うごめき出す、人々
「───この度娘がお世話になり誠に感謝しております。この御礼は改めて」
筆頭公爵トラヴィス オルコットが隣国の大使館の玄関にて屋敷の主人である大使に礼を述べる。
体調不良で暫く寝込んでいたという大使は夫人に支えられながらも彼らを送り出しに出て来ていた。
「……いいえ。我らが預かるご令嬢が公爵家のご令嬢とは露知らず、長い間御心労をおかけいたしました。ご令嬢がご回復されますよう、心よりお祈り申し上げます」
異国の正装を身にまとい礼をする大使に公爵も深く頭を下げる。
「それでは、この場はこれにて失礼いたします」
公爵は後ろの馬車をチラリと見た。先程乗り込んだ『大怪我と心に傷を負ったシャーロット』の身体に負担がかからないよう改良された、特別な馬車だ。
令嬢の馬車には侍女と医師が、公爵は後ろの馬車に乗り、前後を公爵家の騎士団に囲まれた一行は出発した。
その一行を、遠くから眺めている者がいた。
「───一行は出発したようです」
「……いよいよか。傭兵達に伝えろ。我々は関連を疑われてはならないから離れた位置で状況を見届けるぞ。きっと伯爵……いや新公爵様に良い報告が出来るだろう」
グレゴリー伯爵家の騎士達はそう言ってニヤリと笑った。
───その頃、グレゴリー伯爵邸では。
「……そろそろ、始まっている頃だな」
居間の窓際を忙しなく歩き回るグレゴリー伯爵家の長男マイクは心配そうに言った。
「……このような形にしなくとも、そもそも大使館で寝込んでいるシャーロットに刺客を送れば早く済んだ話なのではないか」
次男ネイサンは苛々した様子で爪を噛みながら言った。
「……ですから、そのような事をすれば隣国との国際問題になりかねません。大使館に手出しする事はなりません」
三男デニスも落ち着かない様子で腕組みをしながらも兄を宥めた。
それを、彼らの父であるグレゴリー伯爵はソファに座りジッと目を瞑りながら聞いていた。
三兄弟は黙する父のその様子に気付き、黙り込んだ。
その時、馬の走る音が聞こえたかと思うと玄関の扉が少し乱暴に叩かれた。……そしてすぐ後に執事が慌てた様子で入って来た。
「旦那様!! ……たった今、我が家が忍び込ませた者から成功したと連絡が入りました! 王宮か公爵家から連絡が入りましたら、すぐさまお動きください!」
グレゴリー伯爵はばっと目を開け身を起こし、執事に尋ねた。
「……ッ! ……兄上は?」
「はっ。怪我をされた模様です。ご令嬢の亡骸と共に公爵邸に向かわれたそうです」
それを聞いた後、グレゴリー伯爵はグッと目を瞑りこれまでの事を回想する。
……思えば兄と比べられその差を見せ付けられる人生だった。何かあれば正論でこちらを追い詰める非情な兄。先日の伯爵家の不正疑惑だって、兄は公爵家としてこの件を握り潰してくれれば良いものをそうはせず、私をまた追い詰めた。
───しかし後継である愛する娘シャーロットを失った兄など恐るるに足らず。
……せいぜい『兄一家を想う心優しい弟』としてその立場を一つ一つ奪っていって差し上げよう。そう考えていると、腹の底から笑いが込み上げて来た。
「……ふ、ふふ……。……ふははははぁ……!!」
高笑いする父を見て息子3人はその顔を見合わし、引き攣るように笑い出した。そして、3人も思う。
……これで良かったのだ。幼い頃から共に育って来た可愛い従兄弟シャーロット。彼女に公爵家の後継は荷が重すぎたのだ。共に育ったからこそ、我らが彼女の分まで公爵家を盛り立てていってみせよう。
3人はそう自分達の都合の良いように考えた。
その時ネイサンは不意に思い出し何気なく口にした。
「……そういえば、昨日この事を知らせてくれあの『手紙』。ブルーノには我らが公爵位を継いだ暁には何か礼をせねばなりませんね」
グレゴリー伯爵家は先日の不正発覚の為全員が屋敷に謹慎中。そんな彼らにシャーロット発見の報を知らせてくれたのは王宮に勤めるネイサンの友人だった。
「気の早い事を。……だがまあすぐには難しいが礼はせねばな。
……ブルーノとは、確か宰相の息子だったか」
気が早いと言いながらも、伯爵は既に気持ちは先の輝ける未来を見ていた。
「そうです。ブルーノ モットレイ。彼とは数年前に乗馬クラブで出会い妙に気が合いましてね」
「……ん? 宰相の息子はエドワルド元殿下の側近だったのでは……」
「いえ、それは彼の弟です。ブルーノは嘆いておりましたよ、由緒あるモットレイ侯爵家がエドワルド元殿下のせいで汚名を被ったと」
運のないはた迷惑な話だと肩をすくめるネイサンに兄マイクは呟く。
「……殿下を諌められなかった弟のせいでもあろうに……」
「まあ良いではありませんか。彼のお陰で我らは道が拓けるのですから。ねぇ、父上」
三男デニスがそう言って振り返ると、父は何やら考えに耽っていた。
「……父上? 申し訳ございません。やはりまだ気の早い話でございました」
父の機嫌を損ねたかとネイサンは謝罪したが、父はまだ考え続けている。
その時、まだ馬の音が聞こえた。窓から覗くと王宮の騎士が乗ったそれは早馬だと思われた。
「───来たな。……さあ、これから勝負の時だ。
……我々は今から兄一家を案じる善良な身内だぞ」
グレゴリー伯爵の言葉に三兄弟は緊張しながら頷いた。




