猫マイスター
シャーロットはダニエルの次の言葉を、ヒヤヒヤしながら待つ。
「クラレンスお前は…………」
……もしかして、シャーロット猫が話すのを聞かれていた……?
シャーロット猫はダニエルから目が離せない。
「……ほん……っとうに! ロッティが好きなんだなぁ」
ダニエルの気の抜けたような言葉にシャーロット猫はズッコケそうになった。
「……ダニエル?」
クラレンスはキョトンとした顔でダニエルを見る。シャーロット猫もクラレンスの後ろに隠れてそっと覗き込む様に見た。
「いやいや僕は分かってたよ? お前が本当は無類の可愛いモノ好きだって事は! ……だけどさ、そこまでだったとは───。
いや違うな、……それだけお前は疲れてたという事なんだよな。それに気付いてやれずお前ばかりに負担をかけてた……僕たちのせいだな」
ダニエルはそう言って少し辛そうに視線を横にやった。
「ダニエル、何を言って───」
急に何を言い出すのかとクラレンスが声を掛けかけた所でダニエルはぱっと顔を上げ、クラレンスを励ます様に話し出す。
「いや、お前が猫と会話する程精神的に疲れ───いや癒しを求めてるんだなんて知らなかったんだ。
すまん、クラレンス。今日の所は早く屋敷に帰ってゆっくり休んでくれ」
そこまで言われてクラレンスはダニエルが先程のシャーロット猫との会話を聞かれたと気が付いた。
「……ダニエル、まさか、さっきのロッティとの会話を聞いていたのか?」
「……うん分かってる! クラレンス。会話してたんだよな! 猫と会話した気になって───いや、お前は可愛いロッティの事なら何でも分かるから、会話が出来るんだ! そうだ、お前は猫マイスターだ!」
「───は? 猫マイスター??」
そう言ってから、クラレンスはシャーロット猫を見た。
ダニエルは、クラレンスがシャーロット猫と会話をした『つもり』になっていると思っている? 2人の会話を聞いたのではなかったのか?
しかしクラレンスを『疲れて猫と話をしたつもりになっている』、そう思っているという事は。
「ダニエル、お前は……。お前にはロッティの言葉は分からないのか?」
クラレンスは意を決してそう尋ねた。
「あー……。うん、クラレンス、お前は疲れてるだけだから。もしかしたら僕も、疲れたらロッティの言葉が分かってしまうかもしれないが───。しかしそれはあくまでも『疲れ』のせいだ。お前は余計な心配をする事はないからな」
ダニエルはクラレンスに生温かい笑顔で優しく言い聞かせる様に言い、彼の肩をポンと叩いた。
クラレンスとシャーロット猫は顔を見合わした。
───ダニエルにはシャーロット猫の『言葉』は聞こえていない───?
これは、クラレンスだけが聞こえるのか、それとも疲れた人だけが聞こえるのか?
シャーロット猫はゴクリと唾を飲む。
「ニャニャーオ?(王妃様の猫の名前は?)」
「うん、ロッティもクラレンスが大好きなんだよね。本当に2人で話は通じてるのかもね。……ああ僕もオヤツをあげた後のロッティがお礼を言ってくれてるのは分かる気がするよ」
ダニエルはシャーロット猫の今の質問に全く反応する事なく違う答えを返した。
「……ニャニャ?(じゃあダニエルさんの『お母様』のお名前は?)」
「うん、僕もロッティが好きだよー! よしよし」
今回の質問にも全く反応せず、ダニエルはロッティの側まで来て優しく頭を撫でた。
「……ロッティは今お前の『妻』の名前を尋ねたのだが」
クラレンスはシャーロット猫がダニエルを試していると気付いて自分も試す言葉をかけた。
「……えっ!? 何、そうなの!? てか、クラレンス……! まだ幻覚が聞こえてるんだ……。ああお願いだからもう帰ってちゃんと体を休めて……!
……あ、そうだ! その前に公爵閣下がクラレンスをお呼びなんだよ、それを伝えに急いで来たんだった!」
シャーロットが『お母様』と言ったものをクラレンスが『妻』と言い換えても何の反応も示さなかったダニエル。どうやら本当に彼にはシャーロット猫の言葉は分かっていないらしい。
そしてダニエルは本当は別件で急いでここに来たらしかった。
「───オルコット公爵閣下か?」
「ああ、そうなんだよ。閣下は未だに令嬢の手がかりを掴めない事にお怒りで機嫌はかなり悪そうだった。悪いが屋敷に帰る前に話を聞いて差し上げて欲しいんだ」
クラレンスとシャーロット猫は目を見合わせた。
「ミャアオ(私も行くわ)」
「本来の閣下ならばお許しになるだろうが……。今ご機嫌が良くないとすればロッティはここで待っていた方がいい」
クラレンスは少しでも危険な目に合わせる訳にはいかないとシャーロット猫をとめた。
「クラレンス! まさかオルコット公爵の所へロッティも連れて行くつもりだったのか? 閣下は相当苛立っておられるんだぞ」
ダニエルも心配して止めた。
しかしシャーロットはたんっと一旦机に乗り、もう一回ジャンプしてクラレンスの肩に乗った。
「……ニャーオ(絶対行きますからね)」
そう言ってジッと目を見てくるシャーロット猫に、クラレンスはため息を吐いた。
「……お利口にしてるんだぞ」
そしてとめるダニエルを説得しクラレンスとシャーロット猫はオルコット公爵の部屋へ向かった。




