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ジョルジュside




「うっ…」


昨日、客に蹴られた背中がズキズキ痛む。

痛みを我慢しながら、業者から納品された今日の分の肉と野菜を厨房の冷蔵庫に入れていく。それが終わったら店の外と中の清掃をして、店のオープン準備は終わりだ。

ったく…あの男、大人のくせに背中蹴ってくとか無いよなぁ〜。そもそも全てが彼女とは分不相応、身の程知らずもいいところだ。いっぺん鏡見て出直して来いよ。

勿論来ても入店拒否だけど。


……そんな彼女が今日も来るかもしれないって想像するだけで、俺の怒りは収まり毎日の流れ作業もなんだか気合が入る。

そもそも昨夜、彼女は無事に帰れたのだろうか。あまりの衝撃で気づいた時にはもう姿が無く、不甲斐ない自分を何度責めた事か…。

あ…あんなに綺麗な女性が、1人でフラフラ夜道を歩いて帰ったなんて…。考えるだけで気が気じゃ無くなる。

どうか無事でいてくれ…!!!



俺はジョルジュ・アダムズ。

ウィンチェスター王国の中心でもなく辺境でもない街で、じじぃ(祖父)の小さな店を手伝う毎日だ。

じじぃの店と言っても、3年前に亡くなった俺のばーちゃんが長年切り盛りしていた店を、じじぃが引き継いだんだけど。


ばーちゃんが亡くなって俺とじじぃは途方に暮れたが、じじぃが(何してたんだか分からない怪しい)仕事を辞めて、店を本格的に引き継いでなんとか四苦八苦やっていた頃に、あの男は突然やって来た。

彼女…エヴァさんとの出会いのきっかけをくれたクロードとかいう男だ。


初めてクロードを見た時はビックリした。

まるで人間とは思えない幻想的な美しい顔立ちと、彼の前では誰もが屈してしまいそうになる威厳のある瞳。庶民ではありえない長さの綺麗な髪をして上質な仕立ての服を着ていれば、誰だって一目で上流貴族だと分かる。

こんなド庶民の、しかもオープン前で準備中の店に何の用だ。と思ったら、そのまま店にドカドカ入ってきて店のメニューに無いアップルパイを偉そうな態度で注文してきた。

…驚いた。貴族の非常識で横柄な態度にじゃなくて、その男がアップルパイを頼んだ事に。


この国で砂糖の流通はほとんど無い。砂糖を使ったお菓子を食べれるのは王族や上流貴族くらいだろう。

よって、一般庶民の飲食店にデザートを扱っている店などほぼ無いのだ。

しかし、ばーちゃんの作るアップルパイは砂糖を使わないのに甘くてとっても美味しい。俺にとっては魔法みたいな食べ物だった。

俺の大好物であり、ばーちゃんの得意料理の1つのそれは、家族が熱を出した時や誕生日にしか作ってくれなくて、俺は小さい頃アップルパイが食べたいが為にわざと風邪を引いた事もあった。

お店では常連のお客さんにお祝いでたまに作るくらいで、メニューには載ってない特別なデザートである。

それを何でこんな貴族が知ってるんだ…?


と思っていたら、驚いた顔をしたじじぃが厨房から出てきた。どうも話を聞くと、俺の親父と昔一緒に旅をした仲間だとか何だとか。

へ〜〜。


俺は両親の記憶がない。正確に言ったら、4歳の時に生死を彷徨う程の事故にあって、ショックで記憶がスッポリ無くなったそうだ。

だから親父の記憶も無いし、その仲間と言われても分からない。俺は、そうなんだ?くらいにしか思わなかった。


じじぃは珍しく客の要望に応えて、ばーちゃんのレシピ通りにアップルパイを作ってあげていた。

俺も食べたけど、うーん、美味しいんだが…やっぱりばーちゃんのとは何か違う。

クロードは感想も言わず黙々と食べていた。

食べている途中、遠くを見つめて悲しそうな何とも言えない顔をしていたから、口に合わないのかな〜と思ったけど、クロードは綺麗に完食して更にお代わりを頼み、しまいには酒まで飲んでいた。ほんと図々しいな…。


なんとその日から、毎日のようにクロードはアップルパイと酒を求めに1人でやって来たのだ。まさかこんなド庶民の小さな店に貴族の常連ができるなんて…。

もちろん他の客からしたら、クロードは相当浮きまくっていた。

いつも客の少ない時間帯に来るからまだいいが、カウンターにいるあの貴族は誰なんだと、訪れた客はもっぱら彼の噂ばかりする。だが、あの人間離れした美しさと遠目からでも分かる威圧感で声をかけれる者は誰もいない。

もちろん店員の俺は質問攻めで大変だ。面倒くさいから全てスルーしてたけど。


しかし去年の秋が終わる頃に、そんなクロードに声を掛ける強者が現れた。

……そう、エヴァさんだ。

密かにクロードの跡をつけて来たらしく、この店に通っている事を知らなかったみたいで激怒していた。

エヴァさんは地味な色のワンピースを着ていたが、クロードの隣に並んでも全く引けを取らない程美しい女性で、2人が一緒に居るとその周りだけ別世界の様に感じた。


彼女?…奥さんかな?と思っていたら、じじぃがその場で聞いてくれて、どうやらどっちも違うようだった。

クロードは“契約した関係”だとかよく分からない事を言ってたけど、エヴァさんは少し焦りながらも、力強い口調で“友達”だと断言していた。


それからは、エヴァさんもお店にちょくちょく来てくれる様になった。

エヴァさんも自身の素性は話さないが、透き通るような白い肌、まるで絹のような美しい髪、水仕事とは無縁のきめ細やかな綺麗な手、すれ違った時に微かに感じる優しい上質な香の匂い…。貴族なのは明白だ。

そんなエヴァさんはクロードとは違って偉そうな態度などせず、俺にも気さくに話しかけてくれる。

正直、こんなに綺麗な女性は周りにいないから、エヴァさんが店に来た時は物凄く緊張した。

緊張していつもより上手く言葉に出来なくなるし…どうしても素っ気ない態度になってしまう。

そもそも友達のいない俺はコミュニケーションなんて大の苦手だから、この仕事は全くと言っていい程向いていないのだ。


その友達がいない原因は、俺の目の色だった。

4歳の時の事故で、元々茶色だったらしい俺の目は、まるで血のような赤黒い色に変わってしまったのだ。

俺の目の色は不吉らしく、俺は周りの人達に気味が悪いような奇異な目で見られ続けた。

同年代の子は、虐めてくる奴なんてしょっ中いたし、他の大多数の奴らは俺の目を見た途端に顔をそらして離れて行った。俺は何もしていないのに…。

鏡で自身を見てもこの赤い目はとても恐ろしく感じて、周りの反応が普通なんだと思うようになった。いっそ目を潰してしまおうか…と何度も何度も思ったが、そんな度胸は俺には無い。

幼かった俺には辛くて辛くて耐えられなくて、よくばーちゃんの腕の中で泣く事しかできなかった。



そして時間の経過と共にエヴァさんへの緊張が少しずつとれてきて、やっと彼女の顔を正面から見れる様になった頃の事だった。

注文を取る時にエヴァさんとふいに目が合った。その一点の曇りもない青空の様な綺麗な碧眼に見つめられて、俺は目が離せなくなって固まってしまった。


エヴァさんは俺の目を真っ直ぐに見続けた。


こんな血で濁ったように赤黒くて恐ろしい、皆んなが目をそらして忌み嫌う、俺の、俺の大っ嫌いなこの目を…。


耐えられなくて目をそらし、エヴァさんに言う。


「……こんな目気味が悪いだろ」


と言った瞬間に、エヴァさんは何故か、そんな訳無いでしょ!と怒り出した。

とても綺麗な色だとか、私は大好きだとか、ゾクゾクするくらいカッコイイだとか、色気があって素敵だとか…長々と熱心に俺の赤い目を褒めてきた。

最初は意味が分からなかった。そんな訳がないと、逆にバカにされてるのかと思い腹が立った。…けど、エヴァさんのあまりにも真剣な言葉と、真っ直ぐに俺の目と向き合う瞳に、本当に思ってくれているんだと自覚した。

他人から褒められた経験なんて全く無い俺は、自覚した瞬間、顔が噴火してマグマの様に熱くなって、恥ずかしくてどうしていいか分からなくて心臓はバクバク激しく暴れ出すし、なんかもう息が出来なくて苦しくて苦しくて……そして、とっても嬉しかった。

エヴァさんが俺の目を綺麗だと、好きだと言ってくれた事に、心の底から救われたのを感じた。


エヴァさんは最後の方、バンパイア?との恋愛?というよく分からない事を興奮しながら話していて、何故か俺の歯を見せて欲しいと言ってきた。


何でそんな事になるのか……俺は頭がついていかなくて、本当に恥ずかしくて腕で口元を隠して拒否したが、俺の些細な抵抗など簡単にエヴァさんの手が払いのけた。そして、エ…エヴァさんの白くて細長い華奢な指が!お…おお俺の口元に触れようとしてきて…!!

唇がエヴァさんの指先の感覚を感じ取るギリギリの所で、俺のガクガク震えていた膝は崩れ落ちた。

無様にも尻から転んでしまったが、俺の爆発寸前だった心臓は難を逃れた。崩れ落ちた時、驚きのあまりに口が開いていてしまい、歯を見られたのか何なのか分からないが、やっと彼女は落ち着いてくれた。



……とにかく俺はエヴァさんのお陰で、赤い目の呪縛から救われたのだ。


その反面、やっとエヴァさんを正面から見れる様になったと思ったけど、何故かまた見れなくなってしまった。




そしてエヴァさんは、俺だけじゃなく、俺のじじぃの事も救ってくれた。


じじぃの前職は何をしてたのか教えてくれないから今だに分からないけど、以前はばーちゃんが切り盛りしている店をたまに手伝っては、仕事で何日も帰ってこない生活をしていた。


実を言うと、俺は人の魔力の色や、街中でたまにふわふわ浮いてる精霊?ってのが見える。ばーちゃんとじじぃにそれを言ったら、普通の人には見えないから誰かに話しては駄目だと注意された。

この街で魔力を持っている人はほとんど見かけないし、ばーちゃんも魔力を持っていなかった。でも驚いたことに、じじぃは魔力を持っていたのだ。

しかも家の中では魔力を纏っているのに、家の外に出た瞬間纏っていた魔力を消していた。…何をそんなに警戒してるんだ?


そういう俺も実は魔力を持っていて、外では見えないように消している。俺の魔力の色は黒の様な紺色で、逆にただの黒よりも深い闇の様な色をしていた。

そして赤い目の時と同じで、俺以外にその色の魔力を纏ってる人は今の所見たことが無い…。

こんな禍々しい色の魔力をもし誰かに見られたらと思うと…俺は怖くて怖くてたまらなくなる。じじぃにも外では消すようにと言われたから、俺は必至になって魔力の消し方を教わった。

俺はこの魔力でどんな魔法が使えるのかと疑問に思ったが、知ってしまうと自分が人間じゃ無くなってしまう様な不安に襲われて、自ら聞こうとは思わなかった。そしてじじぃも俺に、何も言わなかった。


じじぃは魔法関係の仕事をしているんだろうか?

たまに店を手伝うじじぃが、客とコソコソ影で話しをしている事がある。そういう時は大抵魔力を持った奴ばかりだった。本当に怪しすぎて心配になってくる…。


でもばーちゃんは、そんな家にも帰らず怪しい事をしてたじじぃでも愛していたみたいだから、俺は何も言わなかった。


ばーちゃんが病気で倒れて医者に余命宣告をされた後からじじぃは変わった。あの怪しい仕事を綺麗さっぱり辞めて毎日家に居るようになったのだ。

一緒にばーちゃんの世話をする傍ら、ばーちゃんの大好きな店をじじぃが継ぐと言ってからは経営の仕事を教わっていた。お店は元々手伝っていたし、要領が良くて器用だからすぐに仕事を覚えていた。


じじぃは客に大雑把で適当な性格をしているように見せていたが、あれはほとんど演技だ。本当はとても繊細で、周りを冷静にちゃんと見ていて、仕事も細やかな気配りじじぃなんだ。

何でそんな演技をしているのかと思ったけど、ばーちゃんが大雑把でちょっと適当な人だから…。じじぃなりに店を守るのに必死だったんだと思う。


俺とじじぃは悲しむ暇も無いくらい働いて、ばーちゃんのお世話をして、また働いて…。

それに慣れてきた頃、ばーちゃんは眠るように亡くなってしまった。

俺は後を追って死にたくなったけど、初めてじじぃが俺を抱きしめてきて離してはくれなかったから、それは結局出来なかった。



じじぃと俺の2人だけの家は寂しくて、ぎこちない。

今まで家に居なかったじじぃと会話なんてどうすればいいか分からない。それはきっと、じじぃも同じだったんだろう。


そしてじじぃは以前と変わらず、ばーちゃんの真似をして店に立つ。俺の為にばーちゃんの代わりになろうとしたのか、徐々に家の中でもじじぃはじじぃでは無くなって、ばーちゃんの仮面を被ったじじぃになっていった。


本当のじじぃは一体何処に押し込んで隠しているんだろう。まさかばーちゃんと共に亡くなってしまったんだろうか。3人でいた頃のあのじじぃの笑顔はもう久しく見ていない。

俺はばーちゃんの代わりなんて要らないんだ。無理しているじじぃが心配で、でもどうしていいか分からなくて、自分の無力さが嫌でたまらなかった…。



そしてばーちゃんが亡くなって3年目の命日の朝、俺はばーちゃんの写真の横に花を飾りながら勇気を出して言った。


「……俺はばーちゃんの真似したじじぃは好きじゃない。ばーちゃんが愛してた怪しい頃のじじぃが……俺は好きだ」


……この部屋には俺1人しかいない。じじぃは隣の部屋にいる。

けど、じじぃが地獄耳なのは知っているんだ。

大丈夫……きっと聞こえているはず。


その後、じじぃの反応は特になく、いつもと変わらず仮面をつけたまま店に出勤して行った。

聞こえていなかったのか……、またしても俺は自身の無力さを感じた。


そしてお店がオープンして間もなくクロードがいつもの様に来店。彼がアップルパイをつまみにウィスキーを飲んでいるとエヴァさんも颯爽とやって来た。

いつもと様子が違うと思ったら、なんと今日がエヴァさんの誕生日らしい。クロードとプレゼントがどうとか揉めていた。


ばーちゃんの命日とエヴァさんの誕生日……こんな偶然があるんだろうか。

そんな複雑な気持ちに浸っていたら、エヴァさんとクロードの話に何故かじじぃがしゃしゃり出ていた。

そしてばーちゃんの仮面は何処へやら、繊細で気配りじじぃならではの恋愛論をエヴァさんと一緒に熱く語り合っていた。


………ん?!!!!



その日を境に、じじぃは怪しい方向に変わっていった。エヴァさんが店に来てじじぃと2人で面白おかしく話す度に、どんどん怪しさは増していくのだ。

何故かは分からないけど、話し方や声色なんか女性の様に振る舞いだした。また新しい仮面なのかな?と心配になったけど、ばーちゃんがいた頃の笑顔がそこにはあったのだ。


エヴァさんはじじぃの変化を見て、私のせいなのか…?とブツブツ言ってたが、その通りだと思う。

俺の目の事といい、じじぃの事といい、エヴァさんには感謝の気持ちしかない。……でも、エヴァさんの事を考えると胸が苦しくて鼓動が速くなる…。これは本当に感謝の気持ちなのか……?

こんな時にばーちゃんがいてくれたら聞けるのに。や、今のじじぃに聞いたら答えは見つかりそうな気はするが、そんな勇気は微塵も無い。




そんなこんなで、昨日久しぶりに夜の時間帯にエヴァさんが来店してくれた。


店内は混み合っていて、エヴァさんは出入り口に近いカウンター席に座った。…そ、そこは駄目だ!!

来る客、帰る客に美しいエヴァさんが丸見えになってしまう……!!そう、この時間帯に来る飢えた獣のような男達の極上の餌食になってしまうんだ!!!

そもそも、何でこんな時間に1人で来たんだ……!!あの他人を全くもって寄せ付けない虫除けのクロードは何処をほっつき歩いている?!


そう思っていると、細やかな気配り上手のじじぃはエヴァさんを奥のカウンターへ誘導していた。

グッジョブ!!!

そして俺にだけ分かるようにウィンクをして、エヴァさんの注文を取る様に言ってくれた。

…怪しいって思ってごめん。本当のじじぃは実は神様だったのかな?


俺はというと、今だに恥ずかしくてエヴァさんをまともに見れないし、何とも口下手でどうしようもない態度しかできない。う、また胸が苦しくなってきた…。


バタバタせわしなく働いていると、不覚にもエヴァさんの隣には狼という名の男が座っていた。

しかもなんとその男は、エヴァさんが美味しいものを食べる時にだけ見せる、あのとろける様な無防備な顔を堪能してやがった!!許すまじ!!あの顔だけは他の男に見せたく無かったのに!!ぁあ……!!


あいつは恐らく、エヴァさんを餌付けした後ワインで酔わせてお持ち帰りコースの作戦を狙っているはずだ。

そんな事には何が何でも絶対にさせない……。エヴァさんは俺が守る!!!


狼男とエヴァさんは俺の予想通りのコースを丁寧に歩いている。

俺は気が気じゃ無くて、仕事中にも関わらずエヴァさんとあの男のやり取りに全意識を集中させていた。

あ、オーダーミス…。ガチャン!…グラスを割る。ゴンッ!!…内股で立ってるじじぃに殴られた。


そうしている内に、エヴァさんが帰ろうと立ち上がった。案の定あの男は手を掴み引き止め出した。そして事もあろうかエヴァさんの手の甲にキ…キキ、キスをしようとしていた!!!俺は怒りに震えて気が付いたら走ってエヴァさんの腕を勢いよく引いていた。


エ…エエエエ、エヴァさんの良い香りがフワッとして、エヴァさんが…俺の方に重心を乗せて体が密着する状態にっ…!!密着している全ての部分からエヴァさんを感じてしまい頭が真っ白になりそうだったけど、俺はエヴァさんとこの男を離すために必死で自我を取り戻し嘘を言い放った。

自分より年上の成人している女性に門限なんてあるのだろうかと、自分に激しく突っ込みそうになったが、それしか出てこなかったんだからしょうがない。

俺はエヴァさんの細くてすぐ折れてしまいそうな腕をできる限り傷つけないようにしながら、外まで急いで引っ張り無事に狼のお持ち帰りコースから救出した。


勿論そのまま1人で家に帰す訳にはいかない、俺はすぐに店に戻ってじじぃに頼み込みに行った。 まだ店内は賑わっていて忙しい中、じじぃは初めから分かっていたかの様に「送ってあげなさい」と、呆れつつも言ってくれた。


焦って何もエヴァさんに言わないまま離れたから、もう帰っていたらと心配になって急いでエヴァさんの元に行くと、酔っているのか店前でフラフラと動いていた。

か……可愛い。

多分俺は病気なんだろう。夜も暗いのに、エヴァさんの周りには虹色の光が輝いている。まるで女神さまの様に心も姿も美しく輝いている彼女に、俺なんかが近づくのもおこがましいが、あんなにフラフラの可愛いエヴァさんを1人で歩かせられない。と、エヴァさんの手を握って家まで送ると言った。

エヴァさんを無事に送り届ける為とかは正直建前で、本当は俺の下心がエヴァさんにもう一度触れたくてたまらなくて手を握ってしまったんだ。

まるで繋いだ手に俺の心臓があるみたいにドクドク振動して熱くて、そこに意識をしないようにするけど無理だ。恥ずかしくてエヴァさんの顔を見れないから、彼女がどう思っているのか何か言ってくれなきゃ分からない…と思っていたら、繋いでいた手が離れて虹色の光に包まれた。

え…エヴァさん?

おおおおおおおお?!!!

俺はエヴァさんに、だっ…抱きしめられていた!!!


ドックンドックンドックンドックン………


俺の心臓の音なのかエヴァさんの心臓の音なのかが分からないくらい密着していて、鼓動が激しく聞こえる。エヴァさんと触れている全ての部分が、や…柔らかくて、温かくて、エヴァさんの髪の毛が俺の頬をくすぐって……。エヴァさんの香りに包まれた俺はついに頭が真っ白になった。

何が起こっているのかもどういう状況なのかも考えられなくて、ただただ俺の本能だけがエヴァさんの全てを感じ取っている中、エヴァさんが俺の耳元で何かつぶやいた。

みっ…!!耳がーーーーーーー!!!!!!

エヴァさんの湿った熱い吐息が吹きかかり、ちょんと一瞬だけ唇と思わしきものが触れた感覚があった。

エヴァさんの甘い声が耳に流れて、耳から心臓へ、心臓から腰元にかけて何かゾクゾクするものが駆け抜けた。腰が砕けるとはこういう事なのか……?

体中が高温の熱を纏い火照って仕方がない。見えないが俺の耳はたぶんデロデロに溶けているだろう。


そして俺を包んでいた虹色の光と共に腕が解かれ、エヴァさんは俺を見て笑顔で何か言っていた。


その女神の様な微笑みは俺に向けられているのか……?今だにエヴァさんの柔らかくて温かい余韻が俺の体に残っている状態で、どうして頭が動くというのだろう。


俺の意識が現実に戻った頃にはエヴァさんは何処にもいなかった。

俺の背中に痛みが徐々に走り、おぼろげにあの男が蹴ったのだと思い出す。


じじぃにはガッツリ怒られたし、エヴァさんが無事に帰れたのか不安で落ち込む。そして、エヴァさんに抱きしめられた時の事を思い出しては悶えてバタバタしては、また心配で落ち込むの繰り返しをしているうちに、結局昨夜は眠れなかった。


俺は本当に病気になってしまったんだと思う。

寝ても覚めてもエヴァさんの事が頭から離れなくて、睡眠障害に動悸息切れも起こる。

こんな気持ちは今まで知らなかったし、この病気が何なのかまだ謎は解けないが、

俺の藍色で暗かった日々の世界は、エヴァさんの虹色の光に照らされて変わったのだけは分かる。



……虹色の光……いや、まさかね。






長々と最後まで読んで頂きありがとうございます。彼の病気は初期のヤンデレと診断致しました。

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