クラレンスと猫の絆
ネイサンはシャーロット猫を床に叩き付けようと、首根っこを持つ手を振り上げた。
───投げ付けられる……!!
シャーロット猫は衝撃を覚悟して強く目を閉じた。
───その時。
ドン……ッ……!!
この部屋の空気がズシリと一気に重くなった。4人は突然重い衝撃を受けて驚き固まったように動けなくなった。ネイサンもシャーロット猫を掴む手を振り上げたまま動けない。
投げ付けられる事を覚悟していたシャーロット猫は恐る恐る目を開く。
───そこは、まるで時間が止まったかの様な奇妙な空間。
だがそれは止まっているのではなく、のし掛かる様な重い空気が漂っていた。その重みに苦しむ4人の男の唸り声も聞こえる。
……これは……。もしかしたらブレンダの魔法……?
周りは明らかに何かが起こっているのに、シャーロット猫だけは少しビリビリと静電気のようなものを感じるだけだった。
「く……、な…んだ、……これは……」
「……体が……、重くて…動けない……」
皆が動けないでいると、しばらくして扉の向こうの廊下が騒がしくなって来た。
「……ここじゃないか?」
「そうだな。このおかしな気配はおそらくこの部屋からだ」
「……どなたの部屋だ?」
「確かグレゴリー伯爵家の……」
廊下から数人の男性の声が聞こえて来た。
叔父一家の顔は青ざめ扉に向かって必死に『何でもないからあちらへ行け』と言おうとするが、この圧力のせいで上手く声が出ないようだ。
そうこうしている間に扉がノックされた。しかし大きな声が出せず返事が出来ない叔父や従兄弟達に焦れた廊下の人々が扉を開けた。
「失礼つかまつります……!?」
「どうかなさいましたか!? コレはいったい……!」
扉を開けたのは近衛兵達だった。そして彼らの目の前には、猫を追いかけてめちゃくちゃになった部屋、そして猫を振り上げ固まった状態の男とそれを囲む3人の男達。
「……私…達も……、なにが、…なんだか……」
「……猫が突然暴れ出して……その後急に……動けなく……」
近衛兵達は彼らの様子にどうしたものかと顔を見合わした。
そして1人の近衛兵が部屋の中に入ろうとした……が、一歩足を踏み入れるとすぐに「ウッ」と唸りうずくまる。
「ッ! どうした!?」
「……いえ、この部屋……は、何やら重苦しく……」
「いったい、何がどうなってるんだ……!?」
「───何をしている?」
シャーロットの耳に、近衛兵達の後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
───シャーロットは先ほど聞いた叔父や従兄弟達の信じられない言葉とその彼らに暴力を振るわれる現実に心が折れそうになっていた。
そんな時聞こえた、ここ数日自分を守ってくれる心強い人の声。ネイサンに首を掴まれたままのシャーロット猫は泣きたい気持ちで声を出す。
「……ミャア……!(……助けてクラレンス様……!)」
「ッ!? ……ロッティ!!」
可愛い飼い猫ロッティの声をクラレンスは聞き逃さなかった。部下達の間から部屋の中の様子を覗き、驚きで目を見開き真っ直ぐに部屋に入ろうとした。しかし衛兵達にとめられる。
「危険です、団長! この部屋は何かおかしいのです。中に入ると体が重くなり……」
「何を言ってる! ロッティが苦しんでいるのだ!」
衛兵達を振り切り部屋へと足を踏み入れたクラレンスだったが……。
「ッ! ……くっ、コレは……」
部屋に入った途端、上から重い重力のような力がのし掛かったクラレンスだったが、可愛いロッティの為にそれを振り払うようにゆっくり少しずつ前へと進む。
そして3人の男達の前を通り過ぎ、シャーロット猫を掴んだまま固まるネイサンの前に来る。
伯爵家の3人は今この状況で動けるクラレンスを畏怖の思いで見ていた。そして彼がネイサンの持つ猫が目当てだと分かり戸惑っている。
そしてそのシャーロット猫を如何にも乱暴に掴み投げようとした場面で身体が動かなくなっているネイサン。クラレンスが近付いて来るにつれ、その迫力に身体は動けないのにガタガタと恐怖で震えていた。
そしてとうとうクラレンスはシャーロット猫を掴むネイサンの目の前に到着した。
「……あ……、なん……なんだ……。いったい……!」
ネイサンは震えながらもクラレンスに向かって去勢を張って言った……つもりだった。しかしその声は明らかに震えており、周りから見ると滑稽なだけだった。
「……なんだ、だと? お前こそ……何をしている……? この子は……ロッティは私の……大切な猫だ!!」
クラレンスは見るだけで人をい殺せるほどの強い視線でネイサンを睨め付けた。
そしてその太い筋肉の付いた腕を重い空気を振り切るように回し、ネイサンの腕からシャーロット猫を奪い返した。
「……返してもらうぞ!」
「……ミャア!(……クラレンス様!)」
───そしてシャーロット猫がクラレンスの腕の中に入ったその瞬間。
この部屋の空気は元に戻った。
「───は……」
「……うぐッ……」
グレゴリー伯爵家の4人はそれぞれ重い力から解き放たれ膝を付いた。
「なんだったんだ、いったい……」
「助かったのか?」
「ッ! ネイサン兄上!」
叔父とマイクとデニスは、先程鬼神の如くやって来た男と対峙していた次男ネイサンを見ると、彼は崩れ落ち恐怖の余り気絶していた。
「ネイサン! ……ああ良かった、息をしている」
「兄上ッ! ……アンタ、いったい兄上に何をした!?」
「……私はグレゴリー伯爵だぞ! 私の兄はオルコット公爵だ! こんな無礼は許さんぞ!」
父子3人は倒れたネイサンが息をしているのを確かめてから前に立つまだ若い大男に噛み付いた。
グレゴリー伯爵父子はネイサンが倒れた事をこの若い衛兵のせいにする事で、衛兵に乗り込まれたこの部屋での状況をなんとか誤魔化そうとしていた。




