異世界第15話
「エヴァにお願いしたい事があるんだ」
そう儚げな顔で私を見つめるルイス王子が、掴んだ手をほどき、私以外の周りにいる人に離れるように指示をして、ポケットから小さな黒い粒を出した。
どうやらセレナーディアの花の種らしい。前回公爵家の温室へ来た時に渡した花で、ルイス王子のお母様が好きな花だ。
で、その種がどうしたんだい?
「エヴァの魔法でこれを一気に成長させられないかな…?お母様の大好きな花で元気にさせてあげたいんだ。」
ああ、セレナーディアの花を切る際に、私がえらい短く切ってしまって、コソッと魔法で茎を伸ばしたのがバレてたのかな…?
そして魔法の話だから、従者達を遠ざけてくれたのね。
「確かに魔法で花を咲かすのは可能だけど、普通に咲いているものを届ければいいのでは?」
「それじゃあダメなんだ。もっと驚かせてあげたくて…。この前、エヴァが火と水の竜を魔法で出したでしょ?僕はすごく感動したんだ」
ちょっと見ててと言って、ルイス王子は手にグッと力を込めて炎を作る。
遠巻きにいた従者が「殿下!!」と叫ぶが、ルイス王子は「大丈夫だ」と反対の手だけで従者を制する。
…………1分程経過した頃だろうか、徐々に炎が竜の様な形になった。
更にルイス王子は集中して魔力を操作する。
そしてついに、その炎の竜が宙を舞い、くるっと一周してルイス王子の手に戻り消失した。
「おお…!!」
私が前回見せてからそんなに時間は経っていないのに、もう習得したとは…。
あれは、繊細な魔力移動の基礎が無ければ作ることは出来ない。私でもあれを作るのに2ヶ月はかかったというのに…!さすがメイン攻略キャラであり、王の資質を持つ男。魔法においても天才だったか…。
慣れない魔力操作で疲れたのか、ルイス王子は少し息を切らして言う。
「…これも、お母様に見て貰いたいんだ。お母様は何故か、まるで死を受け入れたかの様に食事をとらず、他の人よりもあきらかに衰弱している…。僕が、エヴァから元気を貰った様に…、お母様にも……っ、げんっ…きに………っ!」
ルイス王子は最後まで言葉を言えず、俯いて顔を隠してしまった。
余命宣告をされたお母様を少しでも元気にさせたいと思って、ルイス王子なりに一生懸命に考えたんだろう。
前世で子供は産んでいないのに、精神年齢アラサー超えだからだろうか…?まるで自分が母親の様な気持ちになってしまい、健気なルイスを思うと胸にグッとくるものがきた。
(精神が)歳のせいか、涙腺が緩んでいる私の方が、我慢して堪えているルイス王子よりも先に声を出して泣いてしまった。
それを見たルイス王子はビックリして、流れそうだった涙が引っ込み口をポカンとしたが、すぐに冷静を取り戻した。
そして後ろに離れてはいたが、光の速さで駆けつけてくれる私の優秀な侍女よりも先に、ハンカチを渡してくれたのだ。
「…うぅ、ありがどう…。チーーーン!!……ルイス王子、グスッ、…私にいい考えがあるわ」
そう言って、ぽやっと立っていたクロードを呼び、ルイス王子に紹介した。そして私の考えを2人に話して、協力してもらう事にした。
「え…!!クロードさんは大精霊なの?!そして、エヴァはそんな事まで出来るんだね…。もう驚きすぎて、魔法が使えると悩んでた自分が小っぽけに感じるよ…」
「そう?そんな事より、これならきっと王妃様はビックリしてくれるわ!!クロードも協力お願いね!」
「それくらいなら構わん」
「………。」
―――――話し合いから1時間後。
城から竜が群れをなして空へ旅立つのが見えた。
それを王妃様が塔の窓から眺めているのを確認する。
「…よし、行くわよ!クロードお願い!」
「うむ」
私が初めてクロードに会った時と同じように、クロードの力で、王妃様とルイス王子と私とクロードの4人以外の時を止めた。
藍色の暗闇が辺り全体に広がる。
それと同時にエヴァが氷魔法を使い、自分達のいる地面から大きな氷の城を形成し作り上げていく。塔の最上階にいる王妃様の目線に合わせた位置に窓と大きなテラスを作り、そこへ空間収納からグランドピアノを出した。
成長魔法を使ってピアノが弾ける程度に成長したエヴァが、ピアノの前に座りシューベルトの“セレナーデ”を弾き始める。
…ふふっ、氷の城は前世の大好きだったアニメ映画からイメージを拝借してしまったわ。憧れていたのよ。
そして前世では私、高校までピアノをやっていたのよね。ブランクが長いからちょっと拙い演奏だけど、お愛嬌って事で。
そして弾きながらもエヴァは器用に、氷魔法で空から雪を降らせた。
王妃様は驚いたのか、最初は目をつぶって震えていたが、少し経って窓の外をチラッと伺った。
それと同時に、氷の城の窓からルイス王子がテラスへと現れる。
それを見た王妃様は、窓に近づき何かを叫んだ様だった。
音もなく雪が舞い落ちていく中、エヴァの弾くシューベルトの“セレナーデ”は中盤を迎える。
ルイス王子は先ほどよりも大きな炎を作りあげ、手の上に魔力を集中させている。しばらくして大きい立派な竜へと変形させた。
それを力一杯に腕から放り投げて、竜はゆっくりと氷の城を迂回した。
王妃の顔は驚きのあまり、目が開き口が覆われている。
そして演奏は最後を迎えて、炎の竜が城を一周した後空へ登ろうとした。
それと同時に演奏を終えたエヴァが、水魔法で同じ大きさの竜を作り、炎の竜と絡み合うように2つは上昇し、天で1つになり弾けて城全体に細かい雨が降り注ぐ。
いつのまにか雪は止んでいて、テラスにいるルイス王子の手から、セレナーディアの種が数粒ほど王妃の元へ放り投げられた。
その小さな種は、ニョキニョキと長ーく伸び始めて、サラマンダーの剣の塔全体に蔦のように茎を張り巡らし、花が咲き誇った。
王妃様がルイス王子の放り投げた種に目をやった瞬間、クロードの空間魔法は解けて世界に光が戻る。
氷でできた城も一瞬で無くなって、王妃様のいる窓辺にはセレーディアの花でいっぱいになっていた。
王妃様は急いで窓を開けてルイス王子を探す。
下を見下ろすと、先程城があった場所にルイス王子がいる。
そしてルイス王子が大声で叫ぶ。
「お母様ーーーーーー!!!愛しています!!!
………どうかっ!!
……………どうか元気になって下さいっ!!!」
「ルイス……!!
心配をかけてごめんなさい!!
私もっ………!!
私もルイスを心から愛していますっ!!!」
今だに霧のような雨が降り続く中、空には薄っすらと虹が架かろうとしていた。
王妃様とルイス王子の視界は潤んでいて、その綺麗な光景はきっと見ることが出来なかったかもしれない。
もちろんエヴァも然り。
ルイス王子から借りたハンカチは、ぐちゃぐちゃのべちゃべちゃになっていた。




