公爵、猫の正体を知る
公爵は娘の突然の発言に目を丸くする。一瞬、何を言っているのか全く理解が出来なかった。
「───猫のように、クラレンス殿に囲われて過ごしていたということか?」
公爵の口から、少し怒りのこもった皮肉のような言葉が出た。
……娘はあの『婚約破棄騒動』のせいで心を病み、たまたま会ったクラレンスに助けを求めたのかもしれない。……いやしかし、娘はずっと王子との婚約を嫌がっていたはずだ。
頭の中がぐるぐる回る。拳は固く握られたままだ。
「囲われ……? ッ!! お父様、なんて事を仰るのですか! 違います! 猫に変身していたのですわ!」
父から出た聞き慣れぬ言葉に一瞬何を言われたのか分からずキョトンとした後、次の瞬間理解したシャーロットは顔を真っ赤にして否定した。
公爵は可愛い娘が『囲われた』事を否定してくれた事にはホッと安心したが、それならばいったいどういう事かと娘をまじまじと見た。
「シャーロット。では猫になるとはいったいどういう事だ?」
シャーロットは動揺し赤くなりながらどう伝えたものかと考える。
その時、隣に立つクラレンスが一礼をして告げた。
「閣下。……僭越ながら私からご説明を。実は閣下はあのパーティーの後もご令嬢と会われております。
───私の肩に乗った白猫のシャーロット嬢に」
「……なに?」
不機嫌そうに答えたオルコット公爵は、あの日のことを思い返す。
愛娘シャーロットがあの愚かなエドワルド殿下から『婚約破棄』をされ行方知れずになったあの日。
国王に再三問い合わせるも長時間待たされた為とりあえず呼び出した、近衛師団長である目の前の青年。
───確かその肩には、愛らしい白猫が乗っていた。
白猫の瞳は薄紫。公爵の愛する妻と、その娘シャーロットと同じ美しい薄紫だった。
「───まさか。あの時の白猫……『ロッティ』か」
公爵の問いかけに、クラレンスとシャーロットは頷いた。
「───私は母の友人でもありオルコット公爵家代々夫人の友人、魔女ブレンダと賭けをしたのです。……それに負けた為に猫の姿になっていました」
驚き言葉も出ない公爵に、シャーロットはブレンダとした『賭け』の内容の説明をした。
……魔女ブレンダは婚約者エドワルドが義妹ミシェルと一緒にこちらに冤罪をかけ婚約破棄をしてくるだろう事を告げたが、いくら何でも王家主催のパーティーで王子がそのような愚かな事はするはずがないとシャーロットが言い張った為に賭けをする事になったと話した。
「───愚かな事をして申し訳ございません。何事もなくパーティーから帰れば賭けに勝ち、『公爵夫人のペンダントの石』をもらえる事になっていたのです」
「殿下の愚かな行いを予想出来なかったのは私も同じだ。
……石とは、祖母の代に喪失した、『オルコット公爵夫人のペンダントの石』のことか」
公爵は納得し頷いた。
『オルコット公爵夫人のペンダント』
それは代々のオルコット公爵夫人に伝わっていたものであり、何代か前の王女が嫁いで来た後にその石だけが失われたと言われていた。
「降嫁された王女……お祖母様が無くしたと言われている公爵夫人に伝わる石。……それを魔女殿が持っていたということか」
王女は公爵の祖母に当たる。その石は王家に奪われたのかとも思われていた。
「はい。私も以前偶然ブレンダからそう聞いたのです。……王女様はその先代公爵夫人……すなわちブレンダに認められた者ではなかったそうで、その時のいざこざで元々の持ち主だったブレンダの所に石が戻って来たのだと」
「その石は元々魔女殿からいただいたものだったのか。───それをこちらに返しても良いと、魔女殿はそう仰ったのか」
「……今思えば、彼女はそれくらいあの『賭け』に自信があったのでしょう。それなのにムキになってしまった私が愚かだったのです。……世の中に絶対はないというのに」
そう言って俯く愛しい娘を公爵は優しく見つめた。
「確かにシャーロットにも反省すべき点はある。……しかしそもそも殿下のあの愚かな行いがなければ何も起こらなかったのだ」
そう言ってそれまで固く握っていた拳を緩め、娘の肩に優しくポンと手を置く。
「───シャーロット。君が無事で良かった。元気でいてくれて安心した」
公爵は母譲りの薄紫の瞳に微笑みかける。
「お父様……」
娘のその美しい瞳から涙が溢れ出た。公爵はそんな愛しい我が子をそっと抱きしめた。
……可愛い娘シャーロット。やっと戻ってきたその宝物の温かさを感じ、噛み締める。妻が亡くなってから初めて喜びというものを感じた時だった。
そして、しばらく父娘は再会出来た喜びを分かち合った。
───公爵はふと視線を感じ、その視線の先をチラリと見る。
「───君にも迷惑をかけた。セリエ侯爵令息殿」
公爵が声を掛けると父娘の様子を見守っていたクラレンスは静かに頭を下げた。
「───勿体ないお言葉でございます」
近衛騎士団長にして高位貴族の令息らしい、誠実でスマートな態度だった。




