虎口を脱した猫
グレゴリー伯爵達の前に立つその若い男は、ギロリと視線を伯爵に向けた。伯爵達は蛇に睨まれたカエルの如くビクリとして血の気が引いた。
そして男は全く表情を変える事なく、慇懃に挨拶をした。
「───コレは失礼を。私は近衛師団長を務めるセリエと申す者。……そしてあなた方には色々ご事情を聞かねばならないようです」
クラレンスは震えるロッティを優しく撫でながら、可愛いロッティをこんな風にした彼らにかなり苛立ちながら言った。
初め若い近衛兵かと舐めてかかっていたグレゴリー伯爵達はその言葉にギクリと固まった。
「セ、セリエ近衛師団長……。貴方様は、もしやセリエ侯爵家の……」
グレゴリー伯爵はこの若い男の家が自分よりも身分が上でしかも軍部で力の強いセリエ侯爵家と気付き、この部屋での惨状を彼の責任にしようとした事をしくじったと悔やむ。
「───ええ、セリエ侯爵は私の兄です。
そして私はオルコット公爵閣下から直々にご令嬢の捜索と不審者の摘発を依頼されております」
「ふ、『不審者の摘発』!? 伯父上から……? ま、まさか我らが不審者だとでもいうのか!?」
筆頭公爵家の縁戚であり格式高いグレゴリー伯爵家である自分達が『不審者』扱いされた事に長兄マイクはつい食ってかかった。
「───この状況を『不審』と言わずして、なんというのでしょうか」
クラレンスがそう言ってチラリと部屋を見ると彼らも自分達の部屋を改めて見た。そしてある意味そう取られても仕方がないと納得して青ざめた。
……グレゴリー伯爵の部屋は猫を追いかけたせいか荒れ、そして更に先程の重い空気の後まるで地震か嵐の後の様に書棚や机が酷く歪み、その中身もぐちゃぐちゃになっていたのだ。
そして彼らはハッと何かに気付き、慌てて散らばる書類を集め始めた。……ここには後ろ暗い書類がある事に気が付いたのだ。
「……おや、お困りの様ですね。
───衛兵! 皆でこの部屋を片付けて差し上げろ。勿論、伯爵家の重要なものであろうから間違いがない様に隅々まで書類の中身を確認し、整理をして不備があれば指摘して差し上げよ」
クラレンスはグレゴリー伯爵家の3人が慌てて書類を片付けかけた意味を察し部下達に命じた。
「なっ!? 何を勝手に……! ッやめろ! 大事な書類に触るんじゃない!!」
グレゴリー伯爵は必死になって彼ら衛兵を止めに入り、マイクとデニスはなんとか書類を死守しようと目の前の書類を手当たり次第にかき集め始める。
そしてクラレンスの言葉の意味を理解した近衛兵達も同じく、近くに散らばる書類を我先にと集め出した。
「あ! ああ! ……それを返せ! ああやめろーーッ!」
……グレゴリー伯爵達の、断末魔の如き声が響いた。
◇
「クラレンス! なんだか大捕物があったって聞いたんだけど、いったいどういう流れでそうなったん……、あれ?」
周囲からの話を聞いた副団長ダニエルが近衛師団長執務室に戻って来たクラレンスに駆け寄ると、人差し指を口元で立て目配せをされた。
クラレンスの腕の中には大切そうに抱かれたブランケットに包まれたもの。……おそらく中には白い猫。
「……今回ロッティはかなり酷い目に合ったのだ。怯えてずっと震え続けている」
クラレンスはそう言って優しくブランケットを撫でる。ダニエルはヒョイとブランケットの中を覗き込んだ。
「……本当だ。随分と怯えて可哀想に……。午前にロッティは僕と一緒にここを出て散歩に行ったんだよ。そこからいったい何があったというんだ?」
ダニエルはロッティを気遣って少し小声で尋ねた。そして2人は執務室のソファに向かい合わせて座る。
「……近衛兵から王宮のどこかから歪むようなおかしな気配がすると報告があってな。丁度近くに居たのでそのグレゴリー伯爵家の執務室に行ってみたのだ。……ロッティはその部屋で……伯爵の息子に乱暴に掴まれ投げられる寸前だったのだ……!」
クラレンスはその時を思い出したのか怒りを滲ませ拳を握り締めた。
「……グレゴリー伯爵といえばオルコット公爵の弟だよね。普段は兄である公爵に従順な大人しい弟。その実、陰では公爵の座を狙っているのではとの噂もある。
……何故ロッティはそんな所にいたんだろう」
ダニエルは情報通でもある。一見穏やかな人物と見られているグレゴリー伯爵の意外な野心の噂も聞き付けていたようだ。
「ロッティが何故あの場所にいたのかは分からないが、私が見た時にはあのおかしな空間でネイサンとかいう男に持ち上げられた状態で固まっていた。ロッティを投げ付けようとまさに腕を振り上げた格好のまま、可哀想に恐怖に震えていたのだ」
「……おかしな空間? さっきから言うそれはいったいなんなんだ?」
「……あれがなにかは分からない。ただあの部屋では彼らは勿論のこと駆け付けた近衛兵も私も、体が重くなり動けなくなった。人だけでなく書棚などの家具も軋んでいた。
……私はロッティの元に行きたい一心でなんとかその側まで辿り着き、あの男から奪い返した。その瞬間不思議な事にその縛りは解けたのだが……」
「───ちょっと待て。その『おかしな空間』は、ロッティがその危険な状況から助かった瞬間に解けたという事なのか?」
あり得ないその現象が、『ロッティ』がピンチ時を脱した瞬間に解けたという『偶然』をダニエルは聞き逃さなかった。
そして改めて指摘されたクラレンスもハッとその事に気付く。
「ロッティの……? いや、考えてみるとそういう事になるのか? まさか……」
2人は震え続けるシャーロット猫を改めて見た。
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