異世界第17話
フィンセント・クリューガー
“恋マジ”のゲーム内で、
彼は何があっても笑わない男だった。
ルイス陛下の専属執事であり専属秘書。
常人では到底出来ない事をあっさりとやってのける彼の完璧な仕事振りと、笑顔を見せない姿が相まって、ネット上では“サイボーグフィンちゃん”と呼ばれていた。
彼は元々、セレーディア王妃の祖国であるジークヴァルド王国で生まれ育った。
王妃付きの侍女の実家がクリューガー侯爵家で、フィンセントの母親はそこに住み込みで働いていた。
そして幼い頃に唯一の肉親である母親が亡くなり、フィンセントはその能力と才能を買われてそのまま侯爵家の養子に入る。
が、母親の遺言でもあり、お世話になっていたセレーディア王妃からもお声がかかった為、幼くしてフィンセントはウィンチェスター王国の王宮で働く事となった。…はず。
この国にいるって事は、もう母親は亡くなっているのか…。
確かフィンセントはルイス王子の5歳上だったかな。
だとしたら、現在彼は8歳。
…私がもっと早くにここが“恋マジ”の世界だって気づいていたら、フィンセントのお母さんを救えたのかな…。
いやいや、いつどんな死に方をしたかも分からないし、私なら救えた…なんて上から目線で思うのもおこがましい話だ。
彼には申し訳ないが、過ぎてしまった事は仕方がない。
そして確かゲームでは、彼のトラウマは他にあった気が………!
そうだ、悪役令嬢だ!!
フィンセントのトラウマの源でもあり、フィンセントルートで断罪される運命の、悪役令嬢。
名前何だったかなぁ…。確か、王宮専属の偉いお医者さんの娘だった気がするんだけど。うーん。
名前は置いといて、その悪役令嬢が、王宮で働いているフィンセントに一目惚れをしてグイグイ近づくのだ。
フィンセントは愛想が無く感情も表に出ないので、仕事仲間からは遠巻きにされて寂しい思いをしていた。
そんな中、フィンセントに興味を持ち話しかけてくれる悪役令嬢に、彼が少し心を開き始めた頃だった。
たわいも無い会話の途中で、フィンセントがふいに見せた笑顔に、悪役令嬢はなんと…
『フィンセントの笑顔は気持ち悪いですわね。他の人の前で笑わない方がよろしくてよ』
なんて言ったのだ!!
アホかいな。
いや、分かるよ?他の人にフィンセントの笑顔を見せたくないその気持ちは!
実際ゲーム中フィンセントルートでは、マジでクスリともニヤリとも笑わない。
そう、まさかのハッピーエンドを迎えた最期のスチルの1枚でしか彼は笑顔を見せないんだよ!!
その笑顔がどんだけ破壊的だったかお分かりであろうか?
あのサイボーグフィンちゃんの笑顔を見れた瞬間、全てが報われた様な、心が洗われる様なそんな気持ち…。
普段全く笑わない人が笑うってドキドキするよね。
フィンセントルートは私的にはあんまりだったけど、あのスチルを見てすぐにもう一回やり直したもん。
てな感じで、フィンセントが全く笑わないサイボーグフィンちゃんになった原因は、悪役令嬢のせいなんだよねぇ。
どうしたもんだか。
…と考えていたら、私の頭にコンコンとクロードが優しくノックしてきた。
「何ぼけっとしているのだ?進むぞ」
「あ、ごめん…」
あら、珍しい。クロードから私に触れるなんて。
私からはしょっちゅうベタベタ触るけど、クロードからは滅多に触ってこないからなぁ。
しかも触れてくる手はとっても優しい。
人間は弱い、脆い、すぐに死ぬ。みたいに思っているからか、壊さないように優しく触れてくるのだ。
そんなふうに触れられると、なんか、ねぇ?
……ふぅ。
エヴァは胸を押さえながらフィンセントの後を続いて塔へ入る。
「患者は上の階にいます。ハンス侍医が到着するまで少々こちらの部屋でおくつろぎくださいませ」
塔の中と言ってもさすが王宮。
案内された部屋は十分に広く、内装や家具も気品のある素敵なお部屋だ。
フィンセントが淹れてくれた紅茶を、クロードと2人で飲む。
言われた通り口元に布を巻きつけていたけど、紅茶を飲むから取った。
この布…患者は伝染病なのかな?空気飛沫感染予防の為って事だよね?
創造神の加護がある私は病気にならないから、全くもって必要ないんだけどね。
クロードなんて、はなっから付けてないし…。
「………。」
病棟だし上の階に苦しんでいる患者さんがいるから楽しい話をするなんて出来ないけど、空気が重いな…。
何か話し掛けようとエヴァが思った時、いきなりクロードが言葉を発した。
「おぬしの母親は元気にしておるのか?」
……へ?!
クロードは真っ直ぐフィンセントを見て発言した。
今までピクリとも変化しなかったフィンセントの顔が驚きの表情に変化した。
「ちょっと…クロードどうし…
「母は3年前に亡くなりました」」
エヴァの声を遮ってフィンセントは答える。
「……そう…であったか」
クロードはフィンセントから目線を外して、窓の外を見る。
な、何?どういうこと??
「名前を聞いて、もしやと思っていたんですが、クロード様、あなたは父の友人のクロード様で間違いないでしょうか?」
「友人かは分からぬが、おぬしの父親とは各地を旅した仲ではあるな」
「……やはり!!」
フィンセントの目が輝き、顔が心なしか喜んでいる気がする。
え?え?えーーーーーーーー?!!!
フィンセントのお父さんってクロードの元契約者だった人って事?!!
ゲームでは父親の情報なんて出てこなかったよ?!
「生前…母が、父とクロード様の冒険の話をよくしていたのです。それを聞いていつも心踊る気持ちになっていました。お2人の功績を聞いて、会ったことのない父ですが今でも尊敬しているのです。……そうですか、やはりクロード様は父の……」
笑顔まではいかないが、少し明るい表情になったフィンセントが何かゴニョゴニョ独り言を呟いている。
衝撃的すぎてまだ頭が整理できないけど、フィンセント…テンション上がってない?!
え、これ、もう少しいけば笑顔になりそうじゃない?!
エヴァの頭の中で例のスチルが蘇る。
や……やばい。フィンセントを笑わせたい……。
スチルスチルスチルスチル……
あのスチルを生で!!!!
どうにかして笑わせたいと、エヴァのお笑い芸人魂に火が着いた。
「フッ…フィンセント!!あのっこっちを見…
「バタン!!」」
息を切らしたハンス侍医が勢いよく扉を開けて入ってきた。
「ハァハァ…お待たせして…申し訳ありません」
ハ……
ハンスゥゥゥウウウウウウウウ!!!!!
エヴァの転生後初、渾身の変顔は肩すかしに終わってしまった。
ハンスさんめっちゃ良い人っぽいから、大人しく気を鎮めよう…ううっ。まだ諦めないんだからねっ。




