セレーディア王妃side2
セレーディアは酷く疲れた心のまま王宮へたどり着いてしまった。
どうやらこの世界に神様はいないみたいだ。
部屋に帰る道の途中、庭の隅から泣き声が聞こえた気がした。
私は心ここにあらずだったので、自分の泣き声なのかと一瞬錯覚したが、庭には噂の英雄の妻であるユーリヤが1人で居るのが見えた。
話しかける気力も無かったが、気になって近づいてみる。彼女は手で顔を覆って声を殺して泣いていたが殺しそこねた声が手から漏れてしまい、私が近づいた事に気付いていないみたいだった。
噂では側室に酷い虐めを受けているはずの彼女は、私が見る限りいつも毅然とした態度をしていた。そんな彼女が泣いている状態に思わず声をかけてしまう。
『……大丈夫?』
ユーリヤはビクッと体を強張らせて私を見たが、何も返答してくれなかった。
どうしよう……。
会話力があまり無い私は焦ったが、お茶会で聞いていた情報が泣いている理由なのかと思い尋ねてみる。
『側室達に虐められていると聞きました。辛いのですか…?』
聞いといて、辛いに決まってるだろうと自分に突っ込んだが、彼女からは予想外の答えが返ってきた。
『いえ、別の理由で泣いています。虐めなんて何とも思いません』
セレーディアはその発言に驚いたが、今度は尚更泣いている理由を聞いてもいいのか戸惑った。
初めて話すポッと出の第1皇女に、自分の心内を話す訳が無いと思うからだ。
そうして無言のままユーリアの側で悩んでいたら、彼女が話し出した。
『見ず知らずの人の方が話しやすいかもしれないですね。もし良かったら聞いてくれますか?』
どうやらユーリヤはセレーディアがこの国の第1皇女だと気づいていないみたいだった。
是非聞かせてほしいと言って彼女の話を聞いていたら、まさかの恋愛話だったのだ。
ユーリヤの夫は今だに国の各地を回って中々帰って来ず、たまに帰ってきても刺客に襲われて刺されたなどど平然に話してくるらしい。
彼が帰って来ない日々は無事なのかどうか心配で心配で、最近は寝れない日々が続いていたみたいだった。
まさか自分の事ではなく好きな相手の体の事を心配して泣いていたなんて…。
私はそんなユーリヤに対して嫌な質問をした。
会えない間、彼に他に好きな人が出来たらどうするの?そっちは心配じゃないの?と。
彼女はそんな嫌な質問に、心配はしない。と答えた。
『彼が私以外に誰かを好きになったら、それはとっても悲しいし苦しいと思うけど、彼の人生なのだから仕方がない。
むしろ魅力が無かった自分が悪いんだし、もっと魅力的になってまた振り向かせてやろうって思うわ。
要は彼にどうしようもない程惚れてしまった私は、彼を愛する事しか出来ないのよ。…情けないでしょ?』
そう言った彼女はすごく大人びた顔をしていた。
情けないなんて思わない。
私には無いカッコいい考え方をするのに、彼の無事を心配して小さく震えて泣いている彼女に、私は好感を持った。
私はそんな彼女に慰めの言葉が出てこず、ただ、
無事に彼は帰って来るよ、大丈夫、大丈夫だよ。と何度も言ってユーリアの手を温め続けた。
泣いている彼女の手を握っていたら、徐々に自分の落ち込んでいた気分が戻り冷静になってきた。
私はまだよく知りもしない皇子に勝手にときめいては噂を聞いて絶望し、現実逃避したいと願う何とも浅はかな子供なんだな、と思い知る。
政略結婚は運命で、もう決まってしまった事実。
そしてその運命の中で私は私の人生を、エリアス皇子は彼の人生を、お互い生きるのだ。
私は自分のこの足でちゃんと地を踏みしめて、逃げずにエリアス皇子と向き合ってみよう、そう思えるようになった。
その日からユーリヤと出会えばお互い笑顔で挨拶をする様になる。
最初私が第1皇女だと話したら驚いていたが、その後も私から執拗に話しかけに行き、歳が近く気さくな性格のユーリヤだったので徐々に親しく話す様になっていった。
ユーリヤの話は王宮で育ったセレーディアには知らない事ばかりでとても面白く、会う度色んな話をせがんでは聞いていた。
そしてこの国の悲惨な現状を聞いた時、セレーディアはなんて世間知らずのまま生きていたのかと衝撃を受ける事となる。
この国の税はとても重く、民は今日食べるものも無く皆痩せ細り、病まで蔓延し始めて、道端には沢山の死体が転がっていたと聞いた。
ユーリアの両親もその病で亡くなり、村人の半数以上が病に倒れて孤立無援状態の村を、英雄であるユーリアの夫に助けられたと言うのだ。
セレーディアの目からは無知という名の愚かな罪に対する懺悔の涙が流れては止まらなかった。
自分の食べている物、着ている物は全て、民からの税によって成り立ち生活出来ていた事は知っていた。
そしてその民の暮らしがその様な事になっていただなんて知らなかった……
いや、知ろうと思えばいくらでも知る事ができる現状であった。
そしてそれを少しでも改善しようと思えばできる地位にも居た。
無知のまま生きる、
という選択をしたのはセレーディア自身に他ならないのだ。
今までのうのうと王宮で暮らしてきた。
この暮らしを贅沢なんだと、話を聞いて改めて認識をするくらいに。
いつも自由な恋愛をする弟や妹達が羨ましい、
エリアス皇子に婚約を誓う幼馴染がいる、
などと、そんなつまらぬ事で嘆いていた浅はかな自分に虫唾が走る。
いつか必ず、私には天罰が下るのだと…
この時セレーディアは悟った。
―――――
あれからユーリヤの夫は3日に1回帰宅していたペースが、毎日ちゃんと帰って来てくれる様になったとユーリヤから聞いて安心した。
しかし、この広大な国で辺境の各地を回っているはずなのに何故1日で帰って来られるんだろう…?
民を救済し続ける彼には、1度色んなお話を聞いておきたいと思っていた矢先の事だった。
他国の刺客がユーリヤ付きの侍女に扮しており、彼女の1人息子が拐われてしまったと事件になったのだ。
王宮内でまさかその様な事が起こるなんて…!!
セレーディアはその侍女がこの国では珍しい赤い髪をしていたと思い、側室にも1人同じ髪の色の女性がいる事を思い出した。
しかもその女はユーリヤを虐めていた主犯格だったのでより疑いは強くなる。
確か赤い髪の国は隣国のトルジャン王国。お父様が以前言っていた、お金に意地汚いという国の…。
セレーディアは急いでその女の元へ駆けつけて、第1皇女の名の下に問い詰める。
その女はゲラゲラと醜く笑いながら、あっさりと白状しだした。
『くっ…あはははははははははは!!!あ〜〜可笑しい!あの女が悪いのよ?平民の汚ならしい女のくせにあの麗しい陛下に色目を使うから。陛下が物珍しさで構っていらしたのが分からなかったのかしら?私が何度も気づかせてあげようとしたのに、あの女の態度ったら腹が立つ!!無礼で頭の弱〜い哀れなあの女に、やっと私が気づかせて差し上げたのよ?セレーディア様は、息子が居なくなったと知った時のあの女の顔をご覧になりましたか?ぷっ…くっくっくっくっ、あっはっはっはっはっはっはっはっは!!!あ〜〜!!可笑しい。これに懲りて陛下には近づかないでしょう。陛下をお守りした私に皆感謝をして欲しいわ!ふふっ、あはははははははははははは……!!!』
心が凍るとはこういう事なのだろうか。
この女の笑い声が耳にまとわりついて気持ち悪い。
はたしてこの女は人間なのだろうか…?
歴史上300年毎に一度現れるという魔王が、近年現れるのではないかと王宮では囁かれていた。
もしかして彼女がそうなのでは…と思ってしまうほど私は恐怖を感じたのだ。
セレーディアはすぐに父である国王に話を通して、その女は牢屋に入れられた。
しかし平民の息子を取り戻す為だけに、その女の生まれ故郷の隣国であるトルジャン王国に兵を差し向ける事は出来なく、なす術が無い状況だった。
どんな酷い虐めにも平然とし、皆の前では常に凛としていたユーリヤは、まるで糸が切れた様に寝込み起き上がれない状態になってしまう。
そして夜にユーリヤの夫が王宮に戻ってきて、寝込んでしまったユーリヤの代わりにセレーディアが事のあらましを伝えると、彼は人が変わった様に怒りを露わにした。
「ユーリヤを頼む」
その一言を残して、セレーディアが瞬きをした一瞬の間に、彼の姿はその場から消えてしまったのだ。
彼の魔法だろうか…。
この広い国内の辺境地を回って1日で帰って来られる理由が分かった。
きっと彼は息子を取り戻すため1人でトルジャン王国に向かったのだろう…。
彼が無事に息子を見つけて2人が帰って来ることを願うしか私には出来ない。
ユーリヤの為にもどうか無事でいて……。
しかし私の願いは届かない。悲しくも、
私が“奇跡の手を持つ英雄”を見たのはそれが最後だった。
彼がトルジャン王国へ向かって消えた数時間後…
あの女の故郷である隣国のトルジャン王国は、国土全体が夜の闇よりも暗い青黒い炎に包まれて一瞬のうちに滅んでしまった。
その信じられない様な事実を聞いて、彼が頭に浮かぶ…。
トルジャン王国に向かったであろう彼は無事なのか?
という心配よりも、私の直感は違う事を思い浮かべていた。
何故そう思ったのかは分からない。分からないが…
彼に息子の誘拐を話した時、
あの女が魔王の様だと思い恐怖していた感情が一瞬で無くなる程、最後に見た彼の怒りの表情は印象的だったからなのか。
彼の瞳から光が消えた瞬間を目の当たりにして、それがいつまでも私の頭にこびりついて離れないからなのか。
トルジャン王国という、ひとつの国を一瞬で滅ぼす力。それは噂の魔王が復活した以外には考えられなかった。
彼はユーリヤが愛する夫なのに、
民を救済する“奇跡の手を持つ英雄”なのに、
どうして私は
彼が魔王なんだと思ってしまったんだろうか。




