エドワルド
「───レイモンド殿下ならばこのくらいの事は簡単に出来たのに」
───まただ。
また、私は優秀な兄と比べられる。
そして癇癪を起こした私は更に兄との違いを周囲に知らしめてしまう。……幼い頃からこんな事の繰り返しだった。
そんな時私を庇うのは王妃である母。
「お前たち! 高貴なる王子エドワルドになんたる不敬な!」
母はいつも私の味方だ。高貴な私の価値を理解し守ってくれた。
そうして私に不敬な態度を取った教師や侍従、侍女達はいつの間にか周りから居なくなった。
そんな私の歳の離れた優秀な兄レイモンド。……兄には、成人しても婚約者が居なかった。通常成人した貴族や王族には婚約者がいるのものなのに。
しかしどうやらそれは父である国王のせいらしかった。国王は筆頭公爵家の令嬢に婚約を打診したが、断られ続けているらしい。
「公爵家如きが王家に逆らうとは、不敬ではないのですか」
ある時私は兄に尋ねた。
「───かの家は特別なのだ。我が王国がこうして列強の国々と肩を並べていられるのは、建国以来我が国を護っているオルコット公爵家のお陰。……国史で習ったであろう?」
「……この国で生きる以上は王家に従い国を護るのは当たり前の事です。公爵家は王家を敬わない愚か者どもだ!」
私は王妃から聞いていた事実を言ってやった。しかし兄は困ったように笑った。
「その護りを国の為に使わなくなればどうなると思う?」
「な! それでは公爵は反逆者です! 家ごと潰してやればいい!」
「エドワルド!! なんと愚かな事を申すのだ!」
びくりと震えたまだ13歳の私を見て、兄ははぁとため息を吐いた。
「……お前にはまだ国の事は分からないのかもしれぬな。
───よいか。二度と今のような愚かな考えをするでないぞ」
兄は怒りを押し込めた顔でそう言った後、護衛を連れオルコット公爵家に向かった。……父に言われ公爵令嬢の心を掴む為に足繁く通っているらしい。
───あの優秀な兄でも、振り向かないという公爵令嬢。
「……もしも兄に見向きもしない女が私に堕ちたとしたら……」
その想像にゾクリとした。
しかしその後すぐに兄レイモンドは隣国の王女と恋に落ち結婚。
そしてしばらくしてオルコット公爵夫人が亡くなった。……私が王に呼ばれたのは、そのすぐ後の事だった。
「───エドワルド。お前の婚約が決まった。オルコット公爵家のシャーロット嬢だ」
「……! オルコット公爵令嬢は、兄上の婚約者候補だったのでは───」
……そして、公爵家は決して王家との縁組に頷かなかったのではなかったのか。
「……そうだ。『王命』でこの婚約を定めた。───今の公爵家にこれを断る事は出来ぬ」
最後の言葉は小声で独り言のように囁いたのでよく聞こえなかった。
「……それは令嬢が私と結婚したがっているという事ですか」
「そうですよ、エドワルド。令嬢は貴方を愛しているのです。筆頭公爵家という事で多少気位が高いので素直にはならないでしょうが、大きな心で許しておやりなさい」
王の隣に立つ王妃はそう言ってエドワルドににこやかに笑った。
……そうか。兄レイモンドとの婚約を渋ったのは、私と婚約したかったからなのか。
確かに兄よりも私の方が美しいとよく言われるし、彼女とも同い年だ。おそらく公爵令嬢も若く美しい私と結ばれたかったのだろう。
───兄レイモンドよりも。この私が優れているから選ばれた。
この事実は私の自尊心をくすぐり満足させた。
そして婚約者として初めて訪れたオルコット公爵邸。
「───なんという、豪華な邸宅なのだ。貴族たちが集まる政治の部分がなければ王宮よりも大きく贅を尽くしているのではないか」
王家の人間としてその事実に憤慨しつつ、しかしいずれこの全てが自分のものになるのかと思うとそれも良いかとも思えた。……これもまた、兄よりも私の屋敷の方が素晴らしいのだとそう思えて満足だった。
そして出会った公爵令嬢シャーロットは、美しい少女だった。
私は兄も手に入れられなかった美しい婚約者が出来た事が誇らしく、優越感を持てて満足していた。
しかし───。
彼女は私を敬ってはいなかった。
ことあるごとに公爵後継としての自覚を持て、その為の勉強をしろと強要して来た。
「ええいうるさい! 私は王子だぞ? そのような事は下々のする事だ!」
私は耐えかねてシャーロットに苛立ちをぶつけた。彼女が公爵家後継の仕事だと言ってくるような事は、部下にさせるような事ばかりだ。高貴な王子の私はその報告を聞くだけで十分だ。
そんな日々を過ごしていたが、ある頃から公爵家を訪ねるとこちらを物陰から熱く見つめる少女に気が付いた。
婚約者シャーロットの妹ミシェル。シャーロットとはタイプの違う、可愛い少女だった。
ある日早く公爵邸に着いた時、いつものように物陰でこちらを見つめるミシェルから声をかけられたのだ。
そこから彼女と度々話をするようになった。彼女との会話は心地良かった。私を敬い、満足させるミシェル。そして私はいつしかむしろ時間をずらしてミシェルに会う為に公爵家を訪れるようになっていた。
「……私はお義姉様に認められていなくて……。お義父様は母や私をとても大切にしてくださるのですけど、お義姉様は……」
そう言って泣くミシェルを、私は愛しく思うようになっていた。
それと相反するように、シャーロットとの関係は悪くなっていた。
しかしそれは、シャーロットの性格が悪いからだ。公爵令嬢だからと気位ばかりが高く、しかも私の愛がミシェルに向いているからと彼女を虐めているらしいのだ。
「シャーロットはなんと底意地の悪い女だ……! ミシェル。お前は私が助けてやる」
私の側でそっと泣く、いじらしい彼女を抱きしめる。
「エドワルド様……。私を選んでくださるのですか」
「ああ。王子である私が公爵の次女たるミシェルを選ぶと言えば、後継の座は君になるはず……」
ミシェルに泣きつかれ、私は一大決心をしたのだ。
私の側近達も賛成してくれ、話し合った結果『建国祭』でシャーロットの罪を明かし、その上で後継となったミシェルと私が結婚すればよいと決めた。
───しかし───
始まってみれば『婚約破棄の宣言』を聞いたシャーロットは卑怯にも逃げ出し、ベランダから落ちて行方不明になった。
その後何故か私達がその罪を問われ捕らえられたのだ。
国王や兄に責められ、ミシェルにも裏切られた。そして貴族会議で私は幽閉後辺境の地へ送られる事に決まったというのだ。
───高貴な王子である私が!
幽閉先で私は貴族達から冷たい目で見られ、使用人達からも腫れ物に触るように扱われる。
私のプライドはズタズタだ。それもこれも全部あの女、シャーロットのせいだ。
……あの女が大人しくあの場で婚約破棄を受け入れ計画通り断罪されていれば。いや、そもそも初めから私を敬い素直に従っていれば……!
私が人々にあのような蔑みの目で見られる事も、両親から見捨てられる事も、辺境の地になど送られる事もなかったのだ!
私は幽閉先の離宮で毎日シャーロットを恨みながら過ごしていた。
「───エドワルド様。シャーロット嬢が見つかったそうです」
あの建国祭から約10日後。
王宮内の敷地にある離宮に隠れてやって来た、私の側近である宰相の息子。彼はシャーロットが見つかった事を知らせに来た。
私がこんなに苦しんでいるというのに、シャーロットは助けられなんの罰も受けず公爵家で元の生活に戻るというのだ。
「……あの件で私も宰相である父から叱責され後継者も考え直すと言われました。しかしエドワルド殿下が復活されれば、私もまた……」
彼には彼の目的があるようだった。
私は、母に手紙を書いた。
───そして今、私の目の前には憎きシャーロットがいる。




