公爵夫人のペンダント
「シャーロット。結婚おめでとう。……これを」
クラレンスとの結婚式を翌日に控えた夜。ブレンダがやって来て何かを差し出した。
「ブレンダ? ……これは……」
差し出され手に取ったもの。……それは以前ブレンダと猫になる『賭け』の対象にした、オルコット公爵夫人に伝わるペンダントの宝石だった。
「シャーロット。お前は私の大切な友人でありこのオルコット公爵家の正当な跡取りであり夫人。お前にこれを渡すのが相応しいと思ってね」
シャーロットはその宝石を暫く見つめた後、首を振りブレンダに差し出した。
「これは……ブレンダの大切なものなのでしょう? 受け取れないわ。……でも、お願いがあるの……」
「……なんだい?」
「───元々はオルコット公爵家にブレンダが渡したというこのペンダント。その後代々公爵夫人に伝わるこの宝石がどういう経緯でまた貴女に戻ったのか、それが知りたいの」
ブレンダはジッとシャーロットを見ていた。そしてシャーロットもブレンダを見つめ返す。
───少しして、ブレンダが諦めたように息を吐いた。
「……そうこれは元々私が初代オルコット公爵夫人だった親友に渡したもの。そして、お前の5代上に当たるアメリアが私に返したんだよ」
ブレンダはシャーロットにボツリと昔語りをし出した。
「───随分と昔の話さ。まだ国々は荒れた戦乱の時代、一人の青年が仲間達と共に天下統一を目指していた。その青年達の最大の敵は実に残虐で酷い奴でねぇ。その時世界に数人はいた魔女は青年達に味方した。……しかしその青年と私は実に気が合わなくてね。私もまだ若かったし会えば喧嘩ばかりしていた。だから私が彼らの味方をする事も戦争に手を出す事もなかった」
───それはこの国の建国史に載っている時代の話よね。そうするとその青年は……。
「そう。その青年がお前の祖先、初代オルコット公爵だ。
そんな戦いの続く日々の中で、1人の魔女がその青年と恋仲になった。……私の親友だ。彼女は青年の妻となり彼に魔力を使い続け……その力を失った」
この時のブレンダの瞳は仄暗い闇を持っているように見えた。
「親友はヤツの為に魔力を失った事を悔やんではいなかった。……しかし私はそうじゃなかった。彼女は魔力を失った事で人間と同じ長さの命しか無くなった。……ヤツを恨んださ。私は共に生き続けるはずの大切な親友を失ったのだから」
ブレンダの言葉がいつの間にか、『青年』から『ヤツ』に変わっていた。それ程それは悔しい事だったのだろう。
「そんな中、敵の勢力が大きくなってねぇ。ヤツが大ピンチになったんだよ。……いい気味だと思ったがね、しかしそのままだと親友にまで危険が及ぶ事になる。……そこで仕方がないから手を出し助けてしまった」
ブレンダはふーっと息を吐いた。
「───しかしその時よりにもよって、敵に私の大事にしていた使い魔をやられた。怒り狂った私はそこから敵を徹底的にやり返して───。気付いたら、『オルコット公爵家の守護者』となり、敵を蹴散らし新たなる王国が出来ていたのだ」
……その時のブレンダの様子は手に取るように分かる気がする。今でも思い立ったら一直線だもの。
「しかし私があの男とそりが合わないのは変わらない。無論他の者や王家などとはもっと関わるつもりなどない。むしろ男は嫌いだ。顔も見たくない。
───という訳で、親友だけを公爵家と私の窓口とした。それが『オルコット公爵夫人の力』の始まりだな」
なるほど……、とシャーロットは頷く。次にブレンダは少し困った顔をした。
「しかし親友の子でもある公爵家の次の代はなぁ……。ソックリだったんだよ、あの男に。だから一代限りで守護者はやめるつもりだった。だが───」
ブレンダはため息を吐きつつ、少し笑っていた。おそらくその『親友』を思い出しているのだろう。
「その後継者の婚約者を決める相談をされて。それで私はその内の1人は財産狙い、1人は敵の間者、なんて口出ししてしまって……。そして私の認めた娘と結婚した後、親友とその娘と関わっていく内に娘に情が移り……。その繰り返しとなった」
……基本、ブレンダはとても面倒見がいいものね。
そう考えていると、ブレンダの表情が硬くなった。
「───しかしそれが徹底的に変わったのは、アメリアの時だ。彼女は自分の息子と王女を結婚させたいと言った」
……『アメリア』。それがさっきブレンダが言った、5代前のご先祖様ね。
「───私は反対した。王女がどうのというより、王家とその王女は明らかに公爵家の力を探り狙っていたからね。そうしたら、アメリアはあの石を使った。一度だけ何でも願いを叶えると言って渡してあったあの石を」
……代々の公爵夫人が持つ『力』を叶える石を、アメリア様はお使いになったのね。それは、もしや王族と縁続きになり権力を掴みたいから?
「私はその願いを叶え、そして彼女の元を去った。……そろそろ公爵家との繋がりも潮時だったと、長く関わり過ぎたのだろうとそう思ってね。
その後公爵家に嫁いだ王女はアメリアに早く『公爵夫人の力』を寄越せと迫っていたようだ。その頃は私は一切公爵家に関わっていなかったからアメリアも渡せるはずもなかっただろうがね」
ブレンダはそう言って苦笑した。
「そして時が過ぎ王女の産んだ後継が婚約者を選ぶ時。アメリアはそれまでしまっていたあの石を取り出し祈った。『どうか次代の公爵夫人を決めてください』と。私は迷ったが彼女の前に姿を現した。彼女は泣いてこれまでのことを詫び、───そしてその証としてこの石を私に返したのさ」
「───そうだったの……」
アメリア様はきっと、ずっと後悔されていたのね。
「……ああ。シャーロット。私を憎むかい? ……アメリアはその後失意の中亡くなったのだ」
「───いいえ。ブレンダの信頼を裏切ったのはアメリア様。貴女はそれに傷付いて一時期距離を置いた。そしてアメリア様も後悔していた。……悲しいすれ違いだったのだわ」
ブレンダはシャーロットを見つめ、そして頷いた。
「───月日が経ち、私は王女の産んだ息子の妻の前に姿を現した。彼女は最初驚いたが、『小さな頃から魔法の本が大好きだった』と私とたくさん話をしたがった。……すぐに友人となれたよ」
「……それが私のお祖母様ね。そしてお母様とも仲良くなった」
「ああ。公爵家に伝わるペンダントの意味は無くなったが、公爵夫人と友人となる関係は続いた訳だな。───私はなんだかんだいって、公爵家と繋がっていた。だからこの宝石は意味を成すのかは分からない。しかし、もしこれからお前達の子孫が間違いを起こしても、一度だけチャンスをあげられる」
「ブレンダ……」
「───だからやはりコレは持っていておくれ。私にシャーロットの子孫も見守らせておくれ」
ブレンダは再び宝石をシャーロットの手に握らせた。
───凍えるほどに白く美しい宝石。しかし、彼女の手から渡され触れるそれは、心まで温かくなるような不思議な温度を保っていた。
「───分かったわ。ありがとう、ブレンダ。預からせてもらうわ」
シャーロットがそう言って宝石を受け取ると、ブレンダはとても嬉しそうに微笑んだのだった。




