元猫に懐くコマドリ
「───その子が先程の?」
横からブレンダの腕に乗るコマドリを覗き込んだのは、公爵令嬢シャーロット。……勿論、彼女は大怪我も心の傷も負ってはいない。
コマドリはシャーロットを見て嬉しそうに『チチ』と鳴いた。
「ああそうだ。先程のグレゴリー伯爵家の様子を『視て』くれた子だよ。
……ほら、褒美にお前に私の魔力をやろう」
「ピピピ……!」
ブレンダから金の光が出てコマドリに流れ込む。コマドリは嬉しそうに羽を打ち震わせ羽毛がブワッと膨らんだ。
「……見事なものですね。鳥までもが貴女に従うとは」
声をかけたのは近衛騎士団長クラレンス。昨日から人間シャーロットと話をし、この度の作戦に協力する事になっている。
「なんだい。私に懐くのは猫だけだと思ってたのかい? お生憎様。私は動物全般に好かれる方なんだ」
ブレンダはシャーロットの隣からコマドリを覗き込んだ立派な体格の青年クラレンスに得意げに言った。……コマドリは体の大きいクラレンスに少し驚いたようで羽をバタつかせブレンダに擦り寄った。
途端にクラレンスは悲しそうな顔になり肩を落とした。
「コマドリさん、この方はとてもお優しい方なのよ。……ほら、いらっしゃい」
シャーロットがそっと手を差し出すと、コマドリは嬉しそうにその手に乗った。もう片方の指を近付けるとスリスリと擦り寄ってきたので思わずシャーロットも微笑む。
そしてチラリとクラレンスを見ると、彼は頷き少し近付き同じように指をゆっくりと近付ける。コマドリは少し警戒しクラレンスの顔をジッと見た後、そっと顔を擦り寄せた。
……クラレンスの表情がパァッと明るく綻んだ。
シャーロットは思わず微笑んでからブレンダを見る。彼女も一瞬微笑んだ後思い出したように少し苦い顔をした。
───ブレンダは元々男嫌いである。本来ならば彼女はクラレンスの前にも現れなかっただろう。
しかし今は緊急事態。シャーロットの危機を救う為、こうしてクラレンスの前にも(嫌々のようだが)姿を現してくれているのである。
「───クラレンス。お前の事はシャーロットに関する事では信頼している。……まあそもそもはアナベルも認めていたようだしね」
「え? お母様が、クラレンス様を?」
シャーロットは思わぬ母の話にキョトンとする。
……あれ? お母様とクラレンス様に共通点ってあったかしら? まあお父様も三年前にはクラレンス様の事を知っていたみたいだけれど……。
シャーロットの疑問符に溢れた顔を見てブレンダは肩をすくめた。
「…………まあその辺りはこの件が片付いた後、トラヴィスからじっくり聞くんだね。……私はヤツとは会う気は無いけどね」
ブレンダの男嫌いは知っているけれど、しかしそれもおかしな話なのだ。
何代にも渡ってオルコット公爵家を守ってくれていたという魔女ブレンダ。それが血の繋がりのない夫人に力を貸し肝心の公爵家の血を引く男子には姿も見せないなんて。
「ブレンダは、代々オルコット公爵夫人と友人だったのよね? どうしてその夫であり公爵家の血を引く公爵とは会わないの?」
「───シャーロット。……随分と余裕だねぇ。今は何より優先すべき事があるだろう?」
ブレンダにしてはバッサリと話を切った。……コレは今は触れてはならない話という事だ。勿論、今シャーロットの大事な時だというのは分かっている。
───公爵令嬢が猫になり、早10日が経っている。派手な行方不明騒ぎになっていた事で、人に戻り姿を現すにも方法を間違えでもして令嬢としての醜聞で皆の記憶に残るのは避けたい。
今回の件が穏便に話が済むように、元々体調が悪くパーティーを欠席していた隣国の大使をまるで最初は出席していたように魔法で調整してくれたのはブレンダだ。
大使の祖国は昨年の飢饉で食糧難となっており、豊かなオルコット領の穀物を融通する事で話がついている。
そしてそこでブレンダの提案がされたのだ。
───この際、不穏分子は片付けておこうかね、と……。
その『不穏分子』が叔父一家である事から出来れば避けたいとは思ったが、いつどのタイミングで彼らが動き出すか分からない状況をこのままいつまでも続けるつもりはないとブレンダは言った。
「『公爵令嬢シャーロット オルコットは体と心に傷を負い元の生活に戻れるかは不明。そして明日郊外の大使館から公爵家に馬車で移動する』という情報を聞いて、何もないならば良し。しかしそこで何か事が起こったのなら……」
そこまで話して、ブレンダは黙った。
その時話を聞いていたシャーロットとクラレンスもそれ以上は何も言えなかった。そして屋敷に戻った時に会ってその話をした父も、実の弟の行動次第と言われればその作戦自体を反対する事はなかった。
「───残念だが、あの親子は動き出すだろう。……今回は炙り出す形になってしまうが、アレは虎視眈々とその隙を狙っていたからね。ここで引くようなら彼らは平穏に暮らしていけるのだろうが……」
ブレンダはそう冷たく言いながらも、少し寂しそうだった。




