精霊の愛し猫
「───あのおかしな空間は、『ロッティが危機に陥った時に起こり、助かった瞬間に解けた』。
……そういう事か?」
クラレンスは状況を整理する為に改めてそれを言葉にした。
「……そうとも考えられるよね。あくまでも可能性の一つだけど。
まあそんな摩訶不思議な状況が何故起こったのか? どうして起こり得て、そしてその現象に何か誰かの意思はあったのかが謎だけど」
「あの現象に『意思』? ……まさかあれが『呪い』とか『魔法』とかでも言うつもりか?」
ダニエルの思わぬ推測にクラレンスは驚きあり得ないと思いつつ、その謎の現象に名前を付けた。
「……分からないけど、そんな現象に誰しも説明がつかないだろう? だけど、実際にそれは起こった。ねぇクラレンス? 今回の事、上にどう報告をするつもりなのさ」
今回のグレゴリー伯爵の部屋で起こった不審な事件について、彼らの不正が見つかった事もあり当然王国の上層部に報告をあげる必要がある。
「───見て感じた状況そのままを報告するしかないだろう。そもそもこちらもそれ以外他に説明のしようがない」
「説明ねぇ……。例えば『白猫ロッティは精霊の愛し子』で、ロッティに悪意を持って手を出そうとしたらあんな現象が起こるのかもね」
「ダニエル、冗談を言ってる場合か。
……いやでもロッティは可愛いからあり得るかもしれないな……。このあまりの可愛さに精霊もつい加護を与えてしまったのかもしれない。かく言う私もその1人だ。しかしもう私は2度とロッティをあんな危険な状況にさせるつもりは無い」
またしてもあり得ない話をし出した友人ダニエルに、最初クラレンスは馬鹿らしいと呆れた。しかし考えてみれば愛猫ロッティならばそれもあり得るかとも真面目に考えてしまう。
そしてそんな様子の友人にダニエルも苦笑し肩をすくめて言った。
「そうだね。じゃあ可哀想だけどロッティはしばらくは部屋から出さない方がいいかもしれないね。
……そもそもクラレンスが保護するきっかけになったのもロッティがトラブルに巻き込まれたからだっただろう?」
「そうだった。ロッティは好奇心旺盛な愛らしい猫なのだ……。
しかししばらくは部屋から外出禁止だな」
クラレンスはそう言ってシャーロット猫の丸まるブランケットを優しく撫でた。ダニエルもそれがいいと頷く。
「───そうだ、クラレンス。今日の残りの仕事は?」
「ここに来るまでにだいたいは済ませて来たつもりだが……」
「じゃあ、今日のところは後の外に行く業務で出来る事は僕がしておくからお前は書類整理でもしながらこの部屋でロッティについててやんなよ」
「───そうだな。そうさせてもらおう。……ありがとう、ダニエル」
クラレンスは少しホッとした様にダニエルに礼を言う。ダニエルはシャーロット猫を大事そうに抱えるクラレンスを見て愉快そうに笑って答えた。
「いいって。次戻る時はロッティの好きそうなオヤツでも持って来るよ」
ダニエルはそう言って他の近衛兵と部屋を出て行った。
ダニエル達を見送ったクラレンスは壊れものを触るようにブランケットを優しく抱き直し、片腕で抱えながら書類の整理を始める。そして時折ブランケットを優しく撫でた。
シャーロット猫は震えながらクラレンスに応える。
「……ニャァオ……(ごめんなさい迷惑かけて……)」
シャーロット猫は小さくクラレンスに謝った。
信じていた身内である叔父達の裏切りと暴力は、思った以上にシャーロットに衝撃を与えていた。
グレゴリー伯爵一家は父のただ一人の弟で一人っ子のシャーロットにとっては家族同然の存在だと思っていたのだ。
……止めようとしても、まだ手足の震えが止まらない。
しかしシャーロットは危ない所を助けてくれただけでなく、こんな状態の自分の心のケアまでしてくれようとするクラレンスに対して申し訳なく思えて仕方がない。
「ロッティ、大丈夫だ。何があっても私が守ってやるからな」
シャーロットは迷惑をかけてばかりなのに、クラレンスはそう言って優しく微笑む。
「───ミャー……(───クラレンス様……)」
シャーロット猫はそんなクラレンスの優しさが、嬉しくて切なくて。思わずそっと前脚を差し出す。クラレンスは彼の大きな手の親指と人差し指でその前脚を優しく掴み、さりげなく柔らかい肉球を撫でる。
クラレンスはシャーロット猫の瞳をジッと見つめた。それは、彼の憧れの女性である公爵令嬢シャーロット オルコットと同じ、美しい薄紫の瞳だった。その瞳に、クラレンスは惹き込まれるように見つめたままその名を呼んだ。
「───ロッティ」
クラレンスの顔が近付く。
そして───。
クラレンスはそっとシャーロット猫に、キスをした。




