魔女は見ていた
「───なんだか甘酸っぱくなって来たねぇ。やっぱりこうじゃないと面白くない」
シャーロットが部屋に戻ると、既にそこにいたブレンダはそう言ってニヤリと笑った。
いつもならその態度に文句の一つでも言うシャーロットだが、今は状況が違っていた。
「ブレンダ! ……私、昔クラレンス様に会っていたの……? それにお母様達が彼に私との事を許可していたって事は、ブレンダも認めていたって事!?」
シャーロットはかなり動揺していて、まるでブレンダを問い詰めるように尋ねた。
オルコット公爵家は次代公爵もその結婚相手も公爵夫人……つまりは魔女ブレンダの認める者と決まっているのだから。
「そうだよ。───まさかシャーロットがあの男の事を全く覚えていないとは思わなかったけどねぇ。
……ほら、あの当時アナベルが会って欲しい人がいるって話をしていただろう?」
「……! 確かにお母様にそう言われていたわ。……でもあの後お母様が病に倒れられてそれどころではなかったし……。その話も全くされなくなったのだもの。まさかそれが……」
動揺し当時の事を思い出しながら呟くように言うシャーロットを、ブレンダは切なそうに見つめながら答えた。
「───そう。クラレンス セリエ。セリエ侯爵家の次男。本人は勿論のこと、両親共に実直な人柄で公爵夫妻との関係も良かった。……何より、あの男はお前に随分と惚れ込んでいたからねぇ」
シャーロットはボンッと顔が赤くなる。
「───当時、会っていたのかもしれないけれど……私達は全く関わりが無かったのに?」
ブレンダはクスリと笑った。
「───恋とはそういうものさ。不意に堕ちちまうんだよ。それはアナベル達もそうだったし、それ以前の公爵家の夫婦はだいたいそうだったねぇ」
「? ……代々の公爵夫人はブレンダのお気に入りを選んでる訳じゃないの?」
「はは、まさか! まあ気に入らない相手だったら反対はするけどね。だいたいは結婚してから私が教育するのさ」
ブレンダはニヤリと笑う。
「……でもクラレンス様は『選んだ』んでしょう?」
少し拗ねたように尋ねると、ブレンダは困ったように答えた。
「……まあね。そもそもアナベル達が大恋愛での結婚だったからねぇ。それで娘であるシャーロットにも恋愛結婚させたかったようだった。───でも考えてもご覧よ。恋愛、出来そうだったかい?」
シャーロットは親友の侯爵令嬢アマリアとの話を思い出す。
……高位貴族の跡取り娘。国中の貴族の次男以降が爵位を求めて常に付け狙って煽て上げ、人間性などお互い全く見えないし見ていない。
シャーロットはため息を吐いた。
「───ええ、無理ね。この立場では相手の人間性など見ることは出来ないわ」
「───そうだろう。その立場で本気でシャーロットを想う相手かそうでないのかなど見分けがつきようがない。───だから、人間性に問題がなく何よりシャーロットを強く想っていたあの男に話をする権利を与えたのさ」
「そうだったのね……」
ブレンダの話にシャーロットは納得し頷いた。
確かにシャーロットは公爵家後継として男性達に追い回されて男性不信になっていた。母やブレンダの紹介という形で会わなければクラレンスという一人の人間を見る事はなかっただろう。
───そして今回も。
猫になった事で彼とお互い素のままの自分を見せられた。
……そして彼に惹かれている。
シャーロットはクラレンスを思い目を閉じた。
「───良かったよ。気持ちが通じ合ったようで。……アナベルも……きっと喜ぶよ」
「ありがとう、ブレンダ。
───何もかも。私を見守ってくれて。……お母様を、大切に想ってくれて」
シャーロットの言葉にブレンダは珍しくクシャリと泣き笑いのような顔をしてから、フイと顔を逸らす。……彼女は母アナベルととても仲が良かった。未だ悲しみは癒えない、そんな自分の弱い所を見せたくないのだろう。
シャーロットも、敢えて視線を窓の方に向ける。
そこには夕焼けに照らされた美しい公爵家の庭園が見えた。
「───クラレンス様と私が初めて会ったのが、この薔薇の庭園なのですって」
そう言って庭園を見つめながら、横に立つブレンダを慮る。……代々の公爵夫人の友人だった、魔女ブレンダ。
「───ああ、知っている。王子と一緒に公爵家の庭園にやって来たあの男は、突然薔薇の木の陰から現れたシャーロットに一目惚れをしたんだ。『まるで薔薇の妖精のようだ』、なーんてときめいてたよ。しばらく目が離せなくて立ち尽くしていたね」
「……え? そう……なの?」
まさかクラレンスとの初めての出会いを知っているとは思わず、シャーロットは驚いてブレンダを見た。
するとブレンダはいつもと変わらない様子でニヤリと笑って言った。
「そうさ。───あの時、アナベルと一緒に窓から見てたのさ。
それで私はあの男の表情や声も全てアナベルに魔法で見せてやったんだ。それを見たあの子ははしゃいで大喜びだったよ」
「~~~~ッ!? ブレンダ、何てことしてたのよー!」
自分も覚えていないクラレンスとの出会いとどこまで本当かは分からないが彼の自分への一目惚れシーン。それを母と友人に見られていたという事実に、恥ずかしさで真っ赤になるシャーロットだった。




