王太子妃の本心
「ニャアオ……」
その時、王妃の猫が物悲しげに鳴いた。
「まあどうしたの? お前は人間の言葉を話していたと聞いていたのだけれど」
王太子妃メリンダは訝しげに腕の中のグレーの猫モリーを見た。モリーはメリンダをじっと見ながらもその腕から離れようとジタバタともがいていた。
「殿下、その猫は……」
モリーの様子を見かねたシャーロットが声をかけようとした、その時。
「───確かにその子は王妃の猫だったがね。シャーロットに懐いていたのに可哀想に」
先程までモリーのゲージを持っていた、シャーロットのお付きの侍女がニヤリと笑いながら言った。
「……!? 何なの、お前は!」
突然不遜な物言いで話し出した侍女に王太子妃は眉を顰めた。
この身分制度の厳しいこの王国で身分の下の者がら話し出す事はないし、普通の侍女は目上の人が居れば感情を表したりはしない。
シャーロットは内心ため息を吐いて王太子妃に向き合った。
「王妃様の猫は私が王太子殿下よりお言葉をいただき責任持ってお預かりしたのです。この事、王太子殿下はご存知なのですか」
「───私が言えば殿下は分かってくださいますわ。……それよりもその侍女は王宮に連れてくるのに礼儀がなっていないのではないかしら」
2人はお互いにこにこと笑顔で応酬を行っていた。
「───礼儀? いきなり無防備な猫に魔術をかけるような輩に言われたくはないね。……まあ、そんなちゃちなまじないがこちらに効くはずはないけどねぇ」
侍女は肩をすくめてから猫モリーに「好きなところへお行き」と言うと、モリーは王太子妃の腕から素早く抜け出してシャーロットの元に来た。
「ニャオーン」
王太子妃から逃れたモリーはすぐにシャーロットの元に来て、上目遣いでじっと見つめる。シャーロットが手を差し出すとたんっと飛んで来たのでキャッチし、抱き締めた。
「───猫は、自分の好きな所に好きに行く。誰の指図も受けないさ」
その様子を見て王太子妃はワナワナと震える。
「どうして魔術が効かないの?
……お前達、これはどういうことなの? お前達は我が国最高の魔術師でしょう!? それに王妃様に付いていた魔術師は確かに猫が言葉を発したと……」
王太子妃は猫に魔術をかけた侍女に扮した魔術師達を睨んで言った。
「申し訳ございません! 確かに術をかけたのですが……」
「やはり魔女に魔術は効かなかったのだと思います」
魔術師達はそう謝罪し王子妃の前に跪く。
「そんな……! ……やはり『魔女』はオルコット公爵家のみに仕えるという事なの?」
王太子妃はそう呟いて青くなっていた。
そして思い切ったように顔を上げた後、シャーロットに向かって深く頭を下げた。
「───私が愚かでございました。……申し訳ございません」
余りに素直に頭を下げるのでシャーロットは少々面食らった。
「……王太子妃殿下」
「───小さな頃から憧れていた、魔女の力を自分が手に入れられると、愚かにもそう考えたのです」
王太子妃はそう言って頭を下げ続けた。
驚いたシャーロットだったが、素直に謝罪する王太子妃に尋ねる。
「その『魔女の力』を、手に入れてどうされるおつもりだったのですか」
「───伝説の力を使ってみたかったのです。……そしてレイモンド様の力になりたかった。今、この王国はエドワルド殿下や王妃殿下の行いの為に揺れている。あの方の勢力基盤を万全にしたかったのです」
王太子妃は頭を下げたまま答えた。
シャーロットは自分の侍女……ブレンダを見てお互いゆっくり頷き合った。
「殿下。……国を運営する事は何か大きな力を持てば良いというものではありませんわ。そして王太子殿下は立派なお方。我ら臣下は殿下を信頼してお支えし、より良き国とする為力を尽くすでしょう」
王太子妃はそろりと顔を上げ、シャーロットの顔を見た。
王太子妃と目が合ったシャーロットは微笑み頷く。
「我がオルコット公爵家もその為に力を尽くす所存ですわ」
王太子妃の今回の行動は、彼女の愛する夫レイモンドを助けたい一心での事。エドワルド達が貶めた王家の威信を何とか取り戻したかったのだろう。
それと隣国では知られた『魔女』の力に興味もあったのだろうが。
シャーロットは……オルコット公爵家は王位を望んでいる訳ではない。公爵家は代々王家に仕えこの王国の安寧の為に尽くしてきたのだ。そしてレイモンドはその忠誠に足る人物だと考えている。それは公爵も婚約者クラレンスも同じ考えだ。
「王太子妃殿下。───共にこの王国の為、力を尽くして参りましょう」
そのシャーロットの言葉に、王太子妃メリンダは涙を流した。
「───共に。……ありがとうございます。オルコット公爵令嬢。私は……これからの王家はあなた方の信頼を損ねる事はしないとお誓いいたします」
「ナァーオ」
グレーの猫モリーがそれに応えるように鳴いた。
その瞬間、その場にいる者達の気持ちは和み空気が軽くなる。
「これは……魔女様が魔法をお使いになられたのですか?」
メリンダは目を輝かせてシャーロットに尋ねた。
シャーロットは苦笑しつつ答える。
「───そうですわね。人の心を和ます魔法。とても素敵な魔法ですわね」
王太子妃とシャーロットは微笑み合った。
メリンダはシャーロットの侍女、ブレンダが魔女だと気付いたが、その後彼女がそれに言及する事はなかった。
『礼儀を弁えていない侍女がもっとガツンと言ってやろうと思ったのに、ちょいと残念だったねぇ』
茶会の帰りの馬車でブレンダがそうぼやいてはいたが。
……王太子妃メリンダとシャーロットはこの後交流を持つようになり、信頼関係を築いくのだった。




