白猫の名残り
「───これもシャーロットに似合いそうだ。ああしかしこちらも捨てがたい……」
「同感だ。どれも似合い過ぎて選び難い……。いっそのこと衣装替えをもう一度増やしてはどうか?」
「いいですね……!」
───部屋には美しい生地とたくさんのデザイン画。それらを見ながらクラレンスと父オルコット公爵は実に真剣に議論していた。
そんな緊張感漂う2人にシャーロットは必死に主張する。
「……クラレンス様、お父様。いい加減にしてください! 一介の貴族の結婚式にそんなに衣装は必要ありませんわ!」
───先日、シャーロットとクラレンスは目出たく正式に婚約者となった。
オルコット公爵家の一人娘であるシャーロットの家にセリエ侯爵家の次男であるクラレンスが婿に入る形である。
昔からセリエ侯爵家とは夫婦共に付き合いがあり、3年前には縁談の話も出た事があった。しかし最近は近衛の仕事一筋に生きる息子クラレンスの様子に、暫くは結婚は無いのだろうと諦めていたセリエ侯爵家はこの結婚を心から喜んだ。
そしてクラレンスは副団長であるダニエルに近衛師団長職を引き継ぎ、正式に次期オルコット公爵となる為に公爵家に修行に入る事になった。
世間の人々は……特に貴族の次男以降はこの結婚を知り大層悔しがった。
新たな『次期オルコット公爵』の座に収まったクラレンスは羨ましがられ妬まれる事も多々あった。しかし彼自身が侯爵家令息という高位貴族であり、若くして近衛師団長という立場に立つ程良くできた人物という事で、面と向かって批判出来る者などは居なかった。
そして2人は婚約してからのパーティーで、その親密さを十分周囲に見せ付けている。……そう、本人達は意図せずに。後でブレンダに指摘され、真っ赤になったシャーロットだった。
そして2人は特に期間を置く必要も無い事から貴族としては通常よりも早い半年後には結婚式を挙げることになっている。
───今はその準備中なのだが、何故か花嫁であるシャーロットよりも花婿クラレンスと父である公爵の拘りや熱の入れようが凄い。
「シャーロット。君の美しさを如何にして表現するかという大切な話だよ?」
「そうだ。シャーロットが主人公となるこの日はその美しさ可憐さを余す事なく人々に見せる必要があるのだから」
クラレンスと公爵は真顔で、まるで聞き分けのない子に言い聞かせるかのようにシャーロットに言った。
2人に当然だとばかりに言われたシャーロットは自分がおかしいのかと一瞬考えて、いいえそんな事はないわと思い直す。
時にシャーロットを取り合い牽制し合う事もあるこの二人は、こういう時には非常に気が合うようだ。
「いいえ、既に素晴らしいドレスを幾つも注文しているではありませんか。これ以上は不要ですわ。ましてやこれ以上の衣装替えは勘弁してくださいませ!」
これまでにもたくさんの衣装を決めている。
数年前の王太子夫妻の結婚式だって式用の白いドレスと数回の衣装替えだった。しかもそれは式後の謁見やパーティー用の着替えも含めての話だ。
……幾ら筆頭公爵家とはいえ、一貴族の結婚式にはそんな数のドレスは必要はない。
しかし結局は2人に押し切られ、たくさん作って結婚式で着られなかったドレスは別の機会で着たらいい、という事になった。
……結婚式の準備って、もっと花嫁中心で決められていくのかと思っていたわ……。
別の意味で疲れてしまったシャーロットだった。
「───シャーロット」
疲れて少し目を瞑っていたのだろうか、不意にクラレンスに呼ばれたシャーロットは振り向く。
「はい、……あら? ───お父様は?」
「───先ほど戻られたよ。シャーロットが疲れてうたた寝してしている間にね」
クラレンスは少し困ったように笑った。
それを聞いたシャーロットは周りを見渡す。今は侍女も下がっているようだ。
チラリ、とクラレンスを見る。
「クラレンス様。───あの、お願いがあるのです……」
「ん? 言ってごらん」
「……あの時みたいに、筋肉を触らせてもらっても……いいですか?」
シャーロットは思い切ってお願いしてみた。……少し前まで、2人の中で普通にしていた事を。
クラレンスは最初驚いた顔をしたが、嬉しそうに微笑んで頷く。
「勿論。───おいで」
「ッ! ……にゃんっ!」
それを聞いたシャーロットは笑顔でクラレンスの腕に飛び込む。そしてクラレンスの鍛え上げられた筋肉を触って味わう。……クラレンスは近衛師団を辞めても毎日剣を振り鍛えているのだ。
クラレンスは白猫ロッティは自分の筋肉を触っているつもりだったのかと少し可笑しくなりながらもそんなシャーロットを受け止め、彼女の柔らかな髪の香りを吸い込んだ。
2人は心の中で思った。
「「……はあ、幸せ……」」
───コレは、白猫だったシャーロットとその飼い主であるクラレンスの名残り。
クラレンスの筋肉を前脚でたしたしと叩いて味わう白猫と、その白猫に『猫吸い』をするクラレンス。
2人になると自然にそうなってしまう。
……もしかしてこれは生涯こうしてしまうのではないかしらと考えてしまうシャーロットなのだった。




