猫に忍び寄る影
「───すっかり遅くなってしまったな」
近衛師団長室に戻ったクラレンスは仮眠室を静かに覗き、シャーロット猫が寝ているのを確認してからソファにボスリと座り天井を仰ぐ。
「グレゴリー伯爵は、不満タラタラだったね。───助けるとばかり思っていた兄のオルコット公爵がきっちり罪を償えと仰ったのにはこちらもかなり驚いたけれど」
机を挟んだ前のソファーに座ったダニエルはそう言って肩をすくめた。
「閣下は筆頭公爵で人々の見本となるべきお方だからな。明らかな不正をしている弟を庇う事は結局は彼の為にならないとのお考えなのだろう」
先程オルコット公爵と話をしたクラレンスは事情を分かっていたのでそう言った。
「───それはそうなんだけれど、問題はグレゴリー伯爵本人がその兄の気持ちを分かるかどうか、なんだよね。……今の所多分、納得されていない」
ダニエルのため息混じりの言葉に、クラレンスも苦い顔をして頷いた。
王太子レイモンドの呼び出しは、グレゴリー伯爵に関する事だった。不正云々はクラレンスが判断する事ではないが、この件が発覚するきっかけの件に関わったのが近衛師団とクラレンスだったのでその当事者達の話合いの為に呼ばれたのだ。
「───そうだな。今までグレゴリー伯爵は兄に従順な大人しい人物といった印象だったのだが……」
クラレンスは顎に手をやり考える。
「筆頭公爵の兄と、婿養子に行き伯爵となった一つ違いの弟。……生まれも育ちも同じなのに、立場が違いすぎるもんねぇ。ずっと不満を抱えて来たのかな」
「あの態度からするとそうかもしれないな。
……あの不正は手違いと言うには額が大き過ぎる。本当なら『手違い』でまとめてくれた公爵に感謝するべきところなのに、あの一瞬伯爵の見せた憎悪。……私は閣下を気の毒に思ったよ」
実際、あの瞬間オルコット公爵はそんな弟グレゴリー伯爵を少し苦々しい表情で見ていた。
「───まあ最後には表面上は感謝してだけど、目が凄くギラついてたものね。多分レイモンド殿下もお気付きだったよね」
「おそらく。閣下ご自身も感じられていたようだからな。……これはこのまま丸くおさまるのか、難しいところだな」
「───それって、もしかすると公爵令嬢が見つかるかどうかによるんじゃない?」
ダニエルの発した言葉に、クラレンスは息を呑む。
「……つまりは公爵家後継の座がグレゴリー伯爵に転がり込むかどうか。……いや、なんとしても手に入れようと画策するのかどうか、といったところか」
───このままオルコット公爵令嬢が見つからなければ、必然的に公爵位はいずれ弟であるグレゴリー伯爵家に流れることになる。今彼らが彼女の存在を疎ましく思っているのは確かなのではないか。
「今のこの状況からいって、彼らがその可能性を考えない訳がないからね。多分考え無しの周囲からも『次期公爵』と囃し立てられていると思うよ」
「───これは一刻も早くご令嬢を見つけこちらで無事に保護しなければならないな。万一にでも彼らに先に見つかったら……」
「本当、考えたくもない事態になるかもしれないね」
クラレンスとダニエルはその恐ろしい可能性に気付いて表情を硬くした。……公爵令嬢がもしも彼らに見つけられたら。彼女は無事ではいられないかもしれない。
そして二人は改めてシャーロット オルコット公爵令嬢を探し出す事を決意した。
「───そういえば、ロッティは? 今は随分と大人しいね」
話も一段落着き、ダニエルはいつもならやって来る猫がいない事に気が付いた。
「ああ。さっき戻った時に確認した。奥の部屋でよく寝ている。……ロッティは寝姿まで可愛いんだ」
「……あーそーなんだ……。まあちょっと色々それなりに心配ではあるけども、……お前にも癒しが出来たようで良かったよ。
……さー! 僕もそろそろ帰って愛しい家族に癒してもらおうかなー」
ダニエルは伸びをしながらそう言って大欠伸をした。
クラレンスは苦笑しつつ答える。
「ああ。……そうだな。今日はロッティは色々あって疲れているだろうからこのままそっと寝かせておくよ」
「ああ、それがいいかもね。何せ暴力を振るわれそうになったり……お前と会話したり……。色々、大変だっただろうからね……」
最後、不意に猫と会話をしていると主張する友人に労しげな視線を送ってから同意したダニエルだった。
◇
……うーん……。───はっ!
シャーロット猫は嫌な寝汗をかいて目が覚める。
……怖い夢を見たわ……。叔父様達に、捕まる夢。
シャーロット猫はプルプルと体を振る。頭がぼうっとしている。昼間の件で思ったよりも心も身体も疲弊しているようだ。もう少し眠りたいけれど……身体が震える。
隣の部屋からは男性二人の声が聞こえていた。おそらくクラレンスとダニエルだろう。……だけど震えるこの体で入って行くのは少し憚られた。
シャーロット猫は寝床から降り、大きなクラレンスの仮眠用ベッドにたんっとジャンプし潜り込む。
……ああ……。クラレンス様の良い香りがする。
シャーロット猫は思わずシーツに頬擦りした。
まるでいつものようにクラレンスに抱かれ包まれているような安心感の中、シャーロット猫はそのまま再び眠りについた。




