グレーの猫と手のひら返し
思わず叫んでから、クラレンスは動けない体に歯軋りする。
先程からのエドワルドの身勝手な発言に怒りが沸々と湧いて、抑えられなかったのだ。
「───娘との婚約は既に破棄されております。我が家としてもう一度貴方様と縁を結ぶなどということは全く、1ミリも考えてはおりません」
そしてオルコット公爵も眉間に深い皺を寄せ非常に不機嫌な顔でそう言い切った。
シャーロットはそんな2人を心配して見てからエドワルドを見る。
エドワルドは怒りからだろうか、真っ赤になってブルブルと震えていた。
「……お前達……! なんと無礼なのだ、王子であるこの私に向かって……!」
「───そもそも、一度は王命で為された婚約を破棄されたのは貴方様でありましょう。そしてまた王命で破棄となった婚約をもう一度などという事が可能だとお思いか?」
公爵はそう言い返した後、チラリと王妃を見た。
王妃は公爵達が動けない事で余裕の態度で見下すように言った。
「ふん、そんなもの……。お前達が反論しなければ何とかなる。そうすれば王もお認めになるだろう」
「何とかなると思っているのだとすればそれはなんと愚かなこと。───そしてオルコット公爵家が何故これまで筆頭公爵家として絶大な力を持ち得て来たのか、理解しておられなかったとは」
公爵はそう言ってこちらを見て来たので、シャーロットは静かに頷いた。
……ブレンダ。お願い。
シャーロットはそう小さく唱えた。
「───筆頭公爵家がなんだと言うのだ! こちらはこの国の王家、そして私は王子だぞ! それならばこの生意気な女を私が躾直してやるわ!」
怒りに燃えたエドワルドがシャーロットに向かって手を上げようと近付いて来た。
シャーロットはギクリと身を震わす。
「ふふん、公爵達は動けぬのだ! 目の前で娘が打たれるのを指を咥えて見ているがいい!」
エドワルドはそう言ってシャーロットに向かって手を振り上げたが……その手を、ガシッと何かに掴まれる。
「ッ!? は? なんだ……!?」
エドワルドの手を掴んでいるのは、ゴツくて大きい手。
シャーロットは自分を助けてくれたその腕の主を目で追った。……そこには怒りに燃える真剣なクラレンスの顔があった。
シャーロットの胸に、温かい何かが灯る。
クラレンスはその真剣な表情のままエドワルドに言った。
「残念でしたね。……このように、動けますよ」
「ッなッ───!!」
エドワルドは信じられないという顔をしてからハッと我に返る。
「ッこの、離せ!」
そう言ってエドワルドは掴まれた手を振り払おうとして、むしろ相手にぶんっと離され足元がふらつく。何とか転ばずに済み改めてクラレンスを睨むが、睨み返されたので一瞬視線を彷徨わせてから母である王妃に向かって慌てて言った。
「ッ母上! これはどういう事ですか!? どうしてこの男は動けるのですか!?」
「おお、エドワルド。
……おい、お前! コレはいったいどういうことなのだ?」
王妃は先程までの有利な状況から一転した事に動揺しながら横にいる侍女に扮した魔術師に向かって聞く。
しかし魔術師は信じられないと顔を青くさせていた。
「わかりません、術は効いていたはず……! いったいコレは……?」
───その時、部屋の空気がピンと張った。
「───ンニャアアオゥー……」
そして猫のベッドからジッとこちらを見ていた王妃の飼い猫モリーが立ち上がり鳴いた。
王妃の部屋にいた誰もがそのグレーの毛並みの良い猫の方を見る。
『───お前は、誰の許可を得てこの国で魔術などを使っている?』
「───はッ!?」
……魔術師は、可哀想な位にビクリと大きく震えた。
グレーの猫モリーの金色の目が光る。
『───我が守護する者に、手を出す事は誰であろうと許さぬ。それがたとえ『王家』とやらであろうとも』
それを聞いたエドワルドと王妃は震えながらも口を開く。
「……な! ふ、不敬だぞ! 猫の分際で!」
「モリー! 可愛がってやった恩を仇で返すとは!」
エドワルドと王妃がモリーに対して怒鳴り散らした。
「わ、私は雇われただけで関係ありません! もう、この国は出ますから!」
魔術師はそう言って逃げようとした。おそらくこの猫が何者かということを理解したのだろう。
「なッ? お待ちなさいッ! 主人を置いて逃げるとは……!」
「私は今回お金で雇われただけ……! ……だいたい、魔女様が相手だなんて聞いてない! 魔女様を敵に回すなんて、そんな愚かな事に巻き込まないで!」
魔術師はそう言い捨てて逃げて行った。
───『魔女』。
御伽話位でしか聞かない、偉大な魔法使いの名前に王妃とエドワルドは次第に目を輝かせた。
「魔女、だと……? 私の猫、モリーが?」
王妃はそう呟いてまじまじとモリーを見る。
そしてニヤリと笑った。
「……おお、モリー。私の可愛い猫よ。私の言う事をよくお聞き。そこの奴らを動けなくしておくれ」
「そ、そうだぞ! 私も可愛がってやった。私の言う事を聞け!!」
───まさに手のひら返し。
シャーロットを始め、公爵もクラレンス達も王妃を呆れた苦い目で彼らを見た。




