猫の飼い主と公爵
シャーロット猫は父から投げかけられたその視線にどきりとした。
その横でクラレンスはシャーロット猫を庇うように発言した。
「……そうでございます。ロッティがグレゴリー伯爵のご次男に掴まれ投げられようとしたその時に、『不可思議なる現象』は起こったらしく」
「───その猫を助ける為に、その現象が起こったという事か?」
公爵はジロリとクラレンスを見た。その肩の上でシャーロット猫はヒヤヒヤしながら父を見る。
「真実がどうかは、私には分かりかねます。───しかし少なくとも掴まれ投げられそうになっていたロッティを私が取り返したその瞬間に、あの現象はおさまりました。……それは事実でございます」
公爵はピクリと眉間が動いた。
「───何者かが、その猫を守っていると?」
「───結果的にそういう事になりました。しかしその『何者』かが何を目的としているのか、その何者かが本当に存在するのかは分かりません」
「───ふむ……」
公爵は少し考える様子を見せてから徐に口を開いた。
「───我が弟が『書類上のミス』を犯しそれが罪となる事は事実である以上は避けられない。しっかりとその罪を償うよう私からも強く諭しておこう。そしてその猫だが……」
クラレンスは片手でシャーロット猫の首元を安心させる為に撫でる。
「……弟達は猫が突然中に入り込み部屋を荒らしてこのような事になったと言っていたが、そのような『不可思議な現象』を引き起こせる何かが守る猫に何かをしたならば再び同じ事が起こる可能性がある。理由は分からないにしろ、その猫は大切に保護しなければならない。そしてその際に弟達の不正が見つかったのはその『何か』の意思なのであろう」
シャーロット猫は自分を宥めるように撫でるクラレンスの手に頬擦りをしながら思う。
……あの『不可思議な現象』は間違いなくブレンダが私を助けてくれて起こった事だわ。……そして彼女は叔父様の不正や企みを知っていたという事なのかしら。
「はい。ロッティがあの場に行かなければ今回の件は露見しなかった事でしょう」
「……ふむ。罪は裁かれるべきもの。私は今回の件は露見して良かったと考えている。弟の浅ましき考えはすぐにでも是正しこれから反省していくべきなのだから」
オルコット公爵は弟であるグレゴリー伯爵の行いを『書類上のミス』とするものの、罪自体は庇い立てする気はないようだった。
そして、次の瞬間その厳しい表情を少し緩めクラレンスを案じるように語りかけた。
「……また新たな仕事を増やしてしまったな。我が家の事で君達に迷惑をかけるが、時に休息を取りつつ他の者にも仕事を振り分けて業務を行わないと君の身体が保たないぞ」
「……ありがとうございます。肝に銘じます」
その時ふっとオルコット公爵がクラレンスを見る目が優しげに変わった。
「───セリエ侯爵も心配しておられた。
猫の名前の事もそうだが……。……君は、まだ婚約者を定めていないのかね」
公爵は、まるで親戚が身内の若者を心配するかのような言葉をクラレンスにかけた。
シャーロット猫は思わず耳をピンと立てて父を見る。
……お父様ったら! 若者はそういう質問は嫌がるものよ。……というか、お父様はクラレンス様と家同士の親しい知り合いだったのかしら?
チラリとクラレンスの顔を見ると、彼はかなり困ったように答えていた。
「───あれから仕事も忙しいもので」
その答えに今度は公爵が困ったような顔をした。
「……3年半前。あの頃の私は何もかもを先延ばしにしてしまった。妻は自分の事は気にするなと言っていたのに……」
「───もう過ぎた話でございます」
2人はお互い悔やむような表情で話し続ける。
……3年半前? お母様が気にするな、と言った? 確かその頃はお母様がご病気で倒れられた頃ね……。何が『過ぎた話』だったのかしら。
そしてその頃お父様とクラレンス様……もしくはセリエ侯爵家と何か懸案があったという事かしら?
シャーロット猫は2人の話が気になって聞き逃すまいと真剣に聞く。
「───そうだな。今はとにかくシャーロットを見つける事が先決だ。……全てはそれからだな」
「我々も全力を尽くします」
クラレンスの言葉にオルコット公爵は深く頷いた。……なんだか話を途中で切り上げたような印象だった。
……やっぱり、2人は昔からの知り合いだったんでしょうね。
そしてお母様がご病気と診断されてから約半年のお父様は本当に親子3人一緒にいる事に必死だったもの。他の事など気にしていられなかったのだわ。
それでその時お父様は、クラレンス様のセリエ侯爵家に何か不義理をしてしまったという事なのかしら?
……でもその懸案って……。今クラレンス様の『婚約者』が居ないのかと話をしていたのよね。それってつまり……?
シャーロット猫は父である公爵をじっと見た。
もしかして3年半前にクラレンス様に婚約者がいたのかしらと思ったが、しかし今考えなければならないのはそれじゃないと思い直す。
叔父であるグレゴリー伯爵の件だ。
……叔父様達は経理上の不正だけではなくオルコット公爵家の後継の座を狙って……。シャーロットに再び世に出て来られては困ると考えていた。
お父様は叔父様がオルコット公爵家を狙っている事を知っているのかしら?
今回不正が見つかりその立場が悪くなった事で彼らがそれを諦めてくれれば良いのだけれど……。
それでも何やら嫌な予感が消えないシャーロット猫だった。




