王妃の部屋
……お父様、どういう事ですか?
王妃の部屋に向かう廊下を歩きながら、シャーロットは自分を支えて歩く公爵に問いかけの視線を送る。
「……シャーロット。王妃殿下がお前の事をご自分の体調を崩す程に思っていてくださったとは、誠にありがたき事。お前の姿を見て安心されるというのなら是非見ていただこう」
公爵はシャーロットの少し責めるような視線に気付いたはずなのに、穏やかな口調でそう言った。
……お父様には何か考えがおありになる、という事かしら。
そう思いながら後ろに付く近衛師団長クラレンスをチラリと見る。彼を始め3人の近衛兵が護衛として付いて来ている。
彼はシャーロットにだけ分かる程度、ほんの少しだけ表情を緩めて頷いた。シャーロットは視線を外してから小さく頷く。
……二人ともが納得しているのなら、とりあえずは従うしかないわよね。
そしてシャーロット達は王妃の間に到着した。入室の許可を得る為に声をかけるが……。
「───ここは王妃様の私室。陛下以外の男性が入るなど……」
「その陛下が許可されたのだ。我が娘と一緒に我らが入る事を認めるとな。……それが不服ならばこのまま帰る」
不服を言う侍女に公爵は冷たく言い放った。
「───構わぬ。入るが良い」
奥から聞こえたのは、聞き慣れた女性の声。
久々に聞く王妃の声にシャーロットは少しどきりとする。……シャーロットが猫になっていたあの日、婚約破棄で信用を失ったエドワルドの信頼回復の為にシャーロットを利用する策を練っていた王妃。
父に支えられつつ部屋に入り、チラリとこの部屋の様子を窺い見る。
……ここには何度か王妃に呼ばれたり猫になっている時にブレンダの魔法で覗き見た事はあったが、あの時よりも空気が重く沈んでいるように感じた。
王妃は奥に配置された大きなベッドで枕にもたれ座っていた。
そして少し虚な目でこちらを見ている。彼女の腕の中には、王妃の飼い猫モリーが抱かれこちらを見ていた。
「───シャーロット。本当に無事だったのね」
その声には喜びは無く、とてもではないが国王が言っていたようにシャーロットを案じていたようには聞こえなかった。
王妃の猫モリーは腕の中からスルリと降りて壁際に置かれた猫用ベッドに入り、丸まった。
「───はい。王妃殿下。これまで大変ご心配をおかけしました」
シャーロットはそう言って父の手から離れ、ゆっくりとカーテシーをした。
王妃のこめかみがピクリと動く。
「───ならば話は早い」
王妃はそう言ってベッドから少し身を乗り出した。
「一刻も早く、エドワルドの名誉を回復するのです……! お前が居なくなったせいであの子は───!」
「───王妃殿下!!」
取り乱した王妃に、すかさず公爵はシャーロットの前に出た。
「私どもは王妃殿下が行方不明になった我が娘を案じ、無事な姿が見たいと仰っているとお聞きしたのでここに参ったのですぞ」
公爵は鋭い視線を投げかけつつ王妃に対する礼儀を保った落ち着いた態度で言った。
しかし王妃は今度は公爵に食ってかかった。
「オルコット公爵……! 其方も分かるであろう、子を守りたい親の気持ちが!」
「ええ勿論。……しかし子が間違いを犯したのならばその罪を償わせるのも親の務め」
「……そのような綺麗事を! ただシャーロットが一言エドワルドを許すと言えば、そうすれば全てが丸く収まるというのに!」
諌める公爵だったが、王妃の興奮は収まらない。
「……王妃殿下、そのような事を仰っていてはレイモンド王太子殿下も悲しまれます」
見かねたクラレンスが王妃の子であるレイモンドの名を挙げたのだが……。
「あの子は、レイモンドは全てを持っている! エドワルドは何も持っていない、……全て奪われたのだ……! この、シャーロットに!」
王妃は血走った目で睨み付けるようにシャーロットを見て指差した。
「なんという事を仰るのだ、全てエドワルド殿下ご自身の行いで招いた事であるのに」
王妃と公爵、そしてクラレンス。それを周りで見守る二人の近衛兵と王妃の侍女。
そしてシャーロットも、この状況を見ながらどうしたものかと考えていた。
……今、私が何か言えば王妃様は益々興奮されるわ。
それだけは確かだと思う。
王妃様は昔からエドワルド殿下をとても可愛がられていた。今回も、きっとその愛の分だけ割り切れない気持ちになられたのだわ。
そして、シャーロットはふと思う。
……なぜかしら。
王妃様は、どうして私をここに呼んだのかしら。
私に一言何か言わなければ気が済まなかった? でも私に何か言ったところで今更根本的な解決にはならないし意味はないわ。
それにこの事がレイモンド殿下や貴族達にバレたら、王妃様も立場を悪くされるはず。それなのにこんな愚かな事をされるかしら。
それとも、他に何か理由が……?
───王妃の部屋にいる誰もが、興奮する王妃に目を向けているその時。
……王妃の部屋に置かれた書棚が、音もなく静かに動いていた。
それはシャーロット達の後方。死角になる方角だった。
その動いた書棚の隙間から、一人の人物がゆっくりと出て来た事に、この部屋の誰もが気付いてはいなかった───。




