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時の手触り
全く時間のない、空間と事象だけが無限に広がる世界において。「偶然」という確率だけがあるとする。
そうすると、その世界の横断面は「過去・現在・未来」が「偶発的」に表される「キュビズム」の世界になる。
逆も考える。
時間という連続性だけが担保された世界で、全く同一のものを「偶然」という確率下に置いたとする。
この場合、時間という連続性の中で「偶然」が発生していくから、その「もの」は時間が経つにつれて変化し、同一性を保持できない。
現在、我々は3次元という世界にいる以上「時間」という概念からは逃れられない。
そう「時間」とは人が太陽が昇り、自己が劣化していく中で「知覚」して体得した「ルール」であり、今となっては社会に言語を通じて「認識させられた」概念だともいえる。
この世界は、極論的にはどちらでもない。
もし今、この「瞬間」を4次元世界から俯瞰すれば、誰かの過去であり、私の今であり、誰かの未来だろう。
人は見たいと思うものしか見ない。
手触りのない概念を信じられない。
人は夢をみる。
人はまだ来ない確率を掴もうと「今」を模索する。
人は、「今」しか、生きられない。




