れた。
言った後で、とても3歳の台詞ではない事に気付いたが、最近ではそういうのを気にするのはやめた。
真剣な人の言葉には真剣に返したい。
そして、この人はきっと大人びた発言をする私に変な目は向けない気がする…多分だけど。
「……流石ルイス殿下のご友人ですね。ふふ、ありがとうございます。患者への治療、是非宜しくお願いします!!」
ほら、ね?
少し温かい気持ちになったエヴァと、エヴァを見て微笑むハンス侍医は、フィンセントが背中をさすっている患者の元へ向かう。
女性は咳が落ち着いてぐったりとしていた。
フィンセントは血が溜まっている桶を洗いに向かう。
「ハンスさん、フィンセントはいつからここで…?」
「…彼は2ヶ月程前から自分の仕事の傍ら、患者8名全員の世話をしてくれています」
「そんなに前から…」
エヴァは女性の汗をタオルで拭きながら、彼女の魔力を探る。
……酷い。肺が特に酷いけど、体全体に魔力の滞りが見える。
これはリンパかな?…骨にも。え……脳にまで?!!
魔力が滞って見える所は病気や怪我で異常が起きている場所だ。
エヴァは不安になりクロードの方を伺う。
「末期だな。これは体全体の時間を巻き戻した方がいいだろう」
クロードは顔色を変えずに答える。
「……でも彼女の記憶まで無くなっちゃうよね?」
「脳が病に侵されていては、仕方がないであろう」
クロードはスパッと事実をエヴァに告げた。
エヴァも仕方がないと思い、少し意識のある彼女へ話しかける。
「アイゼンハワー公爵家のエヴァーミリアンと申します。これからあなたの病を治療しますが、それに伴い闘病中の記憶が全て無くなってしまいます。申し訳ありませんが、ご了承していただいても宜しいですか?」
「……記憶?…記憶が…無くなって…しまうんですか…?」
「はい、…すいません。」
女性は目の焦点が合っていない。目も見えずらい状態なんだろう。彼女の弱々しい息遣いに死が見え隠れする。胸が、痛い。早く治療を……。
とエヴァが焦る矢先に彼女は、
「……では治療は…結構…です」
「え?!!」
聞き間違いかな…?今にも死にそうなのに、何を言ってるんだ、と驚く。
「フィンセント……彼との記憶が…思い出が…無くなるのは嫌……なんです。どうし…ても……」
「フィンセント?彼と何があったか知りませんが、死んでは元も子もないですよ?!」
「彼の…事……嫌いだったん…です。…病にかかるまでは……。その頃に…戻りたく…無いんです…」
こっ……これは、もしや違う病かな?恋という名の。
それは私でも治せないよ?!いや、記憶が無くなれば治るのか……。
まさか、死よりもフィンセントとの記憶を優先するなんて…意味が分からない。
ど、どどどうしたら…。
「ガタン…」
エヴァがあたふたしていると、
窓が開いたのか、気持ちのいい涼しい風が、こもっていた部屋の中を通り抜ける。
「エヴァーミリアン様。どうか治療をお願いします。」
窓の側で立っているフィンセントが言った。
逆光で眩しい…。
フィンセントの周りがキラキラと黄色く輝いている。
あ、あれは土属性の魔力の光か。
もう8歳だもんね、フィンセントだし、さすがに魔力は解放しているよね。
でもさすが攻略者。顔も整っているけど、立ち振る舞い全てが様になっていてカッコいいわ。こんな男の子に2ヶ月も優しく看護されたら……この女性が虜になるのも確かに頷ける。
フィンセントは説得しようとしているのか、彼女に話しかけている。
彼女は涙を流して彼に何か呟いていたが、その後フィンセントの言葉を受けて、どこか諦めたような顔になり、コクンと頷いた。
「すいません…でした……。エヴァー…ミリアン様……、治療を…お願い…します」
ヒューヒューと呼吸の音がして、彼女のやつれて窪んでいる頬に涙が伝っている。
「分かりました。」
エヴァは彼女に初期症状が始まったのはいつ頃かと尋ねて、戻す時間を確認した。
彼女はその間も、見えにくい視力でじっとフィンセントの方を見つめている。そして彼に微笑み、最後の言葉を伝えた。
「フィンセント……ありが…とう」
フィンセントの方を見れば、目元が少し笑っている様に見えなくも無い。
………………………。
エヴァは目を閉じ、心を無にして
時の魔法を発動させた。




