クラレンスと公爵家
……なるほど、公爵家にとって令嬢を狙っての王太子訪問は歓迎すべき事ではないのだろう。そして伝統ある筆頭公爵家であるオルコット家は、王家に対してその態度をとることが許されるのだ。
クラレンスはそう考えながら公爵夫人とレイモンドのやり取りを後ろから見ていた。
夫人とレイモンドは当たり障りのない世間話を始める。……夫人は王家には否定的ではあるもののレイモンドという人間に対しては悪印象ではないようだった。
「……殿下。もうすぐ王宮主催の大きなパーティーでございますわね」
「ああ。隣国の王女一行も訪れる。今回のパーティーは隣国との国交を深める為のものでもあるからね」
「それはお会いするのが楽しみですわ。……ところで、そちらの方はもしやセリエ侯爵家の?」
公爵夫人は興味深そうにクラレンスを見て言った。
クラレンスはチラとレイモンドを見て、頷いたのを確認してから答えた。
「……はい。セリエ侯爵家次男クラレンスと申します」
「まあやはり! 先日も侯爵夫人……お母様とご一緒させていただきましたのよ。主人はお父上とよく狩りに出掛けておりますわ。……まあそのご子息がこんなにご立派におなりになって!」
夫人が目を輝かせて見てきたので、クラレンスは少し気恥ずかしくなってしまう。
「クラレンスは昨年から近衛師団に入団し、つい最近私付きとなったのです。よく出来、気心も知れているのでとても過ごしやすいのですよ」
「まあまあ! 私は幼い頃にお会いした事もございますのよ? それが近衛師団に入られ殿下に頼りにされる程ご立派に……。努力されたのですわねぇ」
すっかり親戚にされるように子供扱いされ、クラレンスはなんともいえない面映い気持ちになる。そんなクラレンスを見兼ねたのか、レイモンドが助け舟を出した。
「クラレンスは最近私付きとなったのでここに来るのも初めてなのです。公爵家の庭はとても素晴らしいですし、少し見せていただいてもよろしいですか?」
「まあ。……そうですわね。是非見ていらして。侍女に案内させましょう」
───案内された庭園は、王宮の庭に負けないほどの洗練された美しいものだった。
「……この季節ですとそろそろ薔薇が美しい季節となっております」
そう言って侍女に誘導され素晴らしい庭を見ているのだが、おそらく同じように庭に居るという公爵令嬢を避けるような道筋を案内されているのだろう。
……クラレンスとレイモンドは目を合わせて苦笑した。
───その時。前の薔薇の木ががさりと音を立てた。
三人が一斉にそちらを向くと、そこには……薔薇の妖精。
……いや、プラチナブロンドに薄紫の瞳の美しい少女。おそらくは噂の公爵令嬢だろう。……そう思いつつ、クラレンスはその姿に目を奪われていた。
少女は最初驚いた様子だったが、すぐに美しいカーテシーをした。
「───王太子殿下。お越しいただきありがとうございます。お会い出来まして光栄にございます」
そう言ってから顔を上げた少女の顔からクラレンスはずっと目が離せなかった。……その、美しい薄紫の瞳に釘付けとなっていた。
「ああ。会えて嬉しいよ。先程夫人からは友人と会っているので会えないと聞いていたのでね」
「……先程友人は帰りましたの。それでそのまま庭を散策していたのですわ」
さらりと話を合わす公爵令嬢に感心していると、不意に彼女がこちらを向いた。
───その瞳に、吸い込まれそうになったと言えば大袈裟か。私はこの時、ただ彼女の瞳を見返す事しか出来なかった。
しかし彼女が私を見たのは、ほんの一瞬の事だったのだろう。
公爵令嬢はあと一言二言レイモンドと話をした後、家庭教師が待っておりますのでと言って去っていった。
───おそらく先程の邂逅はアクシデントだった。
クラレンスは去り行く彼女の後ろ姿を見ながら思った。
令嬢はまったく表情を変える事なくこちらに対応していたけれど、本当はレイモンドと会うつもりはなかったのだろう。
その証拠に侍女がかなり動揺していた。……可哀想に後で叱られるかもしれないな、とクラレンスは少し侍女に同情した。
───しかしながら。
その後もレイモンドと共に訪れたオルコット公爵家で、何度か公爵令嬢に会う機会があった。……とは言っても後ろで控えているだけで話した事もなかったのだが。
彼女が時々見せる、まだ少女らしいあどけなさと淑女ぶる仕草、そして愛らしい表情。
その度、クラレンスは公爵令嬢から目が離せなくなっていたのだった。
───暫くして、王宮にて行われた隣国の王女の使節団を迎えてのパーティー。
……そこで、我が主君レイモンド殿下は運命の出会いを果たした。隣国の王女メリンダ殿下と恋に落ちたのだ。
友好国の王子と王女。互いに願ってもない相手の為、話はトントン拍子に決まりその一年後には二人は国を挙げての盛大な結婚式を挙げた。
国がまだお祝いムードだった、そんなある日。
クラレンスはその頃すっかり親しくなっていたオルコット公爵夫妻に呼び出され屋敷を訪ねていた。
「私達は君という人間を見込んでいる。───君は私達の娘、シャーロットをどう思うかね」
……どう思うとは?
突然の話に、クラレンスはかなり動揺した。
「───愛らしく、素晴らしお方だと思います」
『気になっている』『シャーロット嬢から目が離せない』『可愛い過ぎて困っている』……など普段思っているたくさんの事を、令嬢を溺愛する公爵夫妻の前で言えるはずがない。
「……この一年の君と付き合いを通して妻も私も君の人柄を見込んでいる。肝心の娘にはまだ話していないのでこれは君が我が娘シャーロットの心を掴めば、という話なのだ」
「……閣下は、本当に私で宜しいのでしょうか?」
「もちろんだ。君のような誠実な青年が好ましい」
その横で頷く公爵夫人。
どうやら私は公爵夫妻のお眼鏡にかなったようだった。
「そうなれば、二人の都合が会う時に会ってやってくださいな。シャーロットにはまだ会ってほしい方がいるとしか伝えてはいないのですわ。きっと話をすれば貴方を気にいるはず……。……?」
初め笑顔で話していた夫人の顔色が段々悪くなり、急に胸を押さえ倒れそうになった。
「アナベル!? どうしたのだ!」
公爵は驚き慌てて夫人を支えた。
「あなた……。いいえ、何でもなくてよ。ただこの所少し体が……」
そのまま夫人は倒れここでこの話は中断となった。
それから夫人は社交界からも一切姿を消し、重病だと噂になった。その後王宮で公爵に呼び出されたクラレンスは、『夫人の体調が戻るまではあの話は保留としてくれ』と言われ、もちろんですと頷いた。
しかしその半年後───
夫人が亡くなった。
そして悲しみに暮れる公爵と令嬢の元に届いたのは王命による『第二王子エドワルドとの婚約』だった───。




