令嬢の名を持つ猫
「───近衛師団長セリエでございます」
「───入れ」
ノックし声を掛けると扉の向こうから不機嫌そうなシャーロットの父、オルコット公爵の声が聞こえた。
「失礼いたします。お呼びと伺い参上いたしました」
部屋の中には前回よりも眉間に深いシワを寄せ不機嫌そうにこちらを見るオルコット公爵。しかしその圧倒的な圧にも動じずクラレンスは鍛え抜かれた身体で礼を取る。
「───あれから1週間が経つ。しかし未だ娘の手がかりの話すら出てこないが」
公爵は不機嫌さを全く隠す事なく話し出した。クラレンスの肩の上で様子を見るシャーロットは少し驚く。
……ここまで不機嫌なお父様を見るのは、お母様が亡くなった後エドワルド殿下との縁談を持ち込まれて以来かもしれないわ。
そう考えながらシャーロット猫はジッと少し顔色の悪い父を見た。
自分という娘が居なくなり、こんなに心配をかけてしまっているのだ。シャーロットの心がズキズキと痛む。本当はすぐにでも元の人間シャーロットに戻りたい。
……どうして、あんな無謀な『賭け』をしてしまったのだろう。父に心配をかけたくさんの人々の手を煩わせて……。
シャーロットは苦しくて俯いた。
「……申開きもございません。全力を挙げてご令嬢を捜索致しておりますが、ベランダから降りられて以降の令嬢の手がかりは一切見つからず……」
その時、シャーロットはこの白猫に変身したのだからそれは致し方ない。彼らは本当に精一杯の事をしてくれているのだ。
「それはもう聞き飽きた」
「……ニャア!(……クラレンス様を責めないで!)」
父が自分を心配する余りにクラレンスを責める様子を、シャーロット猫はこれ以上聞いていられなかった。クラレンスはその声に少し戸惑い気味にシャーロット猫を見て宥めるように撫でる。
するとオルコット公爵はシャーロット猫をチラリと見た後、少し考えてポツリと口を開いた。
「…………───済まない。君達も必死に娘を捜索してくれているというのに。しかも君はあれから自宅にも帰っていないと聞いた。本当はとても感謝しているのだ。……しかし……」
公爵は少し俯き目頭を抑えた。
「……そのお気持ち、痛い程お察しいたします」
そんな父とクラレンスの話を聞きながらシャーロット猫は思う。
……ここにその本人はいるというのに。
シャーロットは胸が張り裂けそうだった。
しかしふと思い直す。……もしかしたら、と。そしてもう一度父に向かって語りかけた。
「……ニャー!(大丈夫ですよ!)」
さっきクラレンスには言葉が通じた。何故かダニエルには通じなかったけれど。だけど父はさっきシャーロット猫の言葉に反応した?
もしかしてお父様は私の言葉が分かるのではないかしら?
そう思って言葉を発したのだが、残念ながら公爵はチラと視線を向けただけだった。
しかしシャーロット猫がまたしても言葉を発した事で、クラレンスはギョッとして口を開く。
「ロッティ……!」
そしてクラレンスがつい呼んだその名前に今度はオルコット公爵が反応した。
「───『ロッティ』、だと?」
クラレンスはハッと我に返る。
『ロッティ』は公爵令嬢『シャーロット』の愛称だ。その令嬢の名に父親が反応を示すのは当然の事だった。
「ッ! ……申し訳ございません。この、猫の名前でございます」
「猫の……? その猫は先日も連れていた、あの迷い猫か」
公爵は今度はジロジロとシャーロット猫を見た。シャーロット猫は、もう一度だけと声を出す。
「ニャニャーオ?(私の言葉が分かりませんか?)」
「……ッ!?」
今度こそクラレンスはシャーロット猫を凝視し、そして一瞬公爵を見た後またシャーロットを見た。
「……その猫の飼い主は見つかったのかね」
その時公爵から声がかかる。
その声音は少し機嫌の悪いもので。とてもではないが今の自分の言葉、ましてや自分の娘などと分かってはいないと理解してしまった。シャーロット猫はへにょりと耳も尻尾も項垂れた。
そしてクラレンスは動揺する気持ちを抑え、また公爵を見て答えた。
「───いいえ。あれからも飼い主は現れず。……ですので今は私がこの子の飼い主でございます」
「……ほう。それで名前が『ロッティ』とは?」
「───ご令嬢の騒ぎの日に見つかりましたので。ご令嬢も見つかるようにと願いを込めての名前でございます」
若干苦しいその理由。
……お父様はどう思われたかしら……?
シャーロット猫はクラレンスの肩の上でヒヤヒヤしながら公爵の様子を窺った。
公爵はクラレンスの話を少し不機嫌そうな顔で聞いていたが、暫くして目を閉じふーと深いため息を吐いた。
「…………実は今回呼び出したのは娘の件とは別件だ。
───我が不肖の弟グレゴリー伯爵の件でな」
クラレンスは姿勢をただす。
「彼奴からの嘆願が私の元に届いててな。無実だから助けて欲しい、と。───君はどう思う」
公爵はそう言って試すかのようにその視線をクラレンスに投げかけた。
「───は。グレゴリー伯爵がでございますか」
「そうだ。どうやら君に迷惑をかけたようだ。……アレは何やら騒いでいたが、彼奴らの前で『不可思議な事象』が起こり結果的には弟達は君に助けられたようだ。その時いた猫というのが───、その白猫か?」
公爵が視線をシャーロット猫に移しジッと見つめながら言った。




