セレーディア王妃side3
トルジャン王国が一夜のうちに滅び去った事で、魔王復活が世界中で囁かれた。
それを証明するかの如く、国と国の間にある森からは瘴気が濃くなり魔物が急増して、各国周辺の辺境地は被害が続出する事態となる。
ウィンチェスター王国のエリアス皇子とセレーディアの婚約はこの影響で延期となってしまった。
ユーリヤの子供も、夫である“奇跡の手を持つ英雄”も、あの日以来戻って来ない。
ユーリヤは食事をとらず、このまま衰弱して死んでしまうのかと思ったが、お腹に夫との新しい命が宿っていた事が分かり、やっと生きる意志を持ってくれた。
しかし、今だに国王陛下の側室逹はユーリヤを良く思っていない。
弱って妊娠している彼女をこのまま王宮に住まわせるわけにはいかないと、ばぁやの実家であるクリューガー侯爵家にお願いして匿ってもらう事にした。
セレーディアは元々王宮に居ることが苦痛だったが、誘拐の件で余計に嫌気がさし、ユーリヤに会いに頻繁にクリューガー侯爵家へ通い続ける。
もはやユーリヤとは身分の差など関係なく、唯一無二の親友となっていた。
そして魔王復活から半年が過ぎた頃。
勇者が仲間を引き連れてついに魔王を討伐したと、世界中で歓喜が沸き起こり各地でお祭り騒ぎとなる。
そんな中、あの日の“奇跡の手を持つ英雄”を何故か思い出して私は喜ぶ事ができずにいた。
仮にもし彼が魔王だとしたなら、ジークヴァルド王国
の国民を見殺しにしてきた私も魔王だと思う。
彼は長年、この国の民を救ってくれた英雄なのだ。
そう思いながら、彼を魔王だと直感で感じた事に対して、無理やり頭の中から打ち消していった。
お祭り騒ぎも落ち着き人々に平穏な生活が戻った頃、ユーリアは無事に出産を終える。
産まれた子供は、父親の藍色の髪を受け継ぎ、母親の鼈甲のような黄色に近い黄褐色の瞳を受け継いでいた。
今はもう何処にいるのか生きているのかさえ分からない第一子のジョルジュと、髪も瞳も全く同じ色だったのだ。
ユーリヤは産まれた子を見てジョルジュを思い出したのか、出産後もずっと泣き続けていた。
そして子供の名前を付けて欲しいとユーリヤに頼まれる。
私が名付け親だなんて本当にいいのかな?と不安に思ったけど、是非にと頼まれて引き受けてしまった。
悩んだ挙句、“乗り越える・克服する”と言う意味のVincentという言葉にちなんで、フィンセントという名をユーリヤの子供に付けたのだ。
ユーリヤもフィンセントも、これからどんなに辛い荒波が襲ってきてもそれを乗り越えて、どうか幸せになって欲しい。心からそう願った。
そして平穏に戻った世界の日常に、私の婚約話も舞い戻ってくる。
エリアス皇子の父親である国王陛下が先日崩御されてしまったのだ。その時の遺言がエリアス皇子と私の婚約を進めてほしいとの話だった。
先日魔王を倒した勇者の出身国は、丁度ウィンチェスター王国とジークヴァルド王国の間にある。
“世界を救った勇者のいる国”というのはまず戦争になる事は無い。戦争を仕掛けた国は周りの国から信用を失い、歴史的にも仕掛けた国はことごとく滅んでいるからだ。
そもそも一国を一瞬で滅ぼした魔王を倒す力がある勇者に戦争を仕掛けるバカはいないだろう。
そして戦争が起きない国には安心して人が集まるようになる。人が集まり国が栄え大国になっていくのは歴史が証明していた。
今現在お互い大国であるウィンチェスター王国とジークヴァルド王国の繋がりは、両国とも是非にとの事だった。
そしてウィンチェスター王国の国王陛下は民を想い国を発展させた立派な方だと存じている。
私はもう逃げたりはしないし、
フィンセントの名付け親として、私も乗り越えて強くなりたいし、彼に恥じない生き方をしたい。
結局、ジークヴァルド王国の民に罪を償う事は出来なかったが、新たな国で私の出来る限り民を大切にしていこうと心に誓ったのだ。
初めてエリアス皇子に会った時の地に足がつかない気持ちは既に無かったが、改めて国王陛下となったエリアス陛下を目にするとやっぱり胸がときめいてしまった。
エリアス陛下の前だと、言いたいことも言えない酷く口下手な自分は変わらないまで、陛下もそんな私にどうしていいか分からない様子だった。
こんなどうしようもない自分に悲しい気持ちになる。
これではユーリヤの様に、自分を磨いて彼を振り向かせて見せるなんて芸当…私にはとても出来そうにないだろう。
そして昔から結婚を約束していたという幼馴染には到底勝てる訳もない…。
エリアス陛下の人生は彼の人生なのだから、幼馴染との恋は邪魔はせず、私は密かにエリアス陛下をお慕いしながら、民の為に自分が出来る精一杯の事をしよう。そうやって生きていこうとセレーディアは心に決める。
―――――
こうしてセレーディアがウィンチェスター王国のエリアス陛下に嫁いでから、4年の月日が経った頃。
予想外に幸福な時間を過ごしている自分がいた。
まず、セレーディアの私財を投じて設立した児童福祉事業が、最近やっと軌道に乗ったところだった。
国にまだ数カ所しかないが、設立した孤児院に貴族からの安定した寄付金が集い今後の経営の目処が立ったのだ。
セレーディアに全面的に協力してくれたエリアス陛下の弟であるアイゼンハワー公爵のユリウス宰相にお礼を述べ、次に建てる予定の孤児院について話していた時、急に後ろから声をかけられた。
『セレディ、こっちを向いて』
『……嫌…ですわ』
エリアスは2人の会話など関係なしに、セレーディアの後ろから腕を回し包み込む様に抱きしめる。
『……っ!!』
セレーディアは驚いたがいつもの様に抵抗はしなかった。
『ふっ…、顔が赤いよ?』
『そんな……今はユリウス宰相と話しているのですよ、エリアス陛下』
『エリアスじゃなくてエリオットって愛称でいつになったら呼んでくれるの?』
『と、とにかく今は止めてください、
エリ…………………………オット陛下』
『ふふっ。それじゃあオット陛下に聞こえるよ』
セレーディアのお腹へと手を回してギュッと抱きつき、エリアスは執拗に彼女のお腹を優しく撫で回す。
『では私が呼んでやろう、エリオット。邪魔だ。セレーディア王妃との子供が出来て嬉しいのは分かるが、後にしろ。』
『あはは、ごめんユリウス。じゃあ私は喋らないから話を続けていいよ』
ニコニコしながらそう言って、セレーディアから離れる気配は全く無く、お腹を撫で回す手も止まらない。
こんな状態で話せる訳はなく、セレーディアとユリウス宰相は目だけで『この続きはまた今度』と合図をして、エリアス陛下を氷点下の眼差しで睨みながらユリウス宰相は去って行った。
『あれ…行ってしまったね。話してて良かったのに』
『え……?こんな状態では出来ないですよ。あの……もうそろそろ離して下さい…』
『もう少しだけ、私とセレディーの子を愛でさせて…?お願い』
エリアスの息が耳にかかって心臓が激しく鳴っている。これはお腹の子も驚くのではないか?と思うほどドキドキうるさくて、体が熱を帯びる。
嫁いでから4年、やっと国民皆んなの念願だった第一子を授かる事ができて、いつの間にかエリアス陛下の性格は豹変を遂げていた。
元々紳士で優しいエリアス陛下は、私の気持ちをいつも第一に優先して気遣ってくれる人だった。
それに加えて、私は福祉事業に熱を入れていたのと、エリアス陛下の幼馴染の存在も気にしてしまって、結婚しても2人の関係は一向に進展しないまま月日が経ってしまったのだ。
セレーディアになかなか子供が出来ない為、臣下たちからは陛下の幼馴染である公爵家のダリア様を側室にとの声が上がり、押し切られる形で実現する。
このまま側室になったダリア様と子供が出来るのかとセレーディアは覚悟していた。
そんな矢先、あの紳士で優しいエリアス陛下が、徐々に少し強引で甘えん坊な言動をするエリアス陛下へと変貌して、セレーディアとの間に無事子供を授かったのだ。
彼の変貌は何故なのかセレーディアも良く分からないのだが、事業が充実して大好きなエリアス陛下との子供まで授かり、人生で1番の幸福な時間を過ごしていた。
エリアス陛下の腕からやっと解放されて部屋へと戻る帰り道、ばぁやが嬉しそうに言う。
『セレーディア様は今日もエリアス陛下に愛されておいでですね』
『私が愛されてる……?違うわよばぁや。私では無くて、陛下はこの子を愛しているからそう感じるのよ』
と言ってセレーディアは愛しそうにお腹を撫でる。
『……セレーディア様は鈍いと思っておりましたが、救いようが無い程鈍いのでございますね。ああ…エリアス陛下が嘆かわしや』
『ど、どういう事?私の悪口を言っているの?ばぁや』
『ええ、悪口でございますね。エリアス陛下が耐えに耐えたこの4年分の理性を、私が嘆かなくて誰が嘆いてくれるのですか。ご立派な陛下の理性をルーシーと名付けましょう』
『………何を言ってるの?』
『苦しいと嘆くルーシー。陛下もセレーディア様にルーシーは必要無いともっと早く気づけていれば、今頃は兄妹がわんさか楽しい家庭が築けていたでしょうに…』
ばぁやが遠く感じて、私は空を見上げながら歩き始める。
向かいから側室のダリア様がこちらに歩いて来るのが見えたので、すれ違い様に立ち止まりお辞儀をした。
彼女も立ち止まりこっちをジッと見ているので、何か言いたいことがあるのかな?と思っていたその瞬間、セレーディアは彼女に勢いよく突き飛ばされたのだ。
咄嗟にお腹を守り、そのまま後ろに倒れそうになった
が、ばぁやが瞬時にセレーディアを受け止める。
セレーディアは訳が分からないまま呆然としていたら、ダリアが狂気の言葉を刺してきた。
『あら、残念。エリオットとの子供が出来たからって調子に乗るんじゃないわよ。エリオットが愛しているのは昔からこの私だけなのだから。ふふふ…あなたは所詮愛のない政略結婚でしょ?エリオットは国王陛下としての義務を果たしただけ。あなたが彼に愛されていると勘違いしては可愛そうだし忠告してあげるわ。おほほほほ…』
そう言い放ったダリアの顔が、ある人物とシンクロする。
父親の側室でユーリヤの息子を誘拐した計画犯の女。その女が見せたあの時の表情と、同じ表情をしていたのだ。
ダリアの笑い声で、あの時の薄気味悪い女の笑い声が蘇る。
セレーディアはお腹を守るように抱きしめて恐怖に震えた。
ここにはセレーディアとばぁや以外に周りには誰もいなく被害も無い事から、ダリアが私を突き飛ばした行動は告発できなかった。
その日から、子供を守る為出来るだけ部屋の外には出ないでエリアス陛下とも距離を置いた。
ばぁやはエリアス陛下にだけはダリアとの事を伝えた方がいいと言ってきたが、セレーディアの言葉よりも長年幼馴染であるダリアの言葉の方が信頼性があると思い、結局伝えないまま彼に会えないと拒否し続けてしまう。
エリアス陛下と埋まった距離がまた離れていくのは悲しかったが、この子が無事に生まれる為なら出来る限りの事をしようと思ったのだ。
―――――
そうしてダリアから子供を守りながら、セレーディアは無事に第一子であるルイス殿下を出産した。
待ちに待った皇子の誕生に、エリアス陛下は勿論、国中の国民がお祝いをしてくれて、セレーディアは再び幸せの絶頂に登る。
ダリアとはあれ以来何も無いが、ユーリヤの息子の誘拐を思い出して、十分に警戒しながら息子のルイスと過ごしていた。
ふと部屋の窓辺を見てセレーディアは微笑む。そこには今朝エリアス陛下から贈られたセレナーディアの青い花が綺麗に咲いていた。
エリアス陛下に嫁いでからずっと欠かす事なく、このお花がセレーディアの元へと贈られている。
青いセレナーディアの花は、恋人や大切な人のために演奏される“セレナーデ(小夜曲)”の様に、大切な人へ贈る花。
私の名前となぞらえている事も余計に嬉しくて、会えない日々もこの花に宿る彼の優しい気持ちに満たされていた。
そんな中、セレーディアに衝撃の訃報が届く。
ジークヴァルド王国にいる親友のユーリヤが病でこの世を去ってしまったと言うのだ。
どうして……
セレーディアはユーリヤと会えない中、頻繁に手紙を送り合っていた。
ユーリヤの手紙には病の事なんて一度も書かれていなかったのだ。
そして自身の出産やダリアの事があってからは、彼女から手紙の返信が来ていなかった事に今更になって気づく。
どうしてユーリヤが…………ああああ!!!!
ウィンチェスター王国で身寄りの無い子供を助け続けて、過去の罪の意識は薄れてきていた。
更に、愛するエリアス陛下と私の元へルイスが生まれてくれて、当たり前の様にこの幸せの中で満たされていた。
ジークヴァルド王国で私が犯した罪を忘れながら。
幸せになるべきなのは私ではなくユーリヤなのだ。
そして病で死ぬべきなのはユーリヤではなく、
この私なのに………
ユーリヤの死によって、セレーディアは自分が幸せを感じる事に対して罪の意識を持つようになってしまった。
―――――
この国に嫁いでから8年が過ぎた現在……
手掛けていた福祉事業へより一層力を注ぎ込み、罪の意識に囚われて忙しない日常を送っていた。
そんな最中、伝染病の病が私に降りかかった。
やっと…やっと私に天罰が下りてきた。
セレーディアはユーリヤや、今まで苦しんで死んでいったジークヴァルドの民と同じ病になれた事をありがたいとさえ思ったのだ。
病にかかってありがたいと思うなんて常軌を逸しているが、それ程セレーディアの中で自身の罪の意識は重く、死んでいった者たちの苦しみと同じ苦しみを共感できる事に罪の意識が薄れて心が楽になっていくのを感じた。
エリアス陛下とはユーリヤが亡くなってからより一層距離を置く様になってしまい、彼には申し訳ないがセレーディアの精神を保つには仕方がなかった。
彼と一緒に居るだけでセレーディアは幸せな気持ちになり、それと比例して罪の意識が押し寄せてくるのだから。
噂ではエリアス陛下とダリアは変わらず仲が良いみたいだし、私がこのまま亡くなっても彼には何も問題は無いはずなので、そういった面では距離を置いて良かったと思う。
でも、唯一心残りなのが1人息子のルイス。
5日前、ここのサラマンダーの剣の塔に隔離されている私の元へルイスが無理やり入ってきて事件になった。
ルイスは怒りの顔で全身に炎を纏い、何人もの護衛兵が止めるのを押し切って私のいる部屋の扉を開いたのだ。
ルイスが私を見た途端、怒りの顔から現実に戻されたかのように目を見開いた。
私は咳でご飯も喉を通らず死を受け入れた事もあって、元々痩せていた頬が更に痩せこけてしまっていた。
ルイスはそれに驚いたのか、徐々に悲しい瞳に目が歪んでいった。
ルイスの周りに倒れている護衛兵。
私の横で驚いているばぁや。
痩せこけて衰弱した私。
状況が見えてきたルイスの中でどうしたらいいかわからなくなったんだろう。
オロオロと私の元へ近づいてきた。
私はルイスの顔を久しぶりに見れた事に対して喜びに溢れてしまい、嬉しくて、ぎゅーっと抱きしめたくって、おでこや頬にキスをいっぱいしたくて、どうしようかと思った。
が、それはほんの一瞬。
私の病は伝染病だ。ルイスが私に近づくたびに感染してしまうかもしれないという恐怖が走る。
私は生まれて初めて、ルイスにこれでもかって程の大声で怒鳴りつけた。
早く扉を閉めて出て行きなさい、と。
ルイスは再び目を見開いて驚き、くしゃっと泣き崩れるような顔をして扉から走って出て行った。
そしてセレーディアの頬には、冷たい何かが一筋通っていくのを感じた。
あれからルイスはどうしているのだろう…。
幼いルイスにあんな顔をさせてしまった。
それからすぐにルイスに手紙を送ったけど、返事はまだ来ない。
ルイスを抱きしめてあげる事がもう叶わない私に、これ以上いったい何が出来るというのだろうか…。
ルイスから貰ったセレナーディアの花が枯れ始めているのを見て、感傷に浸ってしまった。
そしてルイスと2人で竜に乗って、セレーディアの故郷の雪景色を見せてあげたい…。
咳が落ち着いたので、ばぁやとそんな他愛もない話をしていたら、
いきなりばぁやの動きがピタリと止まり、部屋の中が青黒い暗闇に包まれた。
部屋の薬臭い匂いも、外から聞こえる護衛の声も、空気の振動も感じない。
「えっ…?」
いきなり訳もわからず窓の外を覗くと、昼なのに外も青黒い暗闇が広がっていたのだ。
更に驚いたことに、
窓の外には氷で出来た大きなお城が建っている。
ポロンロンロン……
そして何故か、
外からは悲しげなピアノの音が流れてくる。
現実離れしたこの状況に、セレーディアは恐怖でついに死が迎えに来たのだと錯覚した。
病にかかり死を受け入れたと思っていたが、実際に死ぬ直前になると心の奥底に秘められた本心と後悔が湧き出てくる。
ああ………このまま死にたくはない
………ルイス
………エリオット
…………………こんな私でごめんなさい。
罪悪感に囚われてなんかいないで、
もっと素直に2人に伝えればよかった………………
………………心から愛していると。




