クラレンス
───時は少し遡る。
───王宮でグレゴリー伯爵家の罪が明らかになった日の王宮の近衛師団長室。
「───君には辛い役回りをさせた。申し訳なかった」
近衛師団長室に戻ったクラレンスは前に座る青年に頭を下げた。
「団長……! やめてください、私がそうしたくてしたのです。私の友人は、選択を間違った……。自らの欲に負け、間違った道を選んでしまったのです」
青年……ブルーノは最後悲しげにしながら言った。
ブルーノは近衛騎士団員。モットレイ侯爵家庶子であるがほぼ家の支援は受けず実力でやってきた努力家であると周囲は認めている。
「……しかしグレゴリー伯爵家次男ネイサンとは友人だったのだろう? その友情を踏み躙らせてしまった。……しかし、君のお陰で正しき道になり助かった方々がいる。王太子殿下や公爵からも感謝と褒美の話が出ている」
「そのような……。私はネイサンに彼の従兄弟である公爵令嬢が見つかって良かったと喜びを伝えただけです。勿論それは団長から頼まれてではありましたが、私は本心から彼が喜ぶと思った……、そう信じたかったのです。
ですから私に褒美などは必要ありません」
友人を信じただけと話すブルーノにクラレンスは頷き微笑んだ。
「君は本当に心根の良い男だ。私は君を誇りに思うよ。
しかし殿下からせっかく褒美の話をいただいたのだ。……何か希望はないのか?」
「私は、今で十分満足なのです。
……ですが、出来ればモットレイ侯爵家に良くしていただければ嬉しいです。先日のエドワルド殿下の件で、弟ウェスリーが謹慎しておりますので」
それを聞いたクラレンスは少し表情を曇らせた。
「モットレイ侯爵家か……。
実は殿下から、君をモットレイ侯爵家の後継に推挙してはどうかと話をいただいているのだが……」
「ッ! それはいけません、団長!」
悪い話ではないと考えたのだが、ブルーノはすぐさまそれに反論した。
「しかし……。ブルーノ、君は長子でありながら庶子という事で後継となれていなかった。剣も仕事もこれ程優秀であるというのに……。私も君は侯爵家を継ぐに相応しい人物と考えている」
「いいえ、団長。弟ウェスリーは今回このような事にはなりましたが、本来はよく出来た人間なのです。
そして……ウェスリーは高位貴族の奥方様の子。対して私は侍女をしていた男爵家の母の息子、立場が違う事を重々理解しております。そしてその事で奥方様とウェスリーに苦しい思いをさせて参りました。私があの家に入る事は決してありません。それに……」
ブルーノは更に何かを言いかけて途中ハッと気付いてやめる。
「……『それに』? 他にも何か理由があるのか」
「ッいいえ……」
「───ブルーノ。私に遠慮は要らない。話してみたまえ」
クラレンスはそう言った後、ゆっくりとブルーノの答えを待つ。少しして観念したようでブルーノは呟くように口を開いた。
「───気になる方が、いるのです」
「そうか……。それならば尚更爵位を得た方がその方を迎えられるのではないのか?」
「───いいえ、その方は爵位をお持ちなのです」
「───!」
クラレンスの頭にはそれはもしや、という考えがよぎる。
「……もしも私がモットレイ侯爵家を継いだなら、当然家の為に結婚をしなければなりません。しかし私は彼女以外考えられないのです。そして高位貴族の後継娘である彼女とは、絶対に結ばれない事は理解しております」
「『高位貴族の後継娘』……」
クラレンスは呆然としながら呟いた。
……まさか。
ブルーノが想いを寄せているのは、シャーロット オルコット公爵令嬢なのか。
クラレンスはギュッと拳を握る。
「───まさか、彼女に想いを受け入れてもらったのか……?」
その問いかけに、ブルーノは慌てて否定した。
「いえ、まさか! 彼女を幸せに出来ないこの立場でそのような無責任な事を伝えられるはずがありません! ……困っている様子の彼女に、声を掛ける位しか───」
「ッ……話も、したのか? いつからだ? 高位貴族の令嬢には婚約者もいただろう」
クラレンスの中でブルーノに相談するエドワルド殿下と婚約中のシャーロットを思い浮かべてしまう。思わずギュッと拳を握った。
「勿論、彼女が高位貴族である以上知っております。……私が彼女と直接話をしたのは婚約破棄をしたと聞いてからです。……ッ勿論、不埒な思いで近寄った訳ではありません!」
「!? いつ、彼女と会う機会があったのだ?」
……シャーロット嬢は婚約破棄を宣言されてすぐに猫になった。そして人間に戻ってから私と公爵以外外部の人間には会ってはいないはず───。
「……団長室の前で、困っておいでだった時です」
……『団長室の前』。猫ロッティの姿で困った所にブルーノに話しかけられた……?
「? 団長室? 近衛師団長室か?」
何やら話が噛み合わない気がして確認する。
「はい。この所団長はお忙しくて殆どの急用でない面会の方はお断りになっていらっしゃいました。それで何度かお見えになった彼女───アマリア嬢と、お話しする機会を得たのです」
「───アマリア嬢……。ベッツ侯爵家のご令嬢か」
クラレンスはブルーノの気になる相手がシャーロットでなかった事を知り、何やら強張っていた力が抜けた。
その後、何度もクラレンスに会いに来ていた事でブルーノもアマリアと自分の事を誤解していると知ったので、自分には心に決めた女性がいる事をきちんと説明した。そして恋する男ブルーノを他人事とは思えずつい口添えする。
「───そうか。私はブルーノはベッツ侯爵令嬢と話をしてみるべきだと思う。今彼女には婚約者は居ない。君にも可能性はあるのだから」
「……私は庶子です。それならば子爵家の次男辺りの方が余程良い条件でしょう」
「何を言う! ブルーノはそれだけではなくこの近衛師団でも有望な騎士なのだぞ」
そのようなやり取りを繰り返し、やっとベッツ侯爵令嬢と話をする事を約束させたのだった。
───そして今日。
「───私、シャーロット オルコットは貴方様をお慕いしております」
王妃やエドワルド殿下の愚かな行動を王太子によって諌め、シャーロット嬢の父である公爵から認められた形でやって来たオルコット公爵邸の応接間。
───ここで、今やっと5年に渡るクラレンスの想いが実った。




